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1章 不死の男 1−6 ダアト

ダアトは何とはなしにスイキョウと話したい気持ちになり、近づいた。

特に何の思惑も無かったが

 四つの月が、沈んだ二つの太陽の照り返しを受けて輝いていた。


#region ダアトの目線

 村に流れる川の横で、ジェンハッドを送り出す小さな宴が行われた。皆手に音のなる、小さな太鼓や、バケツとバチのようなものを持ち、焚き火を囲んでリズムをとっている。


 この村では誰かを送り出す時、そうする風習があった。


 そして祭りの最中に蝋燭を取り付けた紙の船を川に浮かべ、蝋燭に火をつける。


 旅立つ人よ、お前は一人では無いぞ。村の皆の魂がお前を守っているぞ。と紙の船を浮かべる。


 日が落ちて、蛙の鳴き声がし、蛍が光を放ち飛び回る。


 宴の中心となる焚き火より少し遠くにスイキョウは座っていた。


 私は一人、そのスイキョウの近くに身を寄せた。


 目が合った瞬間にわかった。この人は私の味方だ。


 そんな直感で私はスイキョウの近くにいた。


「隣に座ってもいいかしら、私スイキョウさんと話がしたくて」


「大歓迎よ。そして、スイキョウと呼んでね。私たちストーンレースは皆家族なんだから。」


「うん、ありがとうスイキョウ、嬉しい。」


 私はスイキョウの右手側に座った。


「私、戦災孤児で、物心ついたときには中原の教会の孤児院にいたから、父の顔も、母の顔も知らないの。」


 スイキョウはただ黙ったまま、焚き火を眺めていた。


「貴女は、私の母親、なの?」


 スイキョウは悲しい笑顔を向け、顔を振った。私じゃない。と。


 私は、そんな気がしていた、と続けた。


「じゃあ、私の両親の心当たりはないかしら、不思議なんだけど、両親がどこにいるかはわからないけど、生きているってことだけは感じるの。」


 スイキョウは私の左手に自身の右手で重ねて言った。

「心当たりは、無いの、ごめんなさいね。でも貴女の直感はきっと本当よ。私達ストーンレースの心臓にはおまじないがかけられていて、いつか会うべき人と出会うようになっているのよ。そしてそれは心臓が教えてくれる。」


 スイキョウは優しく微笑んだ。


 私はその手から伝わる体温で、頬が熱くなるのを感じた。感じて少し黙った。


 するとスイキョウが口を開いた。


「ダアト、貴女に聞きたいことがあるんだけど、あのホロという少年と、婚約を交わしたの?」


「ええ」


「そっか。私達の若い頃は、ヒューマレースとの恋愛なんて考えられなかったから、ちょっとショックね。

 聞かせて。こんなに可憐な貴方を射止める魅力が、あの子のどこにあったの?」


 虚をつかれた。言うか言わまいか。


 でも言ってしまいたいような気がする。スイキョウの顔を見ていると、言ってしまえば楽になるような気がする。


 俯いて呟く。


「ちょっと恥ずかしいです・・・」


 スイキョウは右手を私の右肩を回して、村人の鳴らすリズムに合わせて揺らしながら囁く。


「貴女の幸せな記憶を、教えて欲しいのよ。」


 スイキョウは少しの間返答を待っていた。


 私は、自分の記憶の整理がついて、ポツポツと話し始めた。


「ホロは、彼と出会ったのは」


 私が3歳の頃、髭の素敵な金髪のツリーレースの男が、彼女を引き取った。


 中原からこの北部の国へ船に乗って渡った。初めての渡河、渡鳥が隊列を組んで飛んでいた。


 幼い頃は仕事も何も言いつけられなくて、私は遊んでばっかりだった。


 それから6年、私が9歳の時、ホロが来た。その家に引き取られたとき、ホロは7歳だった。


「私はその頃、本当に遊びたい盛りの困った子だったと思います。ホロが来てから、私も仕事を手伝おうと思ったんですが、お店の人にも、たくさん迷惑をかけてました。やっかまれるのも当たり前ですよね。それで、今まで甘やかされてきた私は、いじめられてると思ってました。その頃は私がストーンレースだからだとも思ってました。私はいつも大店の端っこで借りた猫のように大人しく、そして怯えていました。

 それが違うことを教えてくれたのが、ホロでした。

 私が泣いているといつもホロはそばにいてくれました。泣き止むまでそばにいてくれて。それで、ホロは私が泣き止むといつも『”フローレス”になった。それでいい。』と言ってました。」


