1章 不死の男 1−5 水鏡
ジェンハッドがひとまずついてきてくれることになったが、彼がもう一人紹介してくれるという。
しかしその人物はあまりに頑固だった。
村の外れのやや大きな小屋の裏から、薪をわる音が聞こえている。
四人がその小屋についた時、その人物は薪を割っていた。
ジェンハッドが声をかけた。
「スイキョウ。ちょっといいかい。」
スイキョウと呼ばれたのは、褐色の肌に日に焼けたブロンドの、女性だった。服というには粗雑な、一枚の布を体に巻きつけ、所々ピンで留めているような装いで、所々見える肌は、よく絞られた筋肉が見え隠れする。
スイキョウはちらりとジェンハッドだけに目をやり
「なんだ、ジェンハッド教室は大繁盛だな。」
と言って、ナタを持った右手で額の汗を吹いて、体を四人に向けた。と
「あら?」
スイキョウの目はダアトに止まった。ナタを置いて、立ち上がる。
と、スイキョウの身長は、シールース将軍よりも頭一個分以上大きかった。そして正面で向き合うと、その体が余計に大きく見える。身にまとう布の間から見える腹筋は幾つに割れているのかわからない。発達した胸筋が豊満なバストをより盛り上げている。そしてその横にはみ出る、正面からでも見える発達した広背筋は、実際の大きさよりも遥かな威圧感があった。
顔は彫りが深く、とても美しい二重の目で、茶色に光っている。
僕とシールース将軍の二人はその威圧感に思わず一歩引いた。
スイキョウはダアトの前に進んで腰を落とすと、
「私はスイキョウ、ストーンレースよ。貴方のお名前は?」
と柔らかい口調で尋ねた。心なしか、自分の体を小さく見えるように体を畳んでいる。
ダアトは答えて。
「スイキョウさん、初めまして、私は同じストーンレースで、名前はダアトです。」
恐る恐る差し出したダアトの右手をすり抜けてスイキョウはダアトをあっと言う間に抱き上げ持ち上げた。
「ああ、同族に出会うのなんて何十年ぶりの感動でしょう。そしてなんて可愛らしいのかしら。嬉しいわぁ」
と言って、ダアトを抱き抱えたまま、くるくると回り出した。
ジェンハッドは二人に向き直って紹介する。
「こちらはスイキョウ。武の達人なのだが、この村の居心地がいいのか、こうして薪を割ったり、山で木の実を取ったりと、日に日に覇気が無くなるばかりでな。是非連れてって欲しいのだ。」
僕はぼやく。
「連れ出す云々の前に、ダアトが目を回す前に降ろして欲しいな。」
ジェンハッドが頷いて声をかける。
「スイキョウよ。今日はお前に話があるんだ。私と一緒に首都に赴き、戦争に参加せよ。」
と、スイキョウはピタリと止まると、
「や」
と答えて、目を回したダアトを抱きしめながら言う。
「私はここでダアトちゃんと余生を穏やかに過ごすと決めたの。」
こうして見るとダアトがちょっと大きいぬいぐるみのようなサイズ感だ。
ジェンハッドはため息をついて僕とシールースにつぶやいた。
「日々こんな具合でのぉ。お二方、なんとかならんか。」
シールース将軍と顔を見合わせた。
シールース将軍が声をかけた。
「スイキョウ殿、私はシールース。貴女は武人とのこと、武人にはその命燃え尽きるまで武人の魂が宿るもの。私がそれを呼び起こして見せよう。」
「私は今でも武人の魂は持ってるけど、戦争が嫌なだけなんだけどね。
でも、何かするって言うんなら付き合ってあげる。」
うむ、と頷いて、シールース将軍は手近にあった縄の強度を確かめた。
そして二人の間に足で線を引く。
「この縄を互いに引き合って、この線を越えた方が負けということにしよう。」
スイキョウは目を回したダアトを僕に預けこくりと頷いた。
シールース将軍は縄を襷掛けにかけて万全の体制だ。
スイキョウは両手に持っているだけだ。
「ではいくぞ。」
シールース将軍は勝利を確信していた。いかに巨体といえど襷掛けで体に結んだ自分の巨体の方が重そうに見える。そしてスイキョウは長身ながら、女性とあって細く見える。
では私が審判をしようと、ジェンハッドが進み出て、
「初め!」
と言った時、スイキョウは激しい音を立てて一歩踏み込んだ。
シールースは始まった瞬間両足を踏ん張り、体を逸らした。
「(このひと引きで終わりだ!)」
が、その綱はびくともしなかった。
