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1章 不死の男 1ー4 清貧の住処

ホロと出会ったジェンハッドという人物は極度の偏屈者だった。

 山間の木造の作りにしてはある程度広く、普段は村の子供たちに読み書きを教えているという。


 自然、ジェンハッドは上座に座り、三人は下座に座った。


「私はジェンハッド、ここをねぐらにして、この大陸の古戦場をしらみつぶしに歩き回っております。」


 ジェンハッドは三人の前に茶碗を差し出し、その中に茶を入れた。三人の客に出す、湯呑みが無いということだ。


「さてせっかく私のような理屈者を訪ねてきたのです。なにか聞きたいことがあってここまで来たのでしょう?」


 ジェンハッドは湯呑みに白湯を入れながら、僕の目を見ていた。ツリーレースは茶を飲まない。


 僕は順を追って聞くことにした。ジェンハッドという人はどういう人か。


「大物がかかった、て言った大物のことは僕のこと?それとも僕ら三人のこと?」


 ジェンハッドは目を細めた。


「気を悪くしないで欲しいのですが、それは誰かのことを指していったのではありません。大物とは”機”のことです。」


 僕は顔をしかめた。


「答えがさあ、ふんわりしすぎてて。キってなんのこと?」


「転機、ですね。

 私はよく自分の運命を占いますが、生まれてからしばらくは運がありません。私の運がよくなるのは三百年より後と出ました。

 そして、訪ね人が来た。私の転機ですね。」


「ジェンハッド殿の転機のことか」


 若干ガッカリする。


 ジェンハッドは笑った。


「そう気を落とさないでください。

 訪ね人の大きさは、転機の大きさ。そこにホロ殿がきた。これは国の転機になるかもしれないと思い、大物と言いました。」


 僕は続けて聞く。


「あの歯のついていない罠は?」


 ジェンハッドは脇に置いてある鉄扇を手に取って、パチパチとめくっては閉じ、めくっては閉じたりし始めた。


「わかりやすく言うと、暇つぶしです。」


 ダアトは呟いた。


「暇つぶしなんだ」


 僕は尋ねる。


「僕の父からの呼びかけには応じなかったと聞いたが?」


「縁がなかったのです。なぜならその使者が来た頃、私は古戦場を回っている時に他国の兵に捕らえられていたのです。知人のつてでどうにか逃げだしましたが。」


 存外破天荒な人なのかもしれない。


「我が国の大元帥セバンが神算鬼謀という君に尋ねるが、我が国は今どんな状況にある。」


 ジェンハッドはしばらく鉄扇をパチパチとして答えた。


「戦争している国はグロウ国。そしてその戦争を勝ち抜いても、我が国に平穏は訪れません。我が国は敵対する三国に囲まれることになります。大変危険な状況です。

 どの国と戦争を始めても、長引けば他の二国に啄まれるでしょう。しかも三国ともストレンジャーでは無いかと疑われる強力な人材を擁しています。それに対して我が国は長兄シウン様と次兄グレン様を失い、兵の士気は落ちに落ちています。」


 項を垂れて呟く。


「辛辣だねぇ。

 危機を避けるにはどうしたらよい?」


「戦わなければ良い。と言いたいところですが、マクサル国に外交上降伏しても、通じそうにありませんね。まずホロ殿とその親族の身柄を要求するでしょう。」


 僕はダアトを見た。ダアトを酷い目に合わせたくない。苦々しく言う。


「本人の前で言うかね。ギリギリまで降伏は却下だ。

 どうしたらいい?」


 ジェンハッドはまた鉄扇をパチパチと始めた。


 しばらくして一度席を立つと、大きな紙を三人の前に広げた。


「これは私が書いたこの国を中心とした地図です。」


 三人は覗き込んだ。それはこの大陸には珍しい俯瞰図だ。僕は目を見張った。


 いかなる測量技術を持ってこんな地図を作成したのか。


「中央がこの国で、左、つまり西には険しい山を挟んでネイバ国。この国の上、つまり北にはペイロスア国、ペイロスア国のさらに北は海、進路はありません。この国の右、つまり右にはマクサル国があります、マクサル国のさらに東には険しい山があり、進路がありません。この三国が近隣の小国を取り込み大きく纏まりつつあります。」


