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愚かな二人の顛末と

作者: ウール素材


王立学園の一画。

聖女は今日も、この国を悪しき魔物から守る為に祈りを捧げる為この場を訪れた。

しずしずと歩く聖女に向ける視線は敬愛だった。

白いローブに包まれた少女はまるで天使の様に美しかった。

着飾っているわけでもないのに、キラキラと輝く内から溢れる清廉な魅力。

そして花嫁の様なベールから覗く桃色の髪は誰も持ち合わせない美しい色だった。

人間離れした色を持つ聖女はこれこそが神に愛された証だと持てはやされた。

誰もが感謝と憧れを抱く聖女に敵愾心を向ける者なんてこの国にはいないはずだった。

人の多い場所を抜け、人気のない場所に彼女に差し掛かった所、伸びたのは悪意が籠った手だった。


「きゃ! 気味の悪い髪!

 わたしの美しい髪におかしな色を近づけないで!

 うつったら大変だわ!」


どん、と大きな音がつきそうな程強い力で突き飛ばされた少女はそのまま床に尻もちをついた。

尻もちをついた少女が見上げればそこには、黙っていれば可憐な少女が邪悪に顔を歪めていた。

にやにやと笑い、隣にいる逞しい青年と共に倒れ込んだ少女を嘲笑していた。


「やだぁ。ま~たか弱い女アピール?

 聖女さまのくせして、本当そういうのあざといのよね!

 あたしそんな強い力で押したわけじゃないのに、ひっどおい」

「アメリー、聖女はまともな教育なんて受けてないから仕方がないだろう。

 お前のような貴族令嬢で淑女であれば公共の場でこんなはしたない姿で

 倒れ込むなんてありえない事だ。全く以て嘆かわしい。

 第二王子の婚約者に納まった癖して何も努力をしていない証拠だ」

「やだぁ。カイルったら本当の事を言ったら聖女さまが可哀想だわ。

 能力だって神様からの貰い物のくせに、

 自分の手柄の様に振る舞って烏滸がましいわ!

 な~にが身分に驕らない聖女よ! 結局は王子様と結婚する事を選んだ権力に

 目がくらんだ肩書き大好きな強欲女じゃない!

 あんたなんてね! その辺で腰を振るしか能のない馬鹿な男にお恵みを与えてればいいのよ!

 得意でしょ? 貧富なく分け隔てなく相手してあげるの。キャハハハハ」


くすくす。げらげら。

止むことのない聞くに堪えない罵詈雑言の数々は今日が初めてではない。

聖女はこの王立学園に訪れるたびに同じような行為をされていた。

頭の回る事に人のいない場所を選び、何度も何度も馬鹿にされ、なじられる。

既に数えきれない程受けてきた行為だが、聖女が何も反抗しない事を良い事に彼らはその悪意に満ちた行為を増長させていった。

初めは軽くぶつかる程度で、それが故意だなんて気づく事もなかったがそれが歯止めが利かなくなっていったのはとある出来事がきっかけだった。

ある日突然始まった悪意に満ちた行為。

足をかけられ、転ばされたり、強い力で突き飛ばされたり、そして上から悪口を浴びせて高笑いしながら帰っていく。

それが最近のお決まりになっていた。

だが、聖女はそれにへこむ事もなければ、泣き出す事もなかった。

故に二人は更に熾烈な嫌がらせをする事に歯止めが利かなくなっていた。そんな最悪な巡りに巻き込まれた聖女はそれでもそこでの祈りをやめる事はなかった。

全ては国民の平穏の為に聖女は祈りを捧げる。





手入れの行き届いた茶色の髪に大きなリボン。それが彼女のトレードマークだった。

可愛らしい小動物の様なくりりとした大きな目は緑色でうるうるといつも上を見上げていた。

アメリー・ウェストは夢を見ていた。

それは王子様と結婚し、国中の女性の羨望を集めて贅沢で優雅な生活をする事だ。

それなりの領地をもつ、それなりの生活をしている男爵令嬢である彼女の夢はあまりも大きかった。

幼いころは両親もにこにこと笑顔で見守り、微笑ましいやり取りであったが大きくなってもその頃と変わらない事を繰り返し宣言する娘に両親はさすがに不安に思った。

たとえ、何かの間違いでもそんな事があったとしても美しさや可愛さだけで王子の妻と言う存在になりえないと彼女に強く言い聞かせ、それに相応しい気品と知性を得るべきとアメリーに相応しい家庭教師をつけたが、何を思ったか彼女は両親が付けた家庭教師との学びを拒否してそれすらできないのに『王立学園に入学したい。それこそが王子様へ近づく近道』と宣言した。

