1章 不死の男 1−3 山間の村へ
軍師ジェンハッドの人物を見極め、勧誘するために一行は一旦西に駒を進める。
そこにいたのは
翌日、早速僕はダアトを連れて西の村へ旅立った。
セバンは絶対に護衛を付けるべきだと言い、旗持ち将軍と呼ばれるシールースと合流するように手配すると言っていた。
朝、教会に二人でお祈りに行く。
「ん」
ダアトは手を差し出す。
僕は無言でその手を掴んで自分の外套のポケットに突っ込む。
「よし」
ダアトは満足気に頷いていた。
身長は同じぐらいだけど歩調は自分のほうが速い。
僕はややゆっくりと歩く。ダアトはキョロキョロと辺りを見渡すけど、あまり好印象ではないらしい。
「パパのところのほうが、綺麗だった。」
「サウスロノウェは、この大陸でも有数の観光都市だからね。」
僕とダアトは水の都と呼ばれるサウスロノウェから来た。至る所に船渡しがいて、観光都市としても交易の要衝としても栄えている。
それに比べると確かに首都ロノウェは綺麗とは言えないかもしれない。
ビーストレースやツリーレースが道端で寝ていたりする。胡座をかいて怪しい物を売ってたりする。人の流入があるのはしょうがないし、端的に他種族に問題があるわけでもない。交流があるのはいいが、この国では他種族にいい仕事が回ってこないことも事実だ。
僕はポケットの中のダアトの手を軽く、強く握り教会に急ぐ。
この国では天秤を崇拝する。
ちょうど裁判を行なっていた。
木の手枷をつけられたビーストレースが、天秤を前に首を垂れていた。
その前の司祭が問いただす。あれは、戴冠の時に僕に冠を被せた司祭だ。
「パンを3個盗んだか。もう食べてしまったと。」
「腹を空かせた妹と弟に」
言い訳する犬のビーストレースに司祭はピシャリと言い放った。
「言い訳はいい。天秤様が捌いてくださる。
強制労働1日!」
そう言って天秤に分銅を乗せながら告げる。反対には罪状を書かれた紙が置いてある。
しかし、分銅が重すぎてそちらに固まる。
司祭は首を傾げる。
「む、重すぎるか。
強制労働半日!
まだ重いか。
強制労働1時間!
よし、釣り合った。
連れて行け。」
不思議なもので、罪状と分銅が釣り合うのが天秤だ。
傍聴していた敬虔な信徒達が口々に「土人が」「住まわせてもらっているのに恩知らずめ」などと口にしていた。
「行こう。」
僕は裁判の行われている左の塔、祈りのための塔にダアトを引っ張った。
「何!殺人!ううむ、強制労働100年間!よし、釣り合った。」
背中で司祭の声を聞きながら、僕はその場を後にした。
朝の祈りをそここに済ませて。
居住区を抜けて西区へ。このあたりは特に日当たりが悪い。首都を歩いていく中でも、何人かの別種族を見ることがあった。何かの店先でツリーレースの老いた男が、その店の主人だろう、勘定があわないことを口汚く罵られながら働いていた。ビーストレースの子供達が背負子を背負って壁外に向かっていた。その光景に僕は気が滅入るように頭を抑えた。
「口入れ屋!口入れ屋だぞ!仕事が欲しいやつは皆集まれ。仕事を世話してやるぞ」
と言うヒューマレースの男が言うと、待ってましたとばかりに汚い形の住人が集まっていく。どう見ても他種族の比率が多い。
「おうそこのお前!お前はヒューマレースか混血か?混血?構わん、使用人の募集がある。この家に行け。
そこんお前はヒューマレースか?おう、職人の手伝いの募集だ。ここの家に行け。」
仕事を紹介する口入れ屋も、ヒューマレースにまず仕事を割り振る。
「今日はこれでしまいじゃ、お前らビーストレース、ツリーレース、ホーンレースにはなぁ、
いや、仕事が無いわけじゃない、頭を下げてどんな仕事でもと言うなら、人手が足らんところはたくさんある。」
僕はそんな箇所も足早に通り過ぎた。
僕とダアトはシールース将軍と合流した。
シールースは身長二メートルの大男で四角い顔をしているが、とても腰の低い将軍だった。
馬が三頭歩いていく。左からシールース将軍、僕、ダアトだった。シールース将軍だけが馬に乗っていない。馬には荷物だけを積み、歩いている。シールースは重すぎて乗れる馬がいないのだ。
二つの太陽が三人を照らしていた。
僕は乗馬の経験が乏しく、所々立ち止まり苦労した。シールース将軍がフォローしてくれた。
