街に帰ろう
焚き火は、もうとっくに消えていた。
ぱちりとも音を立てず、冷たい灰となって静かに眠っている。
――もう、必要ない。
「よし、じゃあ帰ろうか」
盗賊のリィナは静かにそう言った。
まるで、どこかの宿で目覚めて、朝の支度を整えるように。
その声に、エリシアとセラが頷く。
どちらも装備は整っており、埃一つない。
ただ――魔法使いのエリシアが持つべき杖は、折れていた。
「街に戻ったら、買い換えなきゃいないわね」
エリシアが笑った。
何気ない口調。いつもの調子。昔と変わらない……はずだった。
三人は肩を並べ、薄暗い空間を歩く。
雑談を交わしながら、笑いながら。
誰が見ても、仲のいい冒険者パーティー。
けれど――それは「外から見れば」の話だ。
リィナが大木に手を添えると、木の幹が音もなく裂けていく。
内部には、木の蔓と花びらでできた階段が現れていた。
それは地上への出口。
太陽の香りが、微かに吹き込んでくる。
「……出られますね」
セラが囁く。
その声に、花が揺れた。
彼女の胸元に、咲いていた。
白く、柔らかく、鼓動のように揺れている。
セラは微笑んで、リィナの首に腕を回す。
柔らかな舌が首筋に触れ、甘く囁く。
「行きましょう、リィナ」
「街へ……愛を広めに」
その言葉に、エリシアも頷いた。
彼女の髪からも、花がこぼれ落ちる。
それを拾ったリィナは、何の躊躇もなく自分の髪に差した。
彼女の唇は、ひどく優しい笑みを浮かべていた。
こうして三人は地上へ戻った。
その足取りは、しなやかで、自然で、何の不審もない。
門番も気づかないだろう。
宿の主人も、ギルドの受付嬢も、仲間の冒険者たちでさえ。
きっと誰も。
変わってしまったということに、気づけはしない。
なぜなら、三人の笑顔はあまりに自然で、幸福に満ちていたのだから。