少女が手にした古書、それは運命を変える魔導書でした
とある小さな寂れた村。その一角にリーンという少女が住んでいた。
小麦色の肌に、燃えるような赤髪。
彼女の住む地域ではそれは一般的な風貌だったが、外からやってくる人々には珍しく映った。
何もない村だが、本の虫がいる。村の少年たちはそう言ってからかう。
本の虫とはリーンのことで、いつも本を読んでいることから、そんな不名誉なあだ名を賜ったのだ。
リーンは本だけを読んでいるわけではない。畑の仕事を手伝う休憩の合間や、家に帰る時間がもったいないから本を読んでいるだけだ。
日が暮れると明かりが足りず、ロウソクは貴重で直ぐに母に消されてしまう。
特別面白いことが村にはない。けれども本には知らない世界のことが書いてある。知らないことを知るのは面白い——。
午前中の仕事を終えたリーンは、小高い丘の上の一本杉に背を預け、もう何度も読んだ本を読んでいた。
そんな時、一人の青年に声をかけられる。
「これをもらってくれないか?」
青年は手に持った古びた本を差し出した。
小さい村なのでみんな顔を見知っているが、この青年は村では珍しく黒髪で、漆黒色の瞳はどこまでも深く続いていそうだった。
「これは……?」
リーンは戸惑いながらその本を受け取る。表紙には不思議な円形の模様が彫られている。
分厚く、かなり変色しているが、皮で作られておりほころびはないようだった。
「こんな文字、見たことがないわ」
そう言って顔を上げると、既に青年はいなくなっていた。
本を読むと、その文字がただの装飾ではなく、深い意味を持つことを感じ取った。
文字は物の形や点、線で象られ、どこか古代の知識を秘めているようだった。
リーンはその本に没頭し、時間があれば読み進めた。
最初は一文字も読めなかったが、まるで本が彼女に語りかけてくるように、繰り返し読むことで少しずつ理解していった。
「これは、魔導書?」
リーンはワクワクしながら呟いた。
「どんな知識や物語が詰まっているのかしら?」
最初に解読できたのは、大地から水を湧き上がらせる魔法だった。
「そういえば、村に枯れた井戸があったっけ……」
村の枯れた井戸で本の呪文を詠唱すると、井戸は一瞬で水に満たされ、村人たちは歓喜の声を上げた。
「リーンちゃん、どうしてこんなことができるの?」
村人の一人が興奮しながら尋ねた。
「これは、魔導書の力です」
リーンは慎重に答えた。
「ここに書いてあることが実現するみたい。ただ、こうも書いてあるの。全てを読み終えると、大いなる災いが訪れるって」
本の冒頭にあるその文章は、読む者と、読まれる者への警告文が記されていた。
リーンと魔導書の噂は瞬く間に広まり、他国からも人々が訪れるようになった。
病気の治療や作物に雨を降らせることも、金鉱石のありかを示すこともできた。
彼女は人々の期待に応え続けたが、そのたびに心の中で不安が募っていった。
……もっと。もっとだ……。
声は日に日に大きくなっていった。要求はエスカレートし、ついには一帯を治める王様がリーンのもとを訪れた。
「この書物をすべて読み解くのだ」
王は冷酷に命じた。
「拒むなら、村人たちに危険が及ぶぞ」
リーンの心は深く震えた。彼女の心には常に家族と村人の顔が浮かび、その重みが彼女の心を押しつぶすようだった。
「お願いです、聞いてください。全てを読み解くと災いが訪れると本に記されているのです」
「わしはこの国をもっと豊かにする必要があるのだ」
王の声は厳しく、リーンの言葉に耳を傾ける余地はなかった。
「もはやお前だけの問題ではない。これはお前に課された使命である」
王は母を人質にとり、魔術書の解析結果を伝えるように命じた。
リーンは母や村人を思い、魔術書を読み進めた。
「王国の民のために」
王はリーンの魔法を利用して近隣諸国の作物を枯らし、戦争を引き起こす。
戦争は次第に激化し、多くの国々が滅び、リーンは人々から「魔女」と呼ばれるようになった。
他国を滅ぼし、奴隷となった女子供が、男の亡骸を背に王国へ流れる。
城に同じく幽閉される者の眼は、私に本を渡したあの青年の瞳に似ていた。
絶望の瞳は夢の中でも瞬き続けた。どこまで逃げようと、逃れることができない感覚。
過ちを超えて、見つけるものがあるのなら、それは希望なのだろうか。希望を語るものは、こんなにも手を汚していてはいけないのでは——。
戦争は終わりを見せることなく、数十年が過ぎる。
城の中にいても、銃声や大砲の音が絶え間なく響いていたが、王の罵声よりはましだったと言える。
不規則な音が日常になり、それが彼女の絶え間ない研ぎ澄まされた集中をもたらした。
リーンは魔術書の最後のページにたどり着いた。
挿絵には大きな円形を中心に様々な紋様が刻まれており、中央には不気味な瞳が描かれている。
母からの手紙が届かなくなってから、ずいぶんの時が経過していた。
「ついに最後のページか」
王は興奮気味に笑う。
「読むが良い」
「でも、この魔法が何を成すのか……」
リーンは恐怖を隠せず、声が震える。
「まだわかっていないのです」
「魔女よ、これまでお前の魔法はこの国を救ってきた……!」
王の目は狂気に満ちていた。
王の戦争は、ついには強大な帝国と激突し、内戦が勃発していた。しかし、それよりも私は気になることがある。
「母は、無事なのでしょうか。手紙の返信がなくなってからずいぶん経ちます……」
王は頭を振り、漫然とした調子で諭すように語る。
「魔女よ。お前が城に来てからどれだけの時が流れたと思っている。お前の母は老衰して、そして天に召されたのだ」
過去に何度も聞いた音が、再び耳の奥で響いた。
甲高い琴線の音が、児玉のように心の奥底を貫いていく。
老齢にもならぬうちに腰まで伸びた白髪。かつて燃え上がるような赤髪だった面影はもうない。
口の中で残る歯が軋み、ぐらりと身体ごと倒れた。
「もう、疲れた……」
リーンの心は限界に達していた。田端の先で鳴く、名も知らぬ鳥の声が聞こえた。
「ただ、みんなの笑顔を見たかっただけなのに——」
リーンは最後の魔法を唱えた。
大いなる災いを恐れることなく、それを受け入れたい。全てを飲み込み尽くしたい。
災厄は眼の前にあることなのだから。
その瞬間、眼の前の景色が歪み始め、激しい目眩が彼女を襲う。
気づくと、リーンは最初に魔術書を手に入れた場所、小高い丘の上の一本杉を背に座っていた。
「私、何をしていたんだっけ?」
リーンは混乱しながら呟いた。
手にずっしりと重みを感じる。
「そうだ、本をもらったんだ」
リーンは表紙に彫られた円形の模様を見つめた。
「楽しみだなぁ、どんな物語が待っているのか」
本の読み始めはいつもワクワクする。
リーンは再び、その魔導書を開く。何度も同じ過程を永遠に繰り返しながら。
感想や良いねをいただけましたら幸いです。
これから頑張ってファンタジー小説を書いていこうと思っています。