シールース将軍がその頭に思い浮かべたのは、大岩だ。大地に深く食い込んだ大岩は、いかな力を持ってしてもびくともしない。いやそれは岩山そのもの。そんなイメージがシールースの頭を支配した。
一方スイキョウは、涼しい表情をしていた。しかし腕の筋肉に筋が浮かんで、体の筋肉が盛り上がっている。そして、何かを待っている。
シールースが額に赤筋を立てて力をこめても、この縄はびくともしない。やがて、息が切れ、息を吐き出し引き寄せを強くしようとしたとき。
スイキョウはその一瞬を見逃さず一気に引き込んだ。れっきとした呼吸を読む技術である。
スイキョウは今度はシールースを引き寄せた後、両手で抱え上げると、戦利品とでも言わんばかりにグルグルと回し始めた。
ジェンハッドが僕に声をかけてくる。
「この通り、力勝負では誰も敵わんでな。説得に苦労している。」
よく見ると、スイキョウの足元の地面に抉れができていた。恐らく最初の踏み込みで抉れた穴だろう。僕が自分の拳を差し込むと、手首まで埋まるほどに達していた。スイキョウが最初の踏み込みで空けたのだろうが、どれだけ力を入れたらこんな抉れ方をするのか。
スイキョウはジェンハッドに『重ーい』と言いながら、目を回したシールース将軍を預けていた。
「(とにかく、武の達人というだけあって、力では叶わないな。となれば、口しかないか。)」
僕はスイキョウに呼びかけた。
「スイキョウ殿、私はホロという、この国の王を名乗っている身だ。私の質問にいくつか答えていただきたい。」
スイキョウは頷いた。
「スイキョウ殿はこの国の国民ということになるな」
「そうね」
「では、この国のために徴兵の義務が発生するな」
「しないよ。私、ストーンレースで六千歳を越えてるもの。」
徴兵は種族毎にその年齢が定めらていて、確かにストーンレースで六千歳を超える者には義務を課していない。兵役義務はなかった。
「(え、六千歳より上?)」
そうは見えない若々しさだが。
僕は若干凹みながら続けた。
「それは失礼した。では、国民であれば、国の存続というのは大きな問題になるな」
「ならないよ。私、ストーンレースだし、どこの国でも変わらないよ。税を取るのが誰かが変わるぐらい。」
国の存続に興味がなかった。
「そうか、残念だ。では武人であれば、名誉には興味があるだろう。戦争で名をあげれば、大変な名誉になるぞ。」
「名誉って迷惑なんだよね。なんで肉にしないんだろうって昔から思ってたのよ。」
名誉に興味がなかった。
「そうか、現物支給が良いか。肉が好きか?王都には美味い肉がたくさん集まってくるぞ。」
「最近脂がキツくてね」
胃もたれするらしい。
「うん、わかった。ではどうだ。能力を持つ者がそれを行使しないのは怠惰だと思わないか?怠惰は重罪だぞ?」
「頭良くても最終的に頭を使わない仕事に行き着く人たちを何人も見てきたけど、怠惰だとは私は思わないよ。だいたいそんなこと言ったら能力ある分損するじゃない。」
至極正論である。なんともとっかかりがない。
と、右肩の目を回しているダアトを見た。
「王都に来たら、ダアトがいるぞ。」
「ダアトは今日から私と一緒にこの村で住むし。」
「いや、それはダメだ。何故なら私とダアトは婚約しているからだ。」
「え」
初めてスイキョウが動揺した。
「(ここだな。ここしかない。)」
僕はダアトをダシにすることを決めた。
「ダアトはいずれは僕と結婚し永遠の誓いを交わすのだ。王都に来れば、ダアトという無二の同族と一緒に過ごせるぞ。」
「まあ、いずれ略奪すれば問題無いよね。百年ぐらいなら私待つし。」
気が長い方だった。
ジェンハッドとホロはがくりと首を落とした。
ホロ:主人公 16歳 ヒューマレース 天然パーマのモジャモジャ明るい髪、身長165程度 眠そうな二重の目
ダアト:18歳(?) ストーンレース ホロの婚約者 石質の褐色の肌を持つ 銀髪が肩まで 身長165程度
シールース:61歳 ヒューマレース ウェストロノウェ将軍 下顎とお腹(筋肉)が大きい 茶髪 オールバック 身長200 いつも笑顔
ジェンハッド:?歳 ツリーレース 戦争マニア 赤髪、肩に届くぐらい
スイキョウ:6000歳越え ストーンレース 褐色に日に焼けたブロンド 緩やかなウェーブの髪が肩を隠す程 身長250