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記憶を無くしたロリエッタ

窓から入ってくる爽やかな風と、朝の光に包まれて彼女は眠りから覚めた。


ゆっくりと開いたマリンブルーの瞳には、昨夜、エリザに詰め寄った時のような勝気な光はなかった。


彼女は周りを見まわして、その瞳をエリザベートで止めた。


「おはよう御座います。ロリエッタ様」


「!」


彼女は自分がロリエッタ・トリエールである事を、ようやく思い出した。なんと長い夢を見ていたのだろう。


夢の中で彼女は、目の前のエリザベートに転生していた。その夢の中で彼女は、頑張って頑張って生きていた。それでも誰も自分を見てくれなかった。誰も愛してくれなかった。


自分がやってもいない罪を着せられた。ヒロインのつく嘘が信じられなかった。


「どうして?私は何もしていないわ」


夢の中で彼女はそう叫び続けた。そして、そう叫ぶ事をも諦めてしまう。それが、1度めのエリザベート・ノイズだった。


ウィリアム殿下に婚約破棄を言い渡され、国王に国外追放を言い渡された彼女は、全てを諦めてボロボロになりながら、人目を避けるようにして国境を越える。


そして、そこに待ち構えていた賊に命を狙われる。彼女は絶命する寸前に目を覚ましたのだ。


ロリエッタは言葉を発する事が出来なかった。


どれほどの時間が流れただろう。一瞬だったかも知れないし、数時間だったかも知れない。


動かない彼女にエリザベートが歩み寄った。


「ごめんなさい!」


ロリエッタが両手を合わせて声を振るわせる。エリザにはそれで十分だった。


エリザは彼女をそっと抱きしめた。


「もう大丈夫よ」


「私・・知らなかったの・・貴方があんな思いをしていたなんて!私・・本当に怖かった・・」


ロリエッタが言った。そして問いかけた。


「貴方は私を恨んでいないの?」


「ええ、だって貴方は、ゲームの中のロリエッタの真似をしていただけでしょう?」


「!」


彼女は驚いた顔をしてエリザベートをみた。


「貴方も転生者だったのね?」


「いえ。私は転生者じゃないわ。貴方とは逆かしら?あちらの世界から、こちらの世界に戻って来たの。


だから『王国の聖女ロリエッタ』の事も知っているわ」


「!」


「私だって幸せになりたいもの。みすみすやられはしないわ」


エリザがそう言うと


「そうよね」


ロリエッタが笑った。


『彼女を元の世界に戻してあげて』


『承知した』


エリザの声に精霊王カイが応えた。


「元の世界に戻って幸せを掴んでね」


エリザベートのその声を聞きながら、ロリエッタは再び眠りについた。


そして暫くしたあと


「パパ、ママ、会いたかった」


エリザには遠くの世界で涙を流す、1人の少女の姿が見えたような気がした。


・・・・・


それから数日間、ロリエッタは目覚めなかった


心配したトリエール男爵は眠り続ける愛娘を、男爵家に連れて帰った。


そして、ようやく目覚めたロリエッタは、今までの記憶を失っていた。


「お父様、お母様、私、今までの事を全く覚えていないのです。養女にして頂きながら、その時の事も忘れてしまって。本当に申し訳ありません」


彼女はハラハラと涙を流しながら、トリエール男爵夫妻に頭を下げた。


「こんな私ですが、これからも宜しくお願い致します」


屋敷で働く者達にもはかなげに頭を下げる。


今まで、どちらかと言うと、天真爛漫で無邪気だったロリエッタ。


そんな彼女が記憶を失ってしまった悲しみに耐え、儚げに頭をさげて涙を流しているのだ。


その様子に、トリエール男爵夫妻だけでなく、屋敷で働く者達までもが心を奪われ、もらい泣きしてしまうのだった。


ロリエッタは、人の名前などは鮮明に覚えているようだった。けれど、幼い頃から今までの自分や自分を取り巻く人々との会話を、全く覚えていなかった。


自分の行動の全てを忘れてしまっていた。


少し男爵家で休養したあと、学園に戻ってきた彼女にクラスメイトだけでなく、学園中の生徒が驚いた。