身の程知らずも良い所の娘の言葉に両親は言葉を失った。

王立学園は優秀な者しか入れない選ばれた場所だと理解するのに時間はかかり、入学資格ギリギリの年齢でようやく入学を果たした彼女はそこで現実とやっと直面した。

彼女が必死で勉強し、何度も怒られ、癇癪を起して勉強道具を投げては怒られを繰り返している間に憧れの王子様たちは既に婚約者が存在していた。

王太子に最も近い第一王子は幼いころから公爵令嬢がおり、第二王子にはこの国の聖女が、年下の第三王子は隣国の王女との恋愛結婚だと言う信じたくない現実だった。

悔しくてたまらないアメリーは何度も何度もハンカチを噛みしめた。

自分の必死の努力がまるで無駄だった事に納得がいかなかった。

おしゃれを我慢し、遊びを我慢し、長年机と椅子に張り付かされていたと言うのにと腹立たしくて仕方がなかった。



王子との結婚が叶わない事を知ったアメリーは出来るだけ贅沢ができる貴族令息との交友を広げている時に騎士団団長を務める侯爵家のカイルと巡り合う。

金髪に逞しい体躯に切れ長の瞳は赤色でまるで宝石の様に輝いていた。

そして何より魅力だったのはかれの身分と他の誰よりも贈り物が多かったことだ。

初めは皆競い合うように贈り物を持ってきてはアメリーを奪い合っていたのにカイルの贈り物は一応学生で子供と言う立場にそぐわない豪華で高価な物で、それを次々にアメリーへと贈った。

大きな宝石が輝くブローチや指輪を惜しげもなく贈られて、他の男たちから贈られたガラス玉かと思う程小さな宝石が申し訳なく飾られているペンダントもネックレスなんて霞んでしまった。

あっという間にカイルの見目にも資金力にも魅せられたアメリーは彼にべったりで他の令息の存在は忘れて彼との愛の時間に浸っていた。

けれど、そんな二人の幸せの時間を邪魔をする存在がいた。

カイルの婚約者は伯爵家の令嬢だった。

最早記憶にもない程アメリーにとってどうでもいい存在だったがその彼女から自分の婚約者であるカイルに近づかないで欲しいと懇願に近い形で言われたが彼女はそれを一蹴した。

『魅力がない為に捨てられた癖にみっともない。早くカイルをつまらない婚約から解放しろ』と自身の身分が男爵と言う事を忘れたように伯爵令嬢に言い放った。

そんな無礼な態度にすっかり女生徒たちからはおそろしいほどの嫌悪を買い、あっというまに蛇蝎の如く嫌われた。前々から好かれてないと思っていたがその言動で爆発した令嬢たちから叱責が飛ぶが、アメリーはそれを待っていたかのようににやりと口を歪めて急に弱弱しい態度を取り始めた。

急な態度の変わりように令嬢たちも驚くばかりだが、そんな所にカイルが現れて烈火の如く怒りを爆発させた。カイルは婚約者であるはずの伯爵令嬢を突き飛ばし、なよなよと泣いているアメリーに駆け寄り抱き寄せた。鋭い眼光にすっかり怯えた令嬢たちはショックで立ち上がれない伯爵令嬢の肩を抱いてその場からそそくさと逃げ出した。

この時、アメリーの心は過去最大に打ち震えていた。

学校は平等だと言いながら実際は身分により大きな隔たりがあると不満に思っていたが、今この時身分よりも愛が勝ったのだ。

なによりも記憶に残らない程地味で身分だけの女よりも愛らしく美貌のある身分が低い自分がカイルに、侯爵令息に愛されている為にこんなに大事にされ、守られるという素晴らしい出来事が起きたのだ。

