希望
ユウカの細い身体を、リィナの指がゆっくりと撫でていく。
和服の上から、まるで布越しに骨格を確かめるかのように。
その指先は優しく、それでいて底知れない執着を孕んでいた。
「っ……!」
ユウカは顔を歪めた。
屈辱、羞恥、怒り――様々な感情が混ざり合う。
だがその頬は、悔しいことに、ほんのりと赤く染まっていた。
(違う、私は期待してなんかいない)
心の中で繰り返す。
必死に否定する。
だが、記憶は容赦なく突きつけてくる。
妄想していたのだ。
リィナとの関係を夢に見て、夜に自らを慰めた事もある。
本当は、触れられることを望んでいた。
けれど、許されるはずがないと、幾度となく自分に言い聞かせてきた。
今、まさにその「叶えてはならない望み」が、現実になろうとしている。
(違う……コイツは、私の望んだリィナじゃない)
心の中でそう叫ぶ。
目の前の彼女は、あの優しくて不器用で、時折頼りになる盗賊じゃない。
けれど。
「……そのまま聞いて。他の子に気づかれないように」
リィナが、小さく、静かに囁いた。
それは先程までの甘やかで蕩けるような声とは違う。
仲間がピンチの時に、冷静に助言をくれたときの、あの声だった。
「……これが終わったら、隙を見て逃がしてあげるから。ティアに、今の状況を伝えて」
「っ……まさか……」
驚いてリィナを見つめる。
その瞳は、確かに――理性を保っていた。
まるで狂気の波の中で、ただ一人踏みとどまっているかのような、そんな目だった。
(取り憑かれていない……?まさか、敵の中で、潜入してるのか?)
頭の中を、疑問と可能性が駆け巡る。
どうやって影響を受けずにいられたのか。
どうやってこの状況を偽装しているのか。
だが今は、考えている余裕などない。
リィナがユウカにまたがる。
腰に巻かれた帯が解かれ、和服が乱れる。
白く晒された肌に夜気が触れ、ユウカは思わず身を竦ませた。
「くっ……!」
胸元を隠そうとしたが、身体は蔓に縛られ、指一本さえ動かせない。
(……そうた、この状況で、私を騙す理由は……ない)
ユウカは思った。
いまの自分は、完全に拘束されている。
もはや反抗も、抵抗もできない。
そんな自分に、欺瞞で言葉を投げる意味があるだろうか?
(――ない)
ならばきっと、リィナは正気なのだ。
それ以外、考えられない。
全てが彼女の策であるならば、今は従うしかない。
リィナの唇が、ユウカの肩にそっと触れた。
柔らかく、熱を帯びた感触。
それが演技であっても、本気であっても、もう関係ない。
(……そう、私も演技をしなくては)
自分を守るため。
仲間を救うため。
そして、ほんの少しだけ残った「リィナへの想い」を――裏切らないために。
ユウカは目を閉じた。
その口元に、本人も気づかぬうちに、かすかに微笑が浮かんでいた。