華が咲く
その夜は、いつもと違った。
冷たい石の上で、僧侶セラの身体が私の上に重なっていた。
いつもと同じように、火照った体で求めてくるのだろうと思っていた。
けれど。
「――っ、な、に……?」
私の視界に映ったのは「華」だった。
セラの胸元から、小さな蕾が膨らみ、開いた。
濡れた肌の上に咲く白い花弁。
淡く光り、ゆらゆらと、まるで呼吸をしているかのように揺れていた。
「気持ちいいです……リィナ、見てください……わたし、咲いてるの……」
その声はうっとりと甘く、愛を告げる女神のようだった。
だが、私の背筋は凍っていた。
彼女の髪の中からも、同じ花が咲いていた。
そして、笑う。
「ねえ、ねえ、見て……すごく……すごくいいの……」
もがく私の肩を、誰かの手が掴む。
振り向けば、魔法使いのエリシア。
その片目に、咲いていた。
「リィナ……一緒に咲きましょうよ」
目を細めて、笑う。
笑いながら、彼女は私の唇に、自分の唇を重ねた。
吐息は甘く、香りは果実の匂いがした。
唇、首筋、肩、鎖骨、胸。
次々に重なるキスは、熱を運び、麻痺するような快感を伴っていた。
「やだ……やめて、お願い……っ!」
声にならない声を上げて、私は手を伸ばす。
逃げようとした。けれど、逃げられなかった。
セラの足から、エリシアの手から、蔓と根が生えていた。
それは私の身体を這い、縛り、そして地面へと繋ぎとめていく。
「ねえ、リィナ。ここで一緒に根を張りましょう」
「果実の中にある愛は、誰にも壊せないのです。だって私たち、もう人間じゃないんですよ」
エリシアとセラが囁く。
その言葉の意味はわからなかった。
けれど、私の心は確かに震えていた。
これは、愛なんかじゃない。
侵食だ。
「……私は、私でいたいの……っ!」
震える声でそう伝えた。
私の目から涙が零れ落ちると、セラはそれを指ですくい、花弁の上に落とした。
「泣かないでください。リィナ。大丈夫。咲けば、楽になりますから」
「愛してる。大好きだよ。ずっと、ずっと一緒に咲こうね」
ふたりは優しく微笑み、私をなぞりながら歌うように愛を語った。
心臓が怖くて鳴る。
でも、身体は逃げられない。
根が、私を土に縫い留めようとしている。
このまま快楽に流されれば、私も――
私も「あちら側」へ行ってしまう。
暗い洞の中、焚き火の赤がゆらりと揺れていた。
その炎だけが、私の人間としての最後の灯だった。