この時、彼女の頭に一言悪魔が囁いた。



そうよ。王子だって、奪ってしまえばいいのよ、と。



アメリーはカイルから度々聞かされていた。

騎士の家系に生まれた彼の兄は第一王子にその腕を見込まれ、側仕えにと召し上げられていた。それが見目にも資金力にも身分にも恵まれた彼の唯一のコンプレックスだった。

自分は一介の騎士として終わるような存在ではないと息巻く彼の今の目標は第二王子の右腕となる事だった。兄と違い、勉強ばかりを押し付けてくる両親とは喧嘩ばかりでつまらない日々だったが自分を理解してくれるのは(アメリー)だけだと何度も繰り返していた。アメリーは彼の家の問題にもカイルの夢にも興味はなかったが、第二王子に近づくいい手段を見つけた事にほくそ笑む。


今までの愛おしい気持ちなんて忘れたかのようにカイルを都合の良い駒の様に捉え始めていた。

だが、彼の悩みは第二王子の婚約者が聖女である事だと聞く。

兄を追い落とし、第二王子を王太子にして、その側近として輝かしい栄誉を願う彼にとって第一王子と違い後ろ盾の低い聖女と婚約を結んだ事が唯一の不満だった。

聖女は力こそ歴代でも最も優れ、市井でも人気のこの国になくてはならない女神の様な存在だが、その生まれは平民と第二王子を王太子にするには全く持って力不足な存在だと忌々しく思っていた。

何より騎士を志す彼にとってみれば魔物から守る結界を張り、本来得るはずだった名声や栄誉を奪う様な存在である聖女の存在は邪魔でしかないとも何度も言っていた。

これは好都合とばかりにアメリーはカイルに持ち掛ける。


「ねえ。だったら私が第二王子の妃になるわ。

 わたしは曲がりなりにも男爵令嬢なのよ。

 いくら聖女さまが強い力を持っていたって、生まれの身分はわたしの方が上よ」

「し、しかし……アメリーは俺の、俺の愛する存在だぞ。

 そんな事許す訳ないだろう!」


軽薄な見た目と裏腹に返って来た言葉にアメリーは驚くが、ここで引くわけにもいかず倫理感の壊れたやりとりは続いていく。


「やだぁ。わたしだってカイルが、カイルの事が一番よ。

 でも、わたしが妃になればカイルが一番側で守ってくれるでしょう。

 それにそうすれば、カイルの……あなたの夢を応援できると思ったの。

 わたし、カイルの夢の為ならどんな犠牲だって……」

「アメリー……! きみは、なんて優しいんだ!」


なんてね、とアメリーは涙で前が見えてないカイルに舌を出す。

その地位をモノに出来れば、王妃と言う立場を使い遠くに追いやればいいだろうと考えていた。


「その為にはあの邪魔な聖女を追いやらなければ。

 さすがに聖女を偽る事はできないから……そうだな。

 ならば、聖女らしく身を引いてもらえればいいんだ。

 アメリー、君の勇気の為に俺も協力するよ。

 そうして二人で幸せになろう」

「………そうね。ふふ、楽しみだわ」



その日からアメリーとカイルは王立学園に度々訪れ、祈りを捧げる聖女に小さな嫌がらせを始めた。

初めは人混みに紛れ、押しのけたりと小さなモノだったが人気のない場所では酷い罵詈雑言を浴びせ、時には暴力に出る事も辞さなくなり、聖女が婚約を嫌になる様に仕向けた。

だが、なかなかに聖女はしぶとく嫌がらせに屈することはなかった。


「なんてしぶとく図々しい女だ!!

聖女ならばこんな酷い目に遭えば、すぐに嫌になって逃げだすと思ったのに!

