それでも食むしかない、食べないと死ぬからだ
「ごめんなさい、ごめんなさいっ、本当に……」
エリシアは膝をつき、泣きそうな顔でリィナに何度も頭を下げていた。
夜が明けて、果実の効果がようやく切れたのだ。
身体の火照りも、瞳の濁りも収まり、ようやく自分のしたことを理解した魔法使いは、その場で崩れるように謝罪を繰り返した。
「いいって。ほら、私なんともなってないし。女の子同士だしさ、ね?」
リィナはわざと軽い調子で笑った。
だけど、エリシアの目から涙がこぼれ落ちるのを見て、胸の奥がぎゅうっと締めつけられる。
本当は怖かった。
何が起きたか、何がこれから起きるか。
だがもっと問題なのは。
「……食べるしか、ないんですよね、あの果実」
セラが低い声で言った。
昨日から何も食べていない身体が悲鳴を上げている。
このままでは餓死が先か、狂気が先か。
リィナは頷いた。
「食べるしかないと思う」
「……判りました」
セラは果実を見つめたまま答える。
その夜も焚き火が燃えていた。
リィナが見張りをしていると、また、エリシアが目を覚ます。
最初に熱を帯び、次に荒い息遣い、そして――濡れた瞳でリィナを見つめてくる。
「……また、来るのか」
その瞬間、もう逃げられないと悟った。
痩せた身体が絡みつき、赤い唇が首筋を這う。
「ごめん……でも、止まらないの……お願い……」
リィナは黙ってそれを受け止めた。
果実によって火照った身体は熱を持ち、震えるように欲望を吐き出してくる。
それをなだめるのは、きっと彼女にしかできなかった。
三日目。四日目。
毎夜、同じことの繰り返しだった。
エリシアは日中、泣きながら謝り、夜になると別人のように襲いかかってくる。
果実の魔力は食事として消化されてもなお、欲望だけを残していく。
「……私たち、これからどうなるんです」
セラがぽつりと呟いたとき、その表情にはもはや聖職者らしい穏やかさはなかった。
「私は……まだ耐えてます、耐えようとしてます、けど――」
セラの声が震える。
焚き火の明かりの中で、彼女の頬は赤く染まり、唇が微かに濡れている。
「リィナ、お願いがあります。今夜……私を縛ってくれませんか」
「……セラ?」
「あなたを見てたら、もう無理なんです。……エリシアに襲われるのを見てると、自分が壊れてしまいそうで」
リィナは、彼女の言葉に従えなかった。
セラはリィナにとって、妹のような存在だ。
だから信じられた。
縛るなんて、できなかった。
けど。
「や、やめて、セラまで……っ、どうして、こんな……」
押し倒されたリィナは、涙を浮かべながら叫んだ。
焚き火の光の中で、セラの顔は歪んでいた。
大人しかった彼女の瞳は熱に濁り、欲望に沈んでいた。
「だって……リィナの……貴女の匂いが……たまらないんです……!」
「セラ! 落ち着いて! 貴女は、そんな子じゃ!」
「もう、理性なんてありません……止められないの……リィナぁ……!」
重なる唇。這う手。
必死に抵抗しようとしても、体力の向上という果実の恩恵を受けた彼女たちには敵わない。
果実の副作用は「最も効果が及んでいない者」を求めるように作用する。
理性が壊れるたび、欲望はリィナという灯に群がる蛾のように集まり続ける。
それでもリィナは思った。
(もう正気なのは私しかいない、だから、私が耐えなきゃいけないんだ)
小さく、強く、唇を噛んだ。
どれほどの夜を超えれば、救援が来るのか。
果実の実が尽きるのが先か、理性が尽きるのが先か。
その答えはまだ、深層の闇の中だった。