 僕は頷いた。


「特に問題なのはペイロスア国とマクサル国との関係です。どちらと開戦しても二正面作戦となるのは確実で、そうなればネイバ国が黙って見ている訳がありません。

 まず重要なのは、ここ」


 と指差したのは、我が国とマクサル国の中間の地だった。


「ここはグロウ国が抵抗している小都市リトルグロウがあります。

 もしこの小都市がなかったら、マクサル国から王都までの守りは東の都市イーストロノウェしか無く、このイーストロノウェが落とされるようなら詰みですね。

 逆にこのリトルグロウさえ落とせれば、マクサル国から二つの守衛拠点を確保できるだけでなく、リトルグロウの南東の港の確保も容易です。イーストロノウェとリトルグロウ、そして港から兵と食糧を供給するというラインを作ることで、守りはより強固になります。」


 ジェンハッドは鉄扇で地図の要所を示しながら、明快に答える。


 僕は尋ねる。


「港の確保?

 大河に接する港は全て中原の教会の支配下に置かれているよ。港を抑えたら教会ともことを構えることになるんじゃないの?」


「あくまで狙いは兵站です。駐留するわけではありませんから、問題ないでしょう。」


 シールース将軍が尋ねる。


「私からもいいかな?

 イーストロノウェで守りを固めても、兵や食糧はなんとかなると思うがどうだろうか?」


 ジェンハッドは地図の西、イーストロノウェを差す。


「イーストロノウェは鉄の産地、そして馬の産地なのです。この土地を荒らされると、戦争に必要な物資の生産が滞ることになります。

 イーストロノウェを荒らされた後、マクサル国を撃退したとしても、続く戦争を戦い抜けないでしょう。」


 しばらくの沈黙。


 僕は続けて質問した。


「我が国の大元帥セバンは、マクサル国との開戦を三年と言っていたが、ジェンハッド殿はどう見る?」


 ジェンハッドは顔を顰めた。


「随分と悠長なことを言っていますね。マクサル国の大元帥がセバン殿ならそうでしょう。

 しかし実際は、マクサル国はビーストレースが大半を占める、戦闘の好む種族です。かつ、彼らは兵糧をもっぱら征服した国の国庫から奪っています。そして食糧が無くなる前に別の国へと攻め入ります。まるでイナゴのように。あのやり方では、一年も経たずに我が国と戦争になるでしょう。

 国境線が接したら、すぐにでも。」


 ふむ、と頷いてはみたが、その妥当性がわからない。


 ダアトが心配そうに聞く。


「私からもいいかしら。そのマクサル国にはストレンジャー?確かヴァルヘグという勇将がいるんでしょう。頑張れるかしら?」


 ジェンハッドは鉄扇を広げて答えた。


「ヴァルヘグがどれだけ強くとも、一人で戦況を変えることができるとは思えません。例えば、一人で我が国の首都まで攻め入る力があったとしても、支配できると私は考えません。都市の実効支配にはどうしても人手が入ります。同じように、一人で関や小都市に取り付き獅子奮迅の活躍をしたとしても、それほど脅威とは思えません。せいぜい四人、多くて十人程の戦力でしょう。

 とはいえ不安要素であることは確かです。

 リトルグロウを確保し、イーストロノウェの地を守り、包囲を許さず、敵軍の背後、あるいは兵站を攻める機会を待つ。今できることはこれしかありません。」


 三人とも黙った。


 言われてみればそんな気がする。でもそうじゃない気もする。


 僕は内心呟く。


「(戦略を丸投げして、負けたらこの男のせいにして逃げる術もあるが、その場合にかかるのは自分の命じゃ無いからなぁ。将の命で、兵の命で、民の将来だ。簡単に是とは決められない。)」