カーラよりもしぶといだなんて思わなかったぞ!」

「わたしだってこんな酷い事言いたくないのに……。

 でも負けないわ。カイルの為だもの。

 カイルの夢の為に……」


二人は必死に嫌がらせに奔走したがなんの効果もない事に腹を立てていた。

あの時の、伯爵令嬢の様にすぐに折れてうまく行くと思っていたのに聖女は変わらずに学園に来ては日々の平穏と生徒たちの輝かしい未来を祈っていた。

アメリーはそんな聖女の変わらぬ姿勢が気に食わなかった。あれだけの事をしても憎しみの視線すらない彼女の事がむかついてむかついて仕方がなかった。

嫉妬をして、きいきいと金切声を上げてくればこちらが有利になると言うのに。

無様な姿を晒して、相応しくないと突きつけて祈りを捧げるだけの道具で居ればいいのに、卑しい平民のくせにアメリーの欲しい物を全て持っている不公平さに怒りがどんどん沸き上がる。

あれが余裕だというのだろうかと考えるだけで怒りは止まらなかった。

カイルも嫌がらせをして涙する聖女を現実を突きつけ、身の程を分からせるはずだったのに中々その展開にならない事に苛立ちが止まらなかった。

こうしている間にも兄は側近としての地位を確固たるものにして、両親からも褒められてばかりで対して自身はいつも苦言や小言を浴びせられてばかり。

手にするはずの栄誉や名声はどんどん遠くへいくばかりで、アメリーとの悪意に満ちた相談をする機会が増えて練習にも真面目に取り組まなくなっていた。

ああだこうだと理屈をごねていれば、今まで媚を売っていた連中も幼いころからの友も最近はめっきり合わなくなっていた。

婚約者の話ばかりで、もう終わった話である伯爵令嬢の事を何度も蒸し返されるつまらない関係などもうカイルは必要ないと自分から疎遠になって行った。


「もうこんな事をちまちまやっている場合じゃない。

 俺の夢の為には聖女であっても邪魔なんだ!

 いっそ晒し者にして、大恥をかけば身の程しらずだったと理解するはず」

「ね、ねえ! カイルのお兄さんは第一王子の側にいるんでしょう?

 なら、その人に伝えたら? もっと素敵な人がいるって。

 それか、聖女さまに負担をかけないで! って心配してる素振りをして……」


カイルは、アメリーのその発言に息をのんだ。


「アメリー、君は本当に素晴らしいよ!」






「兄上から聞いたよ。

 君たちが聖女アイボリーと僕の婚約は聖女に負担をかけると

 心配だと言っていると」


数日後面白いくらいにとんとん拍子話が進み、カイルとアメリーは第二王子との面会が叶う事になった。カイルはアメリーに言われた通り、聖女の役目をこなしながら第二王子の婚約者としての責務も全うする聖女が心配だと、負担がかかるのではないかと兄の前で零した。

独り言のようにぽつりと漏らしたそれに反応した兄を心の中で馬鹿にしながらも、カイルは心にもない心配の言葉を羅列して、兄はそれを第一王子にも話した。そしてそれを兄から聞かされた第二王子たるアレックスが二人と直々に話がしたいと言う流れになった。

あまりにも早い展開に二人は手を取って大喜びした。実はこんなにも簡単な事だったのに何を苦労していたのか分からないが、絶好のチャンスだと二人の目は自身の欲望を見据えて爛々と輝く。

銀色の髪に紫の瞳を持つ黙っていれば冷たい印象を持たれる彼だが、その穏やかな立ち振る舞いと穏やかな笑みからそんな印象を抱くものは少ない。

誰に対して分け隔てない優しい彼ならば、苦労をかけると心配している自分たちの言葉を受け入れてくれると信じていた。


「それで、どこが負担でどう心配なのかな。

 ええっとウェスト男爵令嬢、発言を許可するよ」


穏やかな笑みを浮かべて投げられる質問にアメリーは深刻そうに眉をひそめて悲痛な声で言う。


「実はわたし、聞いてしまったんです…。

 聖女さまが学園で酷い言葉を投げかけられているのを。

 聞き間違いかと思ったんですけど……そうじゃなかったんです…。

 祈りを捧げに来てくれているのに、あんな酷い扱いを受けているなんて

 守られている事も忘れて、酷い態度を取られて…。

 わたし、可哀想で見てられなくって」


アメリーは自らの所業をまるで他人の行ったことにしてアレックスに伝えた。

はらりとこぼれる涙は健気な女の子を演出していたが、アレックスは表情が変わることなく淡々と聞き返す。


「それで、もちろん慰めたり、庇ってくれたりしたんだよね?

