その剣士、最強につき 〜強すぎてパーティを追い出された少年、最強を求めて世界を巡る〜
「――シッ!」
一振りで五度の斬撃が繰り出された。
先程まで、苦戦を強いられていた魔物――《蜥蜴人》は瞬間的に絶命し、その身を灰へと変えていく。
その様子を見て、冒険者たちは茫然としていた。
「…………なんだ、あれ?」
「わ、わかんない……」
目の前で起こったあり得ない光景を前にして、冒険者たちは恐怖していた。
見た目は普通の少年だった。
銀の短髪と琥珀色の瞳。持っている武器はなんの変哲もない鉄の剣。服装も比較的軽微なもので纏められており、とてもじゃないが強そうな風貌ではない。
にも関わらず、目の前の少年――アルファは先程まで彼らが苦戦していた《蜥蜴人》を容易く切り捨てていった。
足元に転がる無数の亡骸。魔物特有の赤紫色の血液が迷宮内の床や壁に飛散し、本来なら魔素に帰り残らないはずの魔物の死体が積み上がっていく。
原理は単純。
魔素に還元される前に別の《蜥蜴人》を切り捨てるだけ。熟達した冒険者ならば、ある程度できるかもしれない芸当だ。
だが、それを平然と行っているアルファは怪物の域に達していると言って良い。
総数にしておよそ三百五十体。
冒険者たちを襲った魔物の大群――《魔物の行軍》を、アルファはたったの一人で切り伏せてみせた。
汗一つ流さず、返り血一つ浴びず、圧倒的な蹂躙劇を見せたのだった。
◆
「ど、どうして――!?」
僕――アルファ・ラウリスは目の前で微妙そうな顔をしている少女とその仲間たちに詰め寄った。
場所は冒険者ギルド《明星》の本部。魔大国ファルニアの首都・グロウに位置する大きな屋敷である《天灯の館》で、僕はパーティを組んでいた冒険者たちと報酬の分配をしていた。
取り分は僕を合わせたパーティメンバー四人で均等に割って六万ゼニスだった。
久方ぶりの金銭にほくほくしながら、次はどこの迷宮に行こうかと僕が話した時、事態は動いてしまった。
「ごめんなさい。でも、やっぱり……私たちのパーティを抜けて欲しいの……」
目の前の金髪碧眼の美少女――イリスは、僕に対して頭を下げながらそう言って来たのだ。
僕が何かやらかしてしまったのだろうか。
もしそうなのだとしたら、僕はそれを出来る限り改善するつもりだ。
「僕が……何かしちゃったのかな?」
「う、ううん……違うの……!」
イリスは僕の言葉に必死な素振りで否定した。
違うのだとしたら、何故急に僕にパーティを抜けて欲しいのかが分からない。パーティメンバーと共に危機は何度だって乗り越えて来たし、ある程度活躍だってした筈だ。
冒険者がパーティを組むにあたって最も重視する部分――自分の利用価値だって最大限に見せて来たはずだ。
なのに、どうしてこんな突然……。
そんな事を考えていると、イリスは恐る恐ると言った表情で語り始めた。
「あ、あのね……? アルファはとても強くて……その、頼りになるんだけど……ちょっと、強すぎるかなぁ……って思っちゃって」
「強すぎる……?」
イリスから出て来た言葉に僕は思わず目を見開いた。
強すぎる――というのは、どういう事だろう。確かに僕自身、こと剣術に於いては絶対の自信を持っているし、その剣技は他の追随を許さないと自負している。
実際、僕はかつて『剣の神』と呼ばれた東方の男に対しても勝利を納めているのだ。
だが、それとこのパーティを抜けて欲しいというお願いにどんな繋がりがあると言うのだろうか。
弱すぎてお荷物……という話であれば、僕もまあ納得はできた。使い物にならない冒険者は、パーティ全体の纏まりを悪くしてしまう。
命の危機と常に隣り合わせの冒険者たちにとって、弱さは絶対なる悪なのだ。
でも、僕の場合は強すぎて抜けて欲しい……と。
まるで理解が追いつかない。
「そりゃあ強い人が側にいてくれると心強いよ? でも、それにも限度がある……というか。強すぎる人がいるとさ……ちょっと、怖いんだよね」
「こ、こわい……?」
「うん……。だって、裏切られても反撃する間もなくやられちゃうし……他のパーティからはアルファにおんぶに抱っこで依頼成功してるって逆恨みされちゃうし……。私たちが経験積むのも難しいかな……って」
つまるところ、僕がパーティに居るだけで仲間たちの成長を著しく阻害しているという事なのだろう。しかも他の冒険者たちには後ろ指を指される、と。
そう言われてみれば、僕には思い当たる節しかない。
危機的状況下に巻き込まれた時、僕は常にパーティの最前線に立って迫り来る敵を排除し続けていた。
仲間を守るため……と言えば、聞こえは良いが、実際はただ剣を振るうのが楽しいだけ。
仲間たちの方には一切敵を流さず彼らは安全で、自分はひたすら敵を斬り続けることができる。まさしくWin-Winの関係なのだと僕は思っていた。
だが、実態は違っていた。