「フローレスって?」


 私はニコッと笑って、まだ教えません。と呟いた。


「その意味がわかったのは、ずっと後のことでした。

 とにかく、ホロは私をいじめなかったから、いつもホロの後ろにいました。ホロは仕事をしている時はいつも、『よく見ててね。』と言ってました。キョロキョロ周りの動きをよく見てました。お店の人がどういう役割を持っていて、お客が何を求めていて、次に何が起こるのか、ホロは決して一人前ではなかったけど、すでにある程度仕事を任されていました。

 私もホロのようになりたくて、毎日掃除、品出し、接客と走り回ってました。仕事が終わると、ホロが髪をとかしてくれ、顔を拭いてくれて、いつも『”フローレス”だ』って言っていました。相変わらず、泣いてたら隣にいてくれて。兄のようでした。私のほうが年上なのに、変ですよね、でも兄がいたらきっとこんなんだろうなって、思いました。

 ホロは特に審美眼があって、店に持ち込まれる高級な本や絵や壺や貴金属や宝石を、鑑定士と二人で目利きしていました。私が13歳でホロが11歳のとき、ホロは店の鑑定士から、『まず鑑定品がきたらホロが見なさい。わからないものだけ私のところに持ってきなさい。』と言われるほどに任されていました。ほとんどホロが鑑定していました。たまに買値を相談することはあったけど、ホロは滅多に首を傾げませんでした。

 ある時、宝石が持ち込まれました。私はたまたまその横を通ったとき、ホロが首を傾げて言いました。『”フローレス”かもしれない』って。私は自分が言われたと思って振り返ると、私ではなく宝石を見てしきりに目を細めて『”フローレス”かもしれない』って言うんです。

 私以外にも、フローレスがいるんだと、私嬉しくなってその宝石を覗き込んだんですけど、それはそんなに綺麗な色じゃない石で、私がっかりしちゃって、それ以来『”フローレス”だ』って言われると、微妙な気持ちになったんです。

 その宝石を買い取った後、パパと鑑定士とホロはその宝石を持って、中原に行きました。中原で取引されたその宝石は、買値の五倍の値がついたそうです。私、その話を聞いて、ホロに聞いたんです。フローレスって、どういう意味なの?って。

 そしたらホロは、顔を赤くして、目を逸らして、教えてくれました。」


 私は続けた。


「鑑定士の間では、石の表面にも、中にも傷がない非のうちどころの無い宝石を、フローレスと呼ぶんだって。一生店に立ち続けて、鑑定士を続けても、一生に一度出会うか出会わないかなんだって。

 結局その宝石はフローレスではなかったけど、私のことは、フローレスだって。

 可愛いや、可憐より、もっといい言葉を、自分なりの言葉で、送りたかったんだって、言ってました。

 私はその言葉に、生まれて初めて自信と勇気を持ちました。」


 スイキョウが呟いた。


「素敵な話ね。それで、彼に恋を?」


 私は首を横に振った。


「自分の気持ちに気付いたのはもっと後でした。彼が13歳の時、中原の別の店から、彼を鑑定士として引き抜く話があったんです。私は、彼が出ていくわけないと、高を括っていました。私を置いて彼が行くわけがないと。でも違いました。

 彼はあっさりと行くことを決めました。私は混乱して、詰め寄りました。どうして行くの、私を置いていくの?って。彼は『自分が行くことを求めていて、相手に来ることを求められているんだから、行かない理由は無いよ。』って

 私は自分がどうして怒っているのか苛立っているのかわからなかった。でも一晩寝ずに考えたんです。散々泣いて冷静になって考えて、また泣いて、自分がホロをどれだけ好きなのか分かったんです。そして、私はそれを一度も彼に伝えていないと思いました。それで次の日の朝、自分の気持ちを伝えました。」


 その朝のことは、恥ずかしくて話せない。私は泣きじゃくっていたから。


 スイキョウは柔らかな表情で私を見ていた。目尻に涙がこぼれてくる。


「あらやだ、最近涙もろくって。」


 スイキョウは軽く目元をふいた。


 私はその時のことを思い出したくなくて、唇を噛みながら言った。


「これで、おしまいです。」


 随分長い間焚き火を眺めていた。言い訳みたいな言葉が、口から漏れてくる。


「ホロは残ってくれた。その日から今までは、何の不安も無かったんです。南の都市は戦争とは無縁で、ホロも王城とは無縁で。大店があって、ホロがいて、パパがいて、皆がいて、何の不安も無かったのに。」


