禁断の果実
ダンジョンの34階層で、彼女たちは戦闘中に崩落に巻き込まれた。
5人いた仲間のうち、3人は水路に落下してしまう。
盗賊のリィナは、水流に逆らい。
2人のローブと手を掴み、何とか岸に上がることに成功した。
リィナは唇を噛みながら、二人の仲間をそっと寝かせる。
身体はずぶ濡れ、唇は紫がかり、目は閉じたまま。
魔法使いのエリシアと、僧侶のセラ。
二人とも、まだ目覚めない。
周りを見渡し、残りの二人を探す。
だが、勇者のティナと、侍のユウカの姿はない。
生きていることを信じたいが。
「今は、この子達を何とかしないと」
震える彼女たちの手は、しっかりとリィナの腰に掴まっていた。
あの急流の中でよく離さずにいてくれたものだと、リィナは胸の奥が熱くなるのを感じた。
だが、現状は最悪だった。
恐らく、ここは階層の隙間に出来た、本来立ち入れるはずのない場所。
天井は光の届かない高さに消え、ただ一本の大木が生えた岩場だけが唯一の陸地。
脱出手段はなく、寒さを凌ぐには、裸で抱き合うしかなかった。
「……まあ、女の子同士だし」
そう自分に言い聞かせながら、リィナは震える彼女たちを両腕で包み込んだ。
温もりはすぐには伝わらない。
だが、命を繋ぐためには必要だった。
数時間後、エリシアとセラが目を覚ます。
二人の頬はほんのり紅潮しており、ややそっけない態度。
リィナは首をかしげたが、「恥ずかしかったんだろうな」とあっさり納得した。
問題はそれよりも。
食料がない事だ。
携帯食料は全て水に流されてしまっていた。
「あの木に実がなってます、毒はないみたいですけど、ちょっと違和感が」
僧侶のセラが杖を木に向けて言った。
リィナは無言で木に近づき、赤黒い果実を一つ手に取る。
丸く、掌にぴったり収まる大きさ。
甘い香り。
だが、どこか生暖かい。
「待って、リィナ、あなた」
魔法使いのエリシアの声を背に、リィナは果実にかぶりついた。
味は、悪くない。
「……貴女なにしてるの?ちょっとは警戒しなさい」
「けど、食べてみないと判んないでしょ、もうちょっと待って大丈夫なら二人も食べなよ」
異変はなかった。
数時間経っても頭痛も吐き気もない。
安堵したセラもエリシアも果実を食べ「甘いね」と微笑んでくれた。
それが罠だったのだ。
夜、何とか火種から焚火を起こし、見張りをしていたリィナは。
エリシアの呻き声に気づく。
寝汗が酷い。
顔が赤い。
息が荒い。
「大丈夫?エリシア」
声をかけて肩に触れた瞬間、彼女はびくんと跳ね、甲高い声を上げた。
「さわらないで……っ、あぁっ……!」
何かが、おかしい。
心配して頬に触れると、発熱していた。
エリシアの瞳は潤み、熱に浮かされたままリィナを見上げる。
「リィナ……触らないでって、言ったのに」
「え?」
次の瞬間、身体が押し倒された。
柔らかな体温がのしかかり、唇が重なる。
驚いて弾こうとしたが、腕が絡みつき、逃げられない。
「体が、体が熱いの」
囁く声が、耳を舐めるように這う。
普段は理知的で冷静なエリシアが、まるで別人のようにリィナを見つめていた。
理性の奥に、何かが蠢いていた。
それは果実のせいなのか、あるいはこの空間そのものが彼女たちを蝕んでいるのか。
焚き火の火は、なおも静かに揺れていた。