 なにせ聖女の役目もあるのに王子と婚約させられて

 可哀想な聖女を助けたいんだものね」


アレックスの言葉にぎくりと震えた。

その言葉を投げかけていた本人のひとりであるアメリーがそんな事できるわけがない。

しかし、無言も分が悪いと思ったアメリーは震えながら答える。


「い、いえ……こ、こわくて」

「そう……見てられないって見捨てて逃げたって事か。

 自分がその立場になるのが怖かったんだねお嬢さんは」

「アメリーはか弱い令嬢ですよ! そんな事無理に決まってます!!

 聖女にそんな卑劣な行為ができる奴に立ち向かうなんて出来るわけが」

「僕はまだサウス侯爵令息に発言を許可していないけれど」

「うぐ」


カイルは氷の様な瞳で見つめられ縮みあがる。

いつもの穏やかな笑みは消え失せ、すっかり氷の貴公子の様な冷たいオーラを纏った彼から凍てつく氷の刃の様な視線にアメリーも恐怖を抱く。


「それで、サウス侯爵令息はどういう事が負担で心配なのかな。

 発言は許可するから喋っても構わないよ」

「……俺は、その、結界などの祈りや聖女としての務めもあるのに王子の婚約者も全うするなんて」

「それは兄上から聞いた。

 僕が聞いているのは具体的に、第一王子たる兄上のスペアでしかない僕と

 婚約するアイボリーが一体どんな不利益を被って、どんな所が負担かと

 聞いているんだけど?」

「そ、それは……ッ。しょ、諸外国にこの国の、王子の妻として挨拶をしたり」

「アイボリーは聖女だよ? あちこちからの来賓どころか国賓と顔を合わせるのは慣れっこだ。

 何せこの国の守護を一手に担う奇跡の様な存在だから嫌でもでなくちゃいけない時もあるのは

 アイボリーも理解しているよ。まあなるべく少なくはしているけど……。

 王子の妻って、聖女として名を馳せている彼女には変わらないんじゃないかな。

 むしろ、聖女として有名だから既に僕より名前が知れている。

 身の程知らずは第二王子でしかない僕だろうね」


カイルは言葉に詰まる。

第二王子は優しい。故に勝手に思い詰めて結婚を取りやめると思っていたのに。

こんなにも理屈をこねられるとは思わなかった。


「で、でも! 王子の妻になるなら、お勉強とかもしなくちゃだし、

 聖女さま学校に通えてないくらい忙しいのに

 国の顔としてあちこちでなくちゃいけないのに知識がないと」

「それは何かな。アイボリーが常に最下位の君にも劣る知性だと言いたいのか」


凍てつく氷の様な瞳がアメリーの突き刺さる。

アメリーは自分の悪すぎる成績が把握されていた事も含めて顔を青くして震えるばかりだった。言葉に詰まり真っ青になってうつむく二人に、アレックスは大きなため息をついた。


「王子の妻、王子の妻と君たちはそればかりだな。

 それはなにかな? 僕がこれからずうっと王家に寄生する能無しだと言いたいのか?

 兄上を王太子から追い落とせと言いに来たのか? 不敬罪になりたいのかな」

「い、いえ!!! ただ、おれた……私たちは聖女さまが心配で」

「君たちはアイボリーのなんなの?

アイボリーは確かに慈愛に満ちて、誰に対しても愛を与える天使、いいや 

女神の様な美しい心を持つ素晴らしい女性だけれども、こんなにも愚かな狂信者に

苦労して手に入れた婚約を駄目にされそうになるなんて耐えがたい。

一体君たちの目的はなんだ! アイボリーか!?