 スイキョウは私の肩を抱く手で、指だけで肩を叩いた。


「怖いのね?」


 私は頷く。


 それは戦争への不安か、あるいは


 スイキョウはそのまま何度かそうして指で肩を叩いた。


 スイキョウはグッと私を抱き寄せると焚き火を見つめた。


 焚き火の周りでは村人が太鼓を叩き、手製の打楽器を鳴らし、女達が手を叩き、誰かが歌い、誰かが踊っていた。


 私はかぶりを振ると、口を開いた。


「私の話をしたから、今度はスイキョウの話を、聞かせてください。」


 スイキョウは呟いた「私の話か」と。


「私の話は、その、ちょっと血生臭いのしかないけれど。」


 構わないと、先をうながした。


 じゃあと、スイキョウは重い口を開いた。


「昔の話はもう、思い出せないな。

 最近の、私の後悔の話をしようかな。」


 スイキョウは遠くを見る目をした。


「私はもう長い時間、本当に長い時間を生きてきて、多くの者が私の後に生まれ、先に死んでいくのを見てきたの。見て。蛍が来るわ。」


 蛍が一匹、スイキョウの左手に止まった。


「とても可愛い。そしてか弱い命。今の私にはね、もはやどんな人でもこの蛍のように儚く見えるのよ。きっと私より後に生まれてきて、私より先に死んでいく。どんな命も、その中に喜怒哀楽を詰め込んでいて、とても尊い。

 そう考えるようになって、私は武人でありながら、戦場には出なくなった。」


 スイキョウはともて静かに蛍の止まった手を私に寄せた。


 蛍を受け取ろうとしたが、蛍は飛んで行ってしまった。私が驚いて振り向くと、スイキョウは柔らかな微笑みで見ていた。


「昔、この大陸とは別の大陸にいて、武館山という場所に引きこもるようになったの。武館という修練場がたくさんあって、小さいけどそれぞれ田畑があって、昼は畑を耕して、夜は修練。皆世捨て人みたいな人ばかりでね。秘密の山だった。

 500年ぐらい前かな、その山に、ある日一人のツリーレースの若者が門を叩いたの。

 まだ産まれて十七年ばかりの彼は、武館山に置いてください。と何度も頭を下げに来るのだけど、ここは人生に疲れて、余生を過ごすだけの人が身を置くばかりの里で、彼を受け入れることを多くの者が反対をしたわ。武館山には厳しい規律があった。一度入ると出ることは許されない。暴食は罪、怠惰は罪、恋愛など持っての他。若く未来のある彼をこの山に縛り付けることが皆憚られたの。

 彼もきっと分かっていなかった。ここはご飯が食べれて修練を詰めることができる場所ぐらいに思っていたのかもしれない。当時その大陸は遥かに荒れていて、彼のような子供は珍しく無かった。彼を受け入れれば、他の子供も受け入れることになる。そうなれば、食糧を賄いきれない。

 でも彼は諦めなかった。それで皆が折れて条件をつけて彼を受け入れることにした。ツリーレースの成人は百五十歳。それまでにこの山を出て行くこと。皆の食事の準備をして、皆の洗濯物の全てをこなし、言い付けられた雑用を全てこなすこと。不平不満などもってのほか。一度この山を出たら二度と戻ってくることは許されない。そしてこの山の存在を明かすことは許されない。彼はその条件を飲んだ。

 私の師匠が彼を引き取って、彼は私の弟弟子になった。師匠は決して彼に稽古をつけなかった。」


 首を傾げる。


「どうして?」


「きっと、追い出そうとしたのね。彼にとって一生に一度しかない青春の時代を奪うことが、師匠には出来なかった。それに彼はとても体の動かし方が下手でね。体はヒョロヒョロにやせ細っていたし、とても修練に耐えられるとは思えなかった。

 でもね、彼には強い目的意識があった。毎日炊事洗濯をこなして、皆の理不尽に言い渡される雑用をこなしていた。私はどうしてそんなに頑張るの?と彼に聞くと、彼はこう言ったわ。『戦争で焼き払われた故郷の村を再興したい。焼き払った指揮官に復讐したい。そのためには力が必要だ』と。私はとても不安でこう言ったわ。『修練を積むことと、復讐することと、村を再興することはそれぞれ別の努力が必要よ。それに、あなたには復讐なんて暗い道を歩いてほしくない。剣をかざして生きる道を切り開く者は、いつか剣に倒れるのよ。』と。

