私はヒロイン
私は教会の経営する孤児院で育った。赤ん坊の頃に教会の前に置かれていたらしい。
質素ながらも3食とオヤツがきちんと出る孤児院だった。教育も受けさせてもらえた。とても熱心なシスターから、文字の読み書きも教えてもらった。
「ロリエッタは綺麗な字を書くのね」
シスターはいつも私を褒めてくれた。
毎日、毎日、自分より小さな子供のお世話、掃除、洗濯、食事の用意。
服は奉仕活動で訪れる訪問者が届けてくれる、誰かのお下がりばかりだった。
私の楽しみは、シスターが文字を教えてくれる時間と、月に1度、貴族の奥さま達がやってきて行うバザーの手伝いだけだった。
シスターには褒めて貰えるし、バザーの時やお客様が来られる時は、よそ行きの服を着せてもらえるから。
そんな毎日が変わったのは8歳の時だった。孤児院に慰問で訪れたご夫婦に大変気に入られて、養女として迎えられたのだ。その日から私は、ロリエッタ・トリエール男爵令嬢になった。
トリエール夫人はいつも熱心に奉仕活動に参加されている方だった。
その夫人を接待していた時に、手を滑らせて熱い紅茶を夫人の手にかけてしまったのだ。
手は赤くなり、着て来られた服にも紅茶がかかってしまった。
焦った私は自分だけの秘密の方法で、すぐに治療を行った。火傷したところに手をかざして、白い光で火傷を治したのだ。
服も綺麗になり紅茶の染みもなくなった。
私はこの魔法が使える事は誰にも言っていなかった。この治療魔法が使えるとわかれば、シスター達に奉仕活動にこき使われる事がわかっていたから。
「シスターもこの魔法の事を知らないから、どうか秘密にして下さい」そうお願いした。
お客様に火傷を負わせて、服まで汚してしまった事を、シスターに知られて叱られるのが怖かった。
「貴方がこの魔法を使える事を、他に知っている人はいないのね?」
夫人に聞かれたから「はい」と返事をした。それから数日後に、私の養子縁組の話がまとまったのだ。
トリエール男爵家の両親はとても優しかった。
「貴方はいずれ社交界に出て、素晴らしい男性と出会うはずよ」
トリエールのお母様の口癖だった。それが彼女の希望する私の将来の姿なのだろう。
「貴方が治療の魔法を使える事は、王都学園の入学式の日まで、秘密にしておきましょうね」
お母様に言われたので、屋敷のメイドにも誰にも言わなかった。
そんなある日、トリエールの両親が高熱を出して寝込んでしまった。最近流行りの風邪のようだった。
あまりに苦しそうだったので、私は使用人の目を盗んで治療魔法を使った。
2人はすぐに元気になったけれど、今度は私がダウンしてしまい、その夜から2日ほど意識が朦朧としていた。
熱が下がり意識がしっかりした時には、私は前世の記憶を取り戻していた。そして、ここが乙女ゲーム『王国の聖女ロリエッタ』の世界であることにも気がついていた。
『王国の聖女ロリエッタ』はお気に入りのゲームだった。攻略対象者は覚えている。誰のルートに入っても、聖女ロリエッタは必ず愛されて幸せになるように設定されているゲームだった。
逆にどのルートに入っても、傲慢で我儘な悪役令嬢、エリザベート・ノイズに幸せはやって来ない。
彼女の周りの重要人物は、全てヒロインのロリエッタに心惹かれていく。そんなゲームだった。
「私はヒロインのロリエッタよ!すごい!やった!ばんざーい!」
その日から私は今の自分と、ゲームの中のヒロインのロリエッタを比べて考えるようになった。
ゲームでは、ヒロインのロリエッタが光魔法を使える事は公表されていた。
それなのに、私が光魔法を使える事は『お母様』に秘密にするように言われている。
なぜ?!このままじゃあ、誰も私に気がつかないわ!
私はこの両親に対して不信感を抱きはじめた。
そんな時に私に近寄ってきたのがドルマンだった。彼は人の心の陰をみつける能力があるみたいだ。
「お嬢さま。貴方は光魔法が使えるんでしょう?なぜそれを隠しているんですか?」
「ドルマン、気がついていたのね。お母様が誰にも言うなって仰ったのよ」
そんな会話から始まった。
彼は私が転生者だとは知らないけれど、光魔法が使える事をしっていた。
そして、私も彼の事を知っていた。ゲームの中の登場人物だったから。彼はフェナンシル伯爵領の闇魔法の使い手の頭だった。攻略対象者のリアム・ノイズを闇に誘い込む時に登場していた。
リアムが闇堕ちしたあとは登場しなかったから、それだけしか情報はないのだけれど、それだけで十分だった。
リアム・ノイズは悪役令嬢エリザベート・ノイズの義兄で、フェナンシル伯爵家の跡取りだ。そして攻略対象者。彼はドルマンによってすでに闇堕ちしているはずだ。
けれど、私がそれを知っている事は誰にも言ってはいけない。ゲームの内容は私だけの秘密の情報源なのだから。
本来ならフェナンシル伯爵領にいるはずのドルマンが、なぜか、トリエール家の庭師として、私の前に現れた。
過去の記憶を取り戻して数日後に、体力の回復もかねて、心配する両親と一緒に庭を散歩している時に、偶然ドルマンに出会ったのだ。
「ドルマン、私達の娘のロリエッタを紹介するわ。ロリエッタ、彼は我が家の庭師のドルマンよ」
私は彼が『あの』ドルマンだとすぐにわかった。
(フェナンシル伯爵領の闇魔法の使い手がどうして?)