自分がこの国に発生した瘴気を浄化出来なかったと知り、驚いた様子だったけれど、すぐに友人達に頭を下げたのだ。


「瘴気の浄化も出来ないなんて、私は聖女失格ですね。王様にお願いして聖女の資格を取り下げて頂きますわ」


そう言って、また、儚げに涙するのだった。


記憶を失ってからのロリエッタは、慎み深く慈愛に満ち溢れていた。記憶をなくしてしまった事が、彼女の儚げな笑顔により影を落とし、人々を惹きつけていった。


いつの間にか瘴気を浄化出来なかった事を嘆く姿さえもが、彼女の優しさの現れのように言われるようになっていった。


聖女のお披露目パーティーのあと、殆どの人が魔法を使えなくなったけれど、彼女だけは光魔法を使えていた。


けれど、復帰したロリエッタ・トリエールは、他のクラスメイトと同様に、光魔法も使えなくなっていた。 


その事についても、彼女は触れた。


「私には魔力がありません。もしかしたら、『あの時』すでに魔力がなかったのかも知れません。


それなのに・・皆さまのお役に立ちたくて・・瘴気の発生した場所に行ったのかも知れませんね。


期待をさせてしまった私が悪いのです。皆さまに責められて当然ですわ」


そう言って寂しそうな表情を作って微笑む彼女を、罵る者は誰もいなかった。


「なんてお優しい。天使のようだ」


学生達から、以前聞いた事のある褒め言葉が聞こえるようになった。


そして、記憶を無くしたロリエッタが学園に復帰して半年がたった頃には、聖女ロリエッタの人気は、入学当初とは比べものにならないほど上がっていた。


そして、驚くことに、このドリミア王国を瘴気から救ったエリザベート・ノイズ公爵令嬢についても、コソコソと悪い噂が立ち初めていた。


「私達が魔力を無くしてしまったのに、どうして彼女だけ魔法を使う事が出来るのかしら?


ヴァイオレットの聖女様って、千年に1人現れるかどうかの聖女様よ。


アミルダ王国のレティシア様がそうなのに、同じ時期に、また、ヴァイオレットの聖女様が現れるわけがないじゃないの。


何か彼女は怪しいわ」


ひっそり、ひっそり、エリザベートをおとしめる噂が流されていく。


「私にはエリザベート様の記憶はありませんが、彼女はこの国を瘴気から守って下さった方です。彼女を悪く仰らないで。お願いだから・・」

 

ロリエッタはそう言って儚げに頭を下げる。


「なんてお優しい」


「あの方の魔力さえあれば、あんな女に瘴気を浄化してもらわなくても良かったのに!」


「ロリエッタ様の魔力を奪ったのも、彼女なんじゃあないの?」


「そう言えば、あの日、彼女と一緒にいたのは、闇の精霊だったそうよ」


「まあ!怖い!」


エリザベートがドリミア王国を離れている間に、どんどんと彼女の噂は広まっていった。


・・・・・


エリザベートは隣国のアミルダ王国にいた。瘴気の浄化が終わって国が落ちついたので、エリザベートも精霊の森から戻っていた。


ただ、精霊の森の家はそのままにして、ウィリアム殿下やアメリア達と合流して、アミルダ王国に留学していたのだ。


魔力が戻ったエリザベートは、いつでも瞬間移動で精霊の森に戻れる。時間の流れが違う精霊達との触れ合いも、今まで通り楽しみながら、新しい学園生活を送っていた。


おそらくロリエッタには、1度めの魂が戻っている。今は取り立てて動きはないが、今、王都学園や社交界に流れている自分の噂は知っている。


『ねえ、テネーブ。彼女はどう動くかしら?』


彼女は今、魅了魔法も使っていない。

光魔法も使えない状態だ。

それでも、これ程の存在感。


『今回は側に俺がいる。絶対に独りにはしないから安心しろ、エリザ』


彼女に底知れない恐怖を感じる。けれど、彼女が戻ってくるのが分かっていて、〈あの魂〉を元の世界に戻したのだ。


戦う相手は1度めの彼女だ。お祖母様の封印は解けた。今の私は独りじゃない。


負けないわ。


闇の精霊テネーブのその声に安堵しながら、決意を新たにするエリザだった。

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