 でも彼は聞かなかった。

 彼は師匠や私の動きを見て、皆が寝静まった夜中に真似していたの。勝手に修練道具を持ち出してね。師匠もこのまま間違って覚えると良くないと思い、仕方なく彼に教え始めたのだけど、彼は何をするにも不器用でね。覚えるのに人の二倍三倍の時間が必要だった。

 でも、彼は一つ教えると、それを百でも千でもやった。ひたむきで、素直でね。優しい性格だった。師匠も私も、彼が好きになっていった。そうして長い間、寝食を共にした。私達は本当の家族のように過ごした。穏やかな日々だった。

 彼は百歳の頃、初めて一つの技を納めて、師匠もそれを認めた。そしてその日のうちに彼は出て行くと言い出した。私はその時必死に止めたわ。でも彼は、成人の百五十歳までに出て行くことを守りたいと、私たちの出した条件を盾に出ていった。

 今思うと、力づくでも止めるべきだった。あるいは、私も着いて行くべきだった。あの日を、今も後悔しない日は無い。」


 スイキョウは唇を引き結んだ。


「彼を次に見たのはわずか五年後。瀕死の状態で武館山の麓に運び込まれた。体中が傷つき、右腕が切り落とされ、左目は光を失っていた。瀕死の状態だった。

 私の師匠も私も泣き崩れたわ。私達は必死に武館山の皆を説得し、彼を運び入れ、必死に治療をした。必死に看病をした。あの時、小さく、弱いままの彼を、送り出すべきではなかった。」


 私を抱くスイキョウの手がわずかに震えた。


「治療のかいがあって、彼は一命をとりとめた。起き上がった彼が最初に言った一言は、『戦場に戻る』のただの一言だった。私は恐怖したわ。

 私は泣き叫んで必死に説得した。でも、彼の心を変えられなかった。彼は剣に生き、いつか剣に死ぬ。剣の魔物に憑かれたのだと、私は思った。きっと残った左腕が無くなっても彼は戦場に立ち続けようとしたでしょうね。

 私は彼に着いていき、武館山を降りることを決めた。彼の傷が良くなるまで彼の右腕となり、彼が無茶をしないように寄り添おうと決めた。」


 私は尋ねる。


「彼のことが、好きだったんですか?」


 スイキョウは首を振った。


「私には子供はいないけど、子供のような感覚だったのかもね。不出来な弟弟子。でも、不出来だから、余計に可愛いのかも。」


 私には理解できた。


「彼は、スイキョウの家族だったのね。」


 スイキョウは頷いた。


「そうね。家族だった。

 今、どこで何をしているのか、でも、とっても愛しいの。」


 それから何があったのか、スイキョウは話さなかった。私はスイキョウの表情を見たいと思ったけど、近すぎて見れなかった。


 翌朝、ジェンハッドが荷物をまとめ、ホロと私、シールース将軍が荷物を馬に積んでいるところに、スイキョウが来た。


 手には自分の身長ほどの六角棒を携え、わずかな荷物を手にしている。


 私は駆け寄る。


「スイキョウ、もしかして、」


 スイキョウは私の目線まで腰を落として言った。


「ダアト、私も行くわ。こんな小さくて可憐なあなたを、送り出すことはできない。私も着いていく。」


 私はスイキョウに抱きついた。スイキョウは私の体を片手で抱きしめ、軽々と抱え上げて立ち上がると、ホロに言った。


「いくつか私の話を聞いて欲しい。

 私は今まで、神と私の師匠にしか膝をついたことが無い。ホロ殿がどれほど高貴な血筋かは知らないけど、あるいはあなたが呼ぶ客がどれほど高貴だろうと、私は膝をつかないけど、いい?」


 ホロは頷いた。


 スイキョウは続けて言う。


「私は人を殺せないから、戦場で兵は率いない。あくまでダアトの護衛。いい?」


 ホロは渋々頷いた。


「僕の護衛はしてくれないの?」


「ダアトが悲しむからあなたも守るわ。」


「バーター扱いか。」


 私はスイキョウの腕の中でくすくすと笑った。


 スイキョウは微笑んで言った。


「じゃあ、よろしくね。」

#endregion

ダアト:18歳(?) ストーンレース ホロの婚約者 石質の褐色の肌を持つ 銀髪が肩まで 身長165程度

スイキョウ:6000歳越え ストーンレース 褐色に日に焼けたブロンド 緩やかなウェーブの髪が肩を隠す程 身長250

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