やっぱりアイボリーなんだろう! 僕の大切な愛おしい天使を取り上げて

何がしたいと言うんだ!!」


常に穏やかで優しいと有名なアレックスの聞いたことも見たこともない絶叫に二人は言葉を失った。ずっと気になっていた聖女に対する言動のひっかかりがようやくわかった。

それはアレックスの聖女アイボリーに対する愛情が深すぎると言う事だ。


「そこまでにするんだアレックス。

 いくらお前が聖女さまを深く愛しているからといって法を挟まないのは

 良くない事だ。いずれ国を支える臣下として落ち着いて対応しなさい」


わあわあと騒ぎ立てるアレックスを沈めた冷静な声は第一王子のアーノルド。

輝く金髪に見惚れる程美しい絵画の如き輝く魅力を持つ青年だった。

その側には理知的な雰囲気の緑の瞳の青年とカイルと同じ色を持った青年が控えていた。

圧倒的王のオーラを纏ったアーノルドの登場にアメリーもカイルも言葉が出ない。

ぱくぱくと口を動かすが、声にならない。


「あ、兄上……は、い。

 そうですよね。アイボリーを酷い目に遭わせていたからといって

 憎しみが前に出てしまって冷静になれていないなんて。

 やはり僕は兄上の様な存在には程遠い……もっと精進いたします」


更に二人の顔色を悪くさせたのはアレックスの言葉だった。

把握されているなんて夢にも思っていない彼らはだらだらと汗をかき始め、挙動がどんどんおかしくなっていく。


「そ、そんな! どういうことだよ兄さん!

俺らを、嵌めたっていうのか!?」


やっと絞り出されたのはカイルの身勝手な言葉だった。

謝罪もでない彼の態度に兄と呼ばれたカイルと比べれば少々線の細い青年は酷く冷たい目で見下ろした。体格だってカイルの方ががっしりとしているし、背だって間違いなくカイルの方が高いが、カイルはずっと高い所から見下ろされているような感覚に陥る。


「嵌めた? カイル、まさか本当に聖女アイボリー様に対する数々の無礼は

 お前の…お前たちの所業だと言うのか」

「そ、それは」


視線は泳ぎ、心臓がばくばくと脈を打つ。

言葉も紡げない程に狼狽えたカイルの姿は見るに堪えない無様なものだった。

アメリーも同じだった。真っ青な顔でだらだらと汗をかき、がたがた震えていた。

今にも涙がこぼれそうなほど潤んだ瞳をしても周りにいる男性たちは学園の男たちのように慰めの言葉もかけることなくただ無言で睨まれていた。

だがアメリーはうるんだ瞳で見上げて、震えながら自己弁護の言葉を言う。


「そ、そんな! ひどい!

わたしたちは、そんな事、いじめるだなんてそんな…」

「か弱いアピールはやめないか、ウェスト男爵令嬢。

 仮にも貴族令嬢であるのだからそんなあざとい事、はしたないと思わないのか」

「なっ!?」


その発言には覚えがあったアメリーの涙は驚きのあまり引っ込んだ。

人気のない場所で聖女にいった言葉だった。

第二王子の口から出た言葉に驚きと焦りを隠せないアメリーとカイルはより震えを強くするばかり。


「カイル。仮にも父上たちからまともな教育を与えられているんだ。

 王城であり、両殿下のおられるこの場所に座り込むだなんて全く嘆かわしい。

 そんなはしたなく情けない事ができるだなんて努力をしていない証拠じゃないか?」

「あ、ああ…あああ…!!!」


兄からカイルに投げつけられた言葉も勿論覚えがあった。

真っ青な顔で頭をかかえ、鳴き声の様な声を上げるばかり。

強い勢いで返って来た言葉がアメリーとカイルの心をずたずたに切り裂く。


「聖女さまのくせに!

何食わぬ顔して、涙も見せずに王子に言っていたなんて!!

それでわたしたちを嵌めて!

わたしたちを悪人に仕立て上げるって言うの!?

酷い! ひどいひどいひどい! 酷すぎる!

わたしたちだって国民のはずよ! 見捨てる気!?

わけ隔てない恵みを与える聖女なんでしょ!?」


最早形振りなど構ってられないアメリーが叫ぶ。

歪んだ自分勝手な感情を隠すこともない彼女の表情は醜悪になり、今まで涙なんて吹き飛ばし、潤んだ瞳は憎悪と怒りで周りは見えなくなっていた。

そこにはあまりの変わりように一線を引くように彼女を見つめる男性しかいないなんて気づいていなかった。身勝手な言葉を叫びまくる彼女に第二王子はまたあの冷たい瞳で見下ろす。


「アイボリーは言ってないよ。

 怪我を負っても、装束が汚れても、何も言わなかった。

 教えてくれたのは護衛。

 聖女であるアイボリーは一人で行動する事はない。

 役目の邪魔にならない様に隠れていなくてはいけないから

 いつも悔しがっていたよ。

 君たちが身勝手な事を言ってアイボリーを傷つけていた事を」

「そ、そんな…いつも、一人でいたはず、よ。

 護衛なんて、うそ、よ、そんなの、どこに」

「言う訳ないじゃないか。それが彼らの役目。

 教えるわけないだろう? 僕にだっているんだ。

 顔も声も知らない護衛が。当たり前だろう?