首都ロノウェの城壁の西門をくぐると、米の穀倉地帯で平原が見渡す限り広がる。この大陸では珍しい水田だ。
さらに進むと西には麦、放牧している牛や羊が混じっていく。どこまで行ってものどかな風景が広がる。
僕は関心してシールース将軍に話しかけた。
「これは素晴らしい景色だなぁ。」
シールース将軍は頷く。
「ええ、この景色は我が国の自慢です。」
シールース将軍は決して多くを語らない。一言一言、ゆっくりと間を開ける。心の中で方言を直しているのかもしれない。
「これだけ計画的に水を引いて整理された田畑というのは、北の大陸でも珍しいでしょう。」
言われて目を向けると、区画は六画形に、水路はその周りを、そして畦が綺麗に整えられている。雀がいて、蛙の鳴き声が聞こえ、トンボが飛んでいた。
シールース将軍はたっぷりと間を空けてまた口を開いた。
「私も農村出身ですから、こういう光景は、胸を打ちます。」
シールース将軍は、短髪で下顎が大きく、太陽に照らされた横顔は、朴訥と田畑を耕している姿が容易に想像できた。
「そうか、将軍は農村の出であったか。」
シールース将軍は恥ずかしそうに頭をかいた。
それからたっぷりと間を空けて、
「あの頃は、農村にいた頃は、朝日が昇ったら田畑の手入れをして、日が落ちたら、飯を食って寝て。雨が降ったら農具の手入れをして。妻と子供がいて。牛と鴨
の世話をして、それだけで毎日が、終わっていきました。」
シールース将軍の遠い日を眺める目を、僕は見ていた。ただ、そうか、と頷いた。
シールース将軍はまたたっぷりと間をあけた。
僕はその表情を読み取っていた。畑仕事というのは容易ではない。シールース将軍の肌は太陽に十分に焼かれ、真っ黒だった。その指はひび割れにひび割れ、もはや猛禽類のようだ。足もきっとただではすんでないだろう。
この間というのに、シールース将軍はその苦労を思い出しているのだと、僕は感じた。農村にいる間に、台風があり、土砂崩れがあり、水枯れがあり、水についての争いがあったのは間違いない。しかし、それを超える静かな喜びがあったのだろう。
「(この将軍の器は、でかい)」
その体よりも遥かに。そう感じた。今まであった苦労の全てを受け入れてこの将軍は立っている。
その彼が口を開く。
「そんな自分が、今や将軍と呼ばれ、王様を直接護衛してるなんて、なんか、こう、不思議な感じがしますよ。・・・いやぁ、すいません、こんな話。はっはっはっ・・・退屈でしたか?」
僕は首を振った。素朴な男だった。兵役さえなければ、戦争なんて縁がなく、しかしながら農村でその一生を幸せに過ごしたに違いない。そう思った。カリオフ将軍のように反骨心剥き出しでもなく、アテスのように慇懃無礼でもない。
素朴な農村出身のただ一人として、声を投げかけてくる。僕はその態度をとても好ましく受け取った。今まで会った王宮の誰よりも穏やかな気持ちになれた。
「とても興味深いよ、将軍。できればもっと教えてくれ。将軍の生まれ育った村のことを。村の祭りや、村の歌を。道中、一緒に歌いたい。ダアトはどうだろう?」
ダアトは肩をすくめて、しかし大きな声で
「聞かせて将軍。でももっと大きな声で話してね。」
と呼びかけた。
シールース将軍は意外だったのか、困った顔をした。
「そう、ですか。はっはっは、こりゃ意外でした。田舎者の話でもしましょうかねぇ。」
シールースはウエェストロノウェから首都ロノウェにやってきた田舎者の大酒飲みの話をした。
田舎から出てきた大酒飲み、その主人と、取引先の主人が賭けをする。
一晩に5升の酒を飲めという難題。
勝ったほうがサウスロノウェまで旅行に連れて行くという。
自分の主人が大金を賭けることになって、田舎者は困った顔でしばらく外で考える。
帰ってきてこの賭けを受けて、見事に5升の酒を飲む。
ダアトはせっかちだ。
「オチは?サゲはあるの?」
「いやあ、何でもその田舎者、賭けの前に5升飲んで、これはいけると勝負したそうですわ。」
シールースはそう言ってワハハと笑っていた。
大して大笑いするような話じゃないが、彼の人柄が伝わってきて僕もダアトも警戒を解いて微笑んだ。
道中、シールース将軍は伸びやかな声で村に伝わる歌を歌っていた。