 ジェンハッドはそんな僕の思案を知ってから知らずか、鉄扇を畳み、ホロの目をじっと見て、ニコッと笑った。


「聞きたいことは、聞けましたかな。」


 僕は重い口を開く。


「いや、まだある。

 是非一度王城に来ていただいて、その実力を示してもらいたい。

 ジェンハッド殿は、軍師として招いたら来てくれるか?貴方が話したことは、貴方の中では完結しているようだが、節々に僕には理解できないことがある。それを補完するにはジェンハッド殿に来ていただくしかない。」


 ジェンハッドはスゥと目を細めた。


「それに答える前に、私からも一つ聞きたいことがあります。

 ホロ殿はこの国の行く末、着地点をどう見ていますか?北の大陸を武力で平定して中原に乗り出し、覇道を行きますか?

 それとも、戦争を凌いだのちは平和を回復し、人民を安らかに王道をなし得ますか?」


 シールース将軍もダアトも僕を見た。僕を見ていた。


 ジェンハッドは王の器を聞いた。


 しかし、それが僕にはわからない。


「知らんよ、そんなこと。

 侵略されれば抵抗するし、国が豊かになる資源があるなら取りに行く。

 情けをかけてくれた国には味方するし、仇となる国は許さない。

 質問が難しいけど、きっと覇道というのは武力で進む道で、王道というのが外交で進む道のことか?

 それは後からこの国の歴史を覗いた奴がはんこでも押せばいい。」


 ジェンハッドは目を丸くしている。他の二人も同じだ。


 僕は続ける。


「ただ、この国を守り抜く。僕は僕の家族を守り、僕の家族を守るものを守り、僕の全てを守る国を守るよ。

 それを誰かが後から評することを気にするなんて、僕には関係無いことだ。」


 ジェンハッドは笑い出した。


「(後に聖君と呼ばれた者には、最初からその器が備わっていたという。仁、人を愛する努力が備わり、兵道、敵を思いやる心があり、非道なことは決して行わない。だから自然その周りに人が集まった。

 私が見るところ、このホロという人物には仁は少しはあるように見える。しかし兵道はどうか。兵道が無ければ、後に国にとって大きな禍となる可能性がある。)

(しかし兵道も、また仁も、コインの表と裏なのだ。)」


 ジェンハッドはもう一つと、尋ねる。


「ホロ殿はツリーレースが王城に出入りすることをどう思いますか?」


 僕はしばらく間を置いて口を開いた。


「まず、僕自身は幼い頃からダアトと側で暮らしていたから、種族の違いに抵抗が無い。

 貴方が王城に出入りして活躍することで、それを見た優秀な他種族の人材が、士官してくれたらいいな、とは思うよ。

 聞きたかったのはそういうことか?」


 ジェンハッドは頷いた。


 僕は言う。


「僕はもう覚悟を決めたぞ。ジェンハッド殿。

 断るなら理由は明確に言ってくれ。直して出直しくる。難しい言葉は使わないでくれ。君の言葉は難しい。

 ジェンハッド殿が軍師として来てくれるまで、何度でも来る。」


 ジェンハッドはそれを聞いて微笑んだ。


「それには及びませんよ。どこまで力になれるかわかりませんが、ついて行きましょう。」


 ジェンハッドは重い腰を上げて、手を差し出した。僕が握ると、僕以上の力で握り返してくる。僕は単純に彼を信じる気になった。


 ジェンハッドは、それと、と付け加えた。


「もう一人連れ出して欲しい人がいるのですが」

ホロ:主人公 16歳 ヒューマレース 天然パーマのモジャモジャ明るい髪、身長165程度 眠そうな二重の目

ダアト:18歳(?) ストーンレース ホロの婚約者 石質の褐色の肌を持つ 銀髪が肩まで 身長165程度

シールース:61歳 ヒューマレース ウェストロノウェ将軍 下顎とお腹(筋肉)が大きい 茶髪 オールバック 身長200 いつも笑顔

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