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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生代行サービスで、魔王倒します。

作者: 青冬夏

あの依頼を受ける2ヶ月前のことだった。

私は〈転生代行サービス〉の職員として働いている者だったのだが、あの時、なぜか仕事をしている私の目の前にあの旦那が居た。


私の旦那は、現実世界でサラリーマン生活を送っている。普段の姿は頼りがいのある──かと言われればそうではなく、カッコイイ男性──かと言われたらそうではない。いわゆる、平凡過ぎる男性なのである。


そんな彼なのだが、1年ほど前に私と結婚して欲しいと告げたのだった。本音を言えば、確かに嬉しかったし、一生涯彼と共に過ごすのだなと思うと、人生で一番幸せな気分だった。


ただ、その気分を壊されたのはあるときのことだった。それは浮気や不倫を目撃したのではなく、私の職場に彼が現れたこと。その彼は頭の上に金色の輪っかのようなものが付いており、暫し私の思考が停止してしまった。


──えっ、死んだ?


えっ、えっ、どういうこと? なんで彼、死んだ? 脳がショートを起こす前に、私は目前に現れた御婿になる(予定だった)男性にこう言った。


「なんで、死んだの?」


と。彼は戸惑うことなく、「後ろから刺されたんだよ」と教えてくれた。


「刺された?」

「うん、刺された」

「えっ、……と、それって」

「そう、殺人」

「ささ……さ、殺人⁉」

「なに、なんでそんなに驚いてんの」


驚く私を余所に、彼は無表情で首を傾げてきた。「てかさ」と彼が話を切り出してきた。


「──って、死んでるの?」

「……あっ、これは違うの」

「違う?」

「私の職場ね、〈転生代行サービス〉って言うの」

「〈転生代行サービス〉?」

「そう、残念ながら亡くなった人が別の人生に移り変わって、また生きていくことを〈転生〉と言うんだけど……その亡くなった人には、まだ若い人も居るの。その人達の為に、〈転生代行サービス〉というものが生まれて、転生を代行するかしないかを選ぶことが出来るの」

「そうなんだ……、じゃあ、俺って、まだ34歳だから生き返ることが出来るんだ。その……〈転生代行サービス〉というのを使って」

「そうそう」私は頷く。「このサービスを使えば、元の現実世界へ戻ることが出来る。その場合、奇跡的に生還! とか言う名誉を貰って、周囲の目を奪うことになるんだけど……良いよね」


そう言うと、彼は「うーん」と唸り始める。暫く黙り込んでいる彼を見ながら、私は別の仕事をしながら彼の返答を待つ。時計の針が妙に私の鼓膜を響かせるな、そう思っていると、彼は「いや、受けないよ」と言った。


「えっ?」

「受けないよ。自分の人生は今さっき、終わったから」

「えでも……」

「でもって?」

「私、あなたには長生きして貰いたい……」

「……そうだよね。君に長生きして貰いたいって思われてるよね」


と、彼は深く呼吸をし始めた。その時、彼は「分かった」と声を大きく、ハッキリと言った。


「そう君が言うなら、俺、そのサービス、受けるよ」

「えっ、ホント?」

「ああ。君の願いが俺の長生きを願っているなら、俺はその願いを受けるよ」

「あっじゃあ……」


私は彼に申請書のサインを求めた。彼が自分の名前を用紙に記入している様子を見ながら、私は彼の掌にそっと自分の掌を重ねた。それを見た彼は少々驚きながらも、私に視線を向けて、フッ、と微笑んできた。


「じゃあ、よろしくお願い」

「分かった」


私は彼から申請書を受け取る。書き漏らしがないかを一応チェックした後、私は彼を専用の入り口へ案内させた。ただシンプルな白を基調とした扉だが、この先に繋がっている世界は元の現実世界だ。この扉をくぐれば、生き返ることができる。


その代わり、申請書を受け取った人間は──この場合は私だ──、生き返った人が歩むはずだった転生分の人生を、歩むことになる。


「じゃあ、行ってくる」

「うん」


そう言って、私の御婿さんは扉の先へ行ってしまう。その背中を見届けた後、私は扉を閉めた後、真反対方向にある扉へ向かう。白を基調としている先程の扉とは違い、少し黒が混じっているのが特徴的だ。この扉の先に行けば、転生者となって異世界を旅することができる。