風に倒れた稲が、十分な水によって再び太陽に向かって伸び上がるという、自然の逞しさを歌った歌だった。
穏やかな話をしながら半日ほどすると、穀倉地帯を抜け、山岳地帯に入る大きな川の前にきた。この国を東西に分け海に繋がる大河で、暴れ川として名高い。
シールース将軍が指差す。
「この川は暴れ川として有名ですが、あれに掛かっている橋は、流れ橋と言って大変優れた橋です。」
「流れ橋?」
「ええ、川の水量が増すと、橋の留め具を外して、流れるままにするのです。そして、水量が減ると、また橋の留め具を繋いで橋とするのです。決して壊れぬ橋ですなぁ。」
そんな橋があるのか。素直に感嘆する。
僕は呼びかけた。
「ダアト、そろそろお腹が空かないか?」
「もう、ペコペコ。」
「シールース将軍、流れ橋を見ながら、ここらでお昼にしよう。」
「ええ、そうしましょう。」
そこらの木に馬の手綱を結んで、草叢に腰を降ろした。
ダアトは荷物の中から、包みを取り出した。
「私今朝、パンを焼いてきたの。」
包みを開くいて出てきた美味しそうなパンを少し長いナイフで切り分けて、僕とシールースに手渡した。
「見てこれ、首都の小麦はとっても質がいいの。」
パンはとても柔らかだった。
「それで今朝見当たらなかったのか。さすが気が利くなぁ。」
僕は素直に喜んだ。
「こりゃありがたいですね。そういや私も妻にバスケットを渡されましたぞ。」
将軍は思い出したように馬の荷物から大きなバスケットを取り出した。将軍の体相応の弁当ということか。中には蒸した芋とシャキシャキのレタスと真っ赤なトマトと瑞々しいレモンが入っていた。色合いもバランスも見事である。
僕は素直に頷いた。
「おお、将軍は賢妻をお持ちですなぁ。」
「はっはっは、恐縮です。陛下も是非どうぞ。パンにレタスとトマトを挟んで食べたら、さぞ美味しいでしょう。レモンはそのまま食べてもいいですが、軽く水に絞ると、爽やかな飲み口になりますぞ。全部首都で頂いた家に、庭を作ってできた野菜です。」
まだ日中は軽く汗ばむくらいだから、とてもいい気遣いだ。
と、僕はダアトの包みの多さに気づく。
「そういえば、ダアトはたくさん包みを持ってるなぁ。もしやそっちの包みには干し肉でも入っているのか?ダアトは気が効くからなぁ。」
シールース将軍も言う。
「ああ、干し肉をパンで挟むの、私は好物ですなぁ。」
ダアトは指さされた包みを開くと、今朝焼いたばかりの美味しそうなパンがあった。
僕は若干拍子抜けしながら、
「ああ、そっちの別の包みには、きっと卵焼き等焼いてきたか?ダアトの料理は美味いからな。それとも、魚の燻製とか、チーズとかか?」
シールース将軍も言う。
「ああ、卵焼きとは贅沢ですなぁ。」
ダアトは若干赤くなりながら、震える手で包みを開くと、今朝焼いたばかりの美味しそうなパンがあった。
ダアトは呟いた。
「パン、焼いたんだ。」
僕は理解した。包みは全てパンなのだ。干し肉とか、卵焼きとか、魚の燻製とか、チーズとか求めてはいけないのだ。贅沢なのだ。
が、僕は思ったことをぼやかずにはいられない性分だ。
「たくさん焼いたねぇ。」
ダアトは眉を吊り上げて僕を小突いた。シールース将軍から見えない位置で。
「私のパンイジるなよぉ。」
ダアトに脇腹を抉られながら、食を進める。
流石に空気が不味くなり、僕は露骨に話題を逸らした。
「そういえば将軍は、なぜ旗持ち将軍と呼ばれているのだ?」
シールース将軍は恥ずかしそうに頭をかいた。
「いや、はっは、今から、何年前になりますかな。西の山賊が二百人ほど徒党を組んで、西の村に攻め入ったことがあるんです。私は従軍したばかりの新米でした。
旗を持つしか、出来なかったんですよ。戦うなんてとても。」
僕もダアトもパンを頬張りながら、将軍の話を聞いていた。
「でもその防衛線で、当時の王、アラン様は大変気に入ってくれてましね。何故かはわからないんですが、いつも戦前で旗を持つように勧められたんです。
こんなことが働きになるのかと、自分も疑問だったのです。特に、あのカリオフ将軍には散々揶揄われまれしてね。旗持ち野郎って。それで耐えきれなくなって、王に言ったんです。『前線で槍を持たせてください。旗持ち野郎なんて、言われたく無いって。』」
シールースはダアトに蒸した芋を差し出されたが、ダアトは押し返した。ストーンレースは根菜を食べない。