 アイボリーは聖女。

 この国の麗しき女神なんだからね」


うっとりと紫の瞳がとろける。


「ああ。アイボリー可哀想に。

 僕が一応でも王子という肩書がある為に傍にいてあげられないから

 こんな愚かで欲望に塗れた身の程知らずに傷つけられて可哀想に!

 はやくこんな身分など捨てて、修道士になり、片時も離れない様に…」

「やめろやめろ。父上に三時間も説教されたのにまだそんな事を言うのか。

 黙っててやるから、その緩んだ顔を早くしまって現実に戻ってこい」


ごほん、とアーノルドに咳払いをされてアレックスはとろとろに緩んだ顔をいつものきりりと凛々しい顔に戻した。あまりの変わりように怒りと憎しみに満ちていたアメリーは一時その感情を忘れ、呆然とその姿を見ていた。愕然と顔を青くしていたカイルも呆然と早口で喋ったアレックスを見つめていた。


「…僕の側近でもないくせに王家の婚約に口を挟む身の程知らずのお二人には

 きちんと反省してもらおうか。

 僕は第二王子だから裁く権限はないから今日の所はこれくらいしかできないけれど、

 大人しくおうちに帰ってご両親に素直に話すと良い。

 それくらいの猶予は与えよう。

 ああ君たちのせいでまたアイボリーとしばらく会えないなあ……。

 全く側近でもないのに進言しようなんて身の程しらずだよ、本当に」


アレックスの氷のような瞳が睨みつけた。

優しく聞こえるが二人は背筋が凍る程恐ろしかった。

今までの愚行を自ら告白しろと言われているのだ。

しかも『猶予』という事は黙っていてもいずれは露見し裁かれるのは確定。

輝かしい未来は粉々に打ち砕かれ、すっかり立つ気力もなくなってしまった。

そんな様子のアメリーとカイルの事などアレックスは気にもしていなかった。

彼は窓の外を見て、愛おしい女神に思いを馳せていた。

正直、アレックスには二人が言うかどうかなんて然したることではなかった。

どっちにしろ彼らは罰を受ける。

そして、アレックスは愛しい女神にしばらく会えない事は確定であるのだから。


〇〇〇




アレックスは二人のその後などに興味などなかった。

そもそも誰かを裁くなんて事には縁のない立場。

反省をするように、と強く言うのだって本来ならする事もないだろう。

関係の強い側近候補などに対してならありえるかもしれないが、縁もないただの一般貴族の、それも世間的には子供の不祥事に口を挟むなんて、愛する女神に手を上げたと言う理由がなければアレックスはきっとする気すら起きなかっただろう。

学校内でも、似たような事が起きたと聞いているがアレックスは興味がなくて半分くらい聞き流した。思い出そうにも欠片も分からない。


「ねえ。いつアイボリーに会えるのさ。

 もうしばらく会ってないよ」

「アイボリー様は辺境の地の護りを強固にするべく昨日馬車に乗られました。

 帰ってくるのは一か月後だと、一時間前にも言いました」

「……はあ。僕にも剣の腕があればなあ」

「何回言っているんですか」


ぼんやりとアレックスは窓の外を見つめた。




ああ。やっぱり、断罪しとけばよかったなあ。



もう名前も姿もすっかり記憶から抜け落ちた人物たちの影を思い浮かべて、アレックスはそう思った。


これもまた少し前に書いた物になります。

手直しはしていますがいい加減整理しなくてはと思い、なんとか形になっているのは

二つだけでした。途中でやめているものが多いのでまた整理します…。

しかし、王子の登場は無理やりだったかな…と反省…。

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