僕が軽率にも敵を一切合切倒してしまうせいで、彼らは自分の成長の機会を失ってしまっていたのだ。そして、そのせいで僕に頼り切りのパーティと罵られる結果となってしまっていたようだ。
「あ、でもね! 私は別にアルファが悪いって言いたいわけじゃないんだよ!? 実際、私たちも命を救われた場面は幾度となくあったし、頼り切りになってたのも事実だから」
「うん、ごめん……。俺、そこまで考えられて無かった。本当にごめん……」
僕はイリスと他三人の仲間に対して、頭を下げて謝罪した。
これは僕の落ち度でもある。
良かれと思ってした行動が他の四人にしてみれば、あまり良くない行動だったのだ。
「謝るなよ、アルファ……。元を正せば、俺たちが弱すぎんのが原因なんだ。俺たちはただ……お前をこのパーティに置いておくのは勿体無いって話になっただけなんだ」
「グラン……」
僕の肩を摩りながら、赤髪赤目の好青年――グランが慰めの言葉を掛けてくれる。
僕と同じ剣士であり、共に前線を張っていた仲ではあった彼はパーティのムードメーカー的な存在だった。その剣術も確かな腕はあり、あと何年か修行を積めば冒険者の中でも指折りの実力者になれる才覚を持っている。
「そうだよ。僕たちが弱いばかりにキミには余計な手間を取らせる事も多かったし、君の力ならもっと強い人たちと活動した方が良いよ……」
「ゼルノ……」
前髪で目を隠した少年――ゼルノが申し訳なさそうな表情で僕にそう言ってきた。
彼はこのパーティのヒーラーとして、怪我をしたグランやイリスを治療してくれていた。ヒーラーとしての腕前はピカイチでとても優秀だと僕は思っている。
「ごめんね……。私たち全員で話し合った結果、アルファをこのパーティで腐らせるのは勿体無いと思ったの。だから……本当にごめん……」
イリスが僕に対して頭を下げた。
正直、ここで何かを言っても、きっとこの三人の意思は変わらないのだろう。
僕はその日……パーティを抜けた。
◆
「これでパーティを抜けたのは三桁到達……かな?」
寝台の上で自嘲する。
僕がパーティを抜けたのはこれで記念すべき百度目。
その理由も全て強すぎて怖いからというものだった。僕が剣を振る度、皆んな僕から距離を取ってしまう。そして、このパーティ以外に向いてるところがあると言われ続けてきた。
今から新しくパーティを探すのも億劫になってきた。
というか、もう僕には冒険者というものが向いていないのかもしれない。
強さを追い求め続けた結果、その強さ故に僕は孤独になってしまった。
「もう……一人で旅にでも出ようかなぁ……」
そうだ。それが良い。
世界を回って、各地にいる強者たちと戦うのも面白そうだ。
わざわざ冒険者に拘らなくても良いじゃないか。
「そうだ。そう言えば、隣国に《神羅万象》って呼ばれてる魔女が居るっていう話を聞いたことがあるな……」
《神羅万象》――なんでも、御年二百歳にもなる大魔女であり、彼女が扱う魔法は大地を穿ち、天を断ち切り、海を抉るとされているらしい。
その御業はまさに神の所業。全ての魔法を操り、全ての知識を持つその魔女は『世界最強』の魔女だという噂がある。
「二百年を生きる大魔女、か……。一体どれだけの強さなんだろうなぁ……。戦ったら殺されちゃうかなぁ? でも、どうせなら戦ってみたいよなぁ……」
考えただけで胸が高鳴ってしまう。
今の僕の実力で二百年の歴史を持つ魔女に勝てるのか。魔法は切ってしまえば問題はない。もし地面に大穴を開けられてもその前に離れれば良い。雷も、炎も、水も、風も――あらゆる全てを僕は切ってきた。
そんな僕でも切れないようなトンデモ魔法が飛び出すのだろうか。
ああ、知りたい……!
世界最強の剣士となった僕が、世界最強の魔女に挑んだらどうなるのか!
負けたら死ぬかもしれない。それだって構わない!
あぁ、戦いたいなぁ……。
「フフッ……、思い立ったら吉日って言うよね……」
もうこの好奇心を抑える術を僕は持ち合わせていない。
僕を止める枷もない。
なら、挑みに行こう。最強の魔女に。
「そうと決まれば……早速準備だ!」
僕はそうしてこの国を発った。
荷物は剣と金銭のみ。他は着の身着のままに国を飛び出したのだった。
◆
そうして、僕の旅は始まった。
世界の中でも最強と謳われる強敵たちと戦う為の旅が。
時には《神羅万象》を操る大魔女と。時には竜王と呼ばれた巨龍と。時には世界を呑み込むほど大きな蛇と。時には――
僕は最強を求める。
この剣がいつか折れるその日まで。
お読みいただきありがとうございます!
今回のお話は書こうかなと思っていたシリーズ作品の冒頭部分を短編として纏めたものです。なので、中途半端な所で終わっていますが許してください!
一応気が向いたらシリーズ作品として、これから書いていこうかなぁ……とか思ってます。
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