「そしたら、王が言うんです。『巨体のお前が見事に旗を掲げる姿を見て、敵は怯み、味方はその姿を見て、勇気を貰うんだ。降り注ぐ矢の中で揺るがないお前を見て、敵は怯え、味方は奮い立つんだ。お前は前線に出て十人の働きをする武人ではないが、百対百の戦場に置いて、二百の働きをする男だと、言うんです。
私にはわかりませんが、それで自分はずっとこの国の旗を持ってました。それで、いつの間にか将軍までになりました。」
結局、重すぎて馬上の身にはなれませんでしたけど。
と言って将軍は笑った。笑って、ダアトに押し返された芋を食べていた。
僕は呟いた。
「いい話じゃない。」
シールース将軍は、そうでうすか?と言ってまた笑った。
昼食を終え、馬に飼い葉と水を与え、再び三人は西に進んだ。暴れ川の橋を渡り、しばらくしてその村についた。皆、農作業の手を止め、三人を見ていた。
シールースがその中の一人に、アテスのいった変わり者の特徴を伝えた。訪ねたその村人は、それは私の父親ですと、と言った。
「父なら、山に罠をかけに行ってますよ。ちょうどこの国に帰って来ている時に来ていただいて、幸運ですよ。一年のほとんど他国にいますから。
この道を少し行くと父の教室があるので、そこで待ってれば帰って来ますよ。」
遠目に、田畑のそばに少し大きめ目の家が見える。
三人はそこまで歩いて待つことにした。
シールースが裏に回った。僕とダアトもそれについて行くと、薪を乾かす棚や、井戸、農具や罠が置いてあった。
シールース将軍は罠を見て首を傾げた。
「どうした?将軍。」
シールース将軍は罠を指差して言う。
「この罠、歯がついておりません。これでは、獣を捕まえられませんよ。」
「そんなことないでしょう。」
と見ると、確かに歯がついてない。
「あら。ついてないねぇ。」
途端に不安になる。本当に神算鬼謀の人なのか。
夕暮れよりももっと早く、その人物は帰ってきた。
髪は肩まで伸びやや赤茶けている。ツリーレースだ。ツリーレースで髪が赤いのは、老齢を意味する。とすれば、この人物は初老か、あるいは若白髪か。顔は皺が深い。肌が白く、耳が尖っていて硬そうだ。
僕は尋ねた。
「貴方が、ジェンハッドか?」
その男は三人の顔をじっと眺めた後、そうですよ、と答えた。
「この大陸の古戦場を渡り歩き、神算鬼謀と恐れられるジェンハッドで間違いないか?
何故歯のついていない罠を仕掛けている?それでは獣が取れんだろう。」
男は微笑んだ。
「獣は取れませんが、とんでもない大物がかかったようですなぁ。」
そう言って家の戸に向かった。三人は顔を見合わせて着いて行く。
「いかにも私はジェンハッド。神算鬼謀と恐れられているかは知りませんが、この大陸を渡り歩き、戦争を研究しています。さあどうぞお入りくだい。
ホロ殿、ダアト殿、シールース将軍。
そしてホロ殿、貴方が出向いたと言うことは、王に何かありましたな。」
鳥肌がたつ。
まだ誰も僕の名前を言っていない、そして、王の死亡はまだ公表していない事実だ。
思わず呟く。
「なるほど、今の一言でよく分かった。貴方は並の人ではないに違いない。
それにしてもなぜ我々三人の名前が?」
「我が国で歴戦の旗持ち将軍の顔と名を知らない人はいないでしょう。そしてその将軍を従えられるとなると、王か、その御子息か、セバン殿でしょう。長兄のシウン様も次兄のグレン様もお亡くなりになられたので、残るのはホロ殿、貴方だけです。いくら身分を隠そうとも、当時の誕生の報告は国民の皆が知ってますからね。後で隠し通せるのは他国の者ぐらいですよ。
そして、ダアト殿。我が国で王城に出入りするストーンレースは貴方だけです。存外貴方は有名人なのですよ。」
さあ、中に入って、とジェンハッドは戸を開く。
ホロ:主人公 16歳 ヒューマレース 天然パーマのモジャモジャ明るい髪、身長165程度 眠そうな二重の目
ダアト:18歳(?) ストーンレース ホロの婚約者 石質の褐色の肌を持つ 銀髪が肩まで 身長165程度
シールース:61歳 ヒューマレース ウェストロノウェ将軍 下顎とお腹(筋肉)が大きい 茶髪 オールバック 身長200 いつも笑顔
ジェンハッド:?歳 ツリーレース 戦争マニア 赤髪、肩に届くぐらい