私は一息ついて、ドアノブに手を伸ばす。ガチャリ、という音を聞いて、私は扉をゆっくりと開ける。白い光が見え始め、同時に、徐々に向こう側の景色が見えてくる。


扉を完全に開けた私は、もう一度、胸に手を当ててゆっくりと深呼吸。


「大丈夫。私なら、私なら、やれる」


私は一歩、一歩、一歩ずつ、扉の中へ歩き出した。



「よくぞ、ここまで来たな。勇者よ」


魔王はダミ声で私に話しかけてくる。永遠と続く野っ原が周囲に広がっているように思えるが、それは目前の魔王が見せている幻影に過ぎなかった。そのため、魔王は指を、パチン、と鳴らしたら、すぐに元の景色に戻る。


「やっぱ、こっちの方が雰囲気が出て良いな」


独り言を漏らしながら、魔王は私に近づいてくる。今の私は男性の姿──本当はこの異世界へ転生してくるはずだったあの男のものなのだが、かくかくしかじか、あの男性が転生するはずだった姿に私が転生をして、魔王と対峙している。


いわゆる〈転生代行サービス〉の代行者がこの私だ。このサービスを利用すれば、私のような代行者が代わりに〈転生者〉となって、異世界へ転生することが出来る。転生するはずだった人物は元の世界へ送られ、奇跡的に生き返った、と言う扱いを受ける。


そういうわけで、私は〈転生代行サービス〉を利用した男性の代わりに、こうして禍々しさを誇る魔王と退治しているのだが──。


──怖いッ! 何度やっても、魔王は怖いッ!!


何度か〈代行者〉として仕事を行っている身であり、魔王を何度か倒したことがある。しかし、代講する度に魔王の姿が何度か変貌することが多々あるため、いつ見ても怖いと感じてしまうのである。そろそろ慣れないといけない時期なのに、全然慣れないのはなんでだろ。


それはともかくとして、私は腰の辺りから、異世界転生あるあるの鉄で出来た剣を魔王に向ける。目前の魔王は「おっ」と少し怖じ気づいたが、あまりびくともしなかった。


「このぐらいでびくともしないとは……。やるな、お主」


勇者っぽい台詞を言ってみた。時々こう言わないと、上の人から怒られるからな……。

そう思いながら、私は剣を魔王目掛けて振り翳す。シャキン、シャキン、という何とも厨二病臭いオノマトペを自分の口から発しながら、剣の先を魔王の目に差し向ける。


「お前はここで終わりだ!」

ちょっとは格好いいだろう。つい自分のことを誇り高く思っていると、次の瞬間、魔王から低い笑い声が聞こえてきた。


「何のつもりだ」

「……これで、勝ったつもりか」

「……はあ?」


すると、真上から何やら重い物が降ってくる。突然のことに上手く躱しきれず、自分の足が重い石に踏み潰されてしまった。


また上司に言わないと。そう思いながら、何とかして自分の足を動かそうと試みる。が、そう簡単に足を抜くことが出来なかった。


「どうだ。何度も同じ目に遭うとは限らないんだよ、俺たちは」


魔王は私の髪の毛を強く引っ張ってくる。痛みの感触が頭皮に伝わってくる中、私は何とかしてこの場を切り抜けようと、傍にあった短刀を魔王の足に突き刺した。軽く自分の顔に魔王の血がかかるものの、今はそれどころではないため、あまり気にしなかった。


「やるじゃねえか、勇者」魔王は自分の足を見ながら呟く。だが、魔王にとってかすり傷としか思っていないのか、表情をびくともさせなかった。

「ただな、俺たちもいつまでもやられっぱなしじゃ、上の人達が困るんだよ」


魔王に上の人が居るとは知らなかったな、と思いつつ、やっとのことで身動きが取れるようになる。そこから力を振り絞り、何とかして魔王の首を討ち取ることに成功する。鮮血が魔王の首から勢いよく飛び散った。


「やったぞ──」


小さな部屋に設置されている防犯カメラを一瞥しながら、この一部始終を御高覧されている上司に向かって、私は独り言を呟いた。


そして、勇者の姿を解いた私は、部屋の窓に写っている青空を見ながら、


「代行任務──完了。お疲れ様、私の御婿さん」

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