そう思ったけれど、さすがに聞けない。転生者の私が、ロリエッタとして生まれているくらいだから、少しくらい違ってもいいのかも知れない。
全ての攻略対象者を攻略したら、狙うのはやはり王妃の座だ。最終的にはウィリアム王太子殿下のルートに入って、エリザベート・ノイズとの婚約を破棄させる。
彼女が国外追放されて命を落とした後で、私の聖女の力でドリミア王国の闇を浄化すればいいのだ。
その後でドルマンを捕えればいいわ。
それまでは、この怪しげな男と上手くやっていこう。
それからは庭に散歩に出る度に彼と出会うようになった。挨拶程度の会話から始まり、徐々に世間話をするようになり、遂には光魔法や闇魔法についての話まで、するようになっていった。
「お嬢は魅了魔法は使えるか?」
いつの間にかドルマンは、使用人とは思えないような口調で話すようになっていた。こっちが彼の本来の口調なのだろう。
「魅了魔法?聞いたことはあるわ」
「お嬢ならすぐに使えるようになるさ。教えてやろうか?」
ドルマンはニヤリと笑いながら言った。私が断るとは思っていないみたいに。
それからすぐに、私は魅了魔法が使えるようになった。そして、まず、トリエールの両親を魅了することに成功した。
屋敷の者達もすぐに私の信者になった。
「魅了魔法って楽しいわね」
私が言うとドルマンは笑った。
「お嬢、まだまだこれからだ」
そうして王都学園の入学式の日を迎えた。
私は名前を呼ばれてコートを脱いだ時からずっと、魅了魔法を発動させていた。
でも・・あれ?これってゲームと同じ展開だわ?でも・・どうして?
ゲームの中のロリエッタも魅了魔法を使っていたと言うことだ。そんな説明はどこにもなかったのに。
しかし違った事があった。生徒会長のアルベールが私に魅了されるのに時間がかかったのだ。
彼は私を全校生徒に紹介してくれなかったのだ。そしてA組の指定席に戻るように言ったのだ。
けれど、壇上から私の手をとり、階段を降りるのもエスコートしてくれた。黒い瞳が私を優しく見ていた。魅了にかからなかったわけではいようだ。ゲームと違っているだけで。
私はドルマンにそそのかされて、魅了魔法を使っていると見せかけている。ドルマンを油断させる為に。
それに私も魅了魔法を気に入っている。人々が私をウットリと見るようになる様子が堪らないのだ。私はヒロインよ。そう思えて安心できるから。
聖女の光魔法で人々を魅了するのと、魅了魔法で人を虜にするのと、何が違うというのだろう。どちらにしても、人々が私を崇めていくことに変わりないのに。
ドルマンは私が知らない情報を沢山持っている。特に詳しいのが私が5歳になるまでの出来事だった。
私とエリザベートは同じ歳。彼女は5歳の時にウィリアム王太子殿下と婚約している。ゲームでは大々的に発表されていたけれど、全く発表されなかった。
ドルマンもウィリアム王太子殿下とエリザベートは婚約しているはずだと言っている。やっぱりゲームの情報どおりだ。
彼は2人が婚約したあとの情報をなぜか知らないらしい。それは彼の問題で私とは関係ないから良しとしよう。
(ドルマンには1度めの記憶があった。自分が2度めの人生を送っているとは気づかずに、今の記憶と混ざってしまっているのだ。
彼はエリザとウィリアム殿下が婚約した直後に、マーガレットを殺害して、その後すぐに、アフレイドと魔法騎士団に捕えられ処刑されているが、彼はそれを覚えてはいない。
エリザとウィリアム殿下が婚約した頃から記憶があやふやになっているのだ)
色々と少しずつゲームとは違うけれど、最後に私が光魔法を使えば、全てがゲーム通りにもどるに違いない。
だって私はヒロイン。ロリエッタ・トリエールなのだから
王都学園に入学して、ウィリアム殿下やエドモンド・ブラウンにも出会った。彼らはまだ自分が私に恋をしている事に気がついていないようだ。
あのゲームの中でも、なかなか本心を現さなかった2人だから仕方ないわ。彼らが自分の気持ちに気づくまで、待ってあげるわ。しょうがないわね。
そんな事を考えていたら嫌な噂が聞こえてきた。
「最近、エリザベート様とアメリア様が、生徒会長のアルベール様のお手伝いをされているらしいわ」
「放課後に生徒会の会長室に通われているんですって」
「ワガママな令嬢と噂で聞いていたけど、良いところもあるのね」
なぜ?
なぜ?
なぜ?
他の生徒や先生はゲーム通りなのに、肝心の攻略対象者達が『まだ』私になびかない。
これは、1度どこかで、光魔法をお披露目するしかないわね。
生徒会長の部屋の様子を見に行こう。ドルマンも今の王都学園の情報が欲しいらしく、姿を消して付いてきてくれた。
会長室の前で見ていると、先にアメリアが出てきた。すぐに瞬間移動を使って消えていった。部屋に帰ったのだろう。
エリザベートはなかなか出てこなかった。
そして、やっと彼女が出てきた時、私はすっかり頭に血が昇ってしまっていた。
「なんで貴方がここにいるのよ!」
私は彼女に食ってかかった。そのあと、アルベールも出てきたけれど、何もかも上手くいかない。
私はとうとう、その場でドルマンに話しかけてしまった。
「おかしいわ。こんなの可笑しすぎるわ。ドルマン、そうでしょう?」
ドルマンは先に部屋に戻って様子を見ていたようだ。そしてすぐに私の声に返事をくれた。
『お嬢、今日のところは戻っておいで。少しストーリーが変わっているようだ。さすがエリザベート・ノイズ。やってくれるねぇ。』
「アルさま、それでも貴方はもうすぐ私の虜になるのよ。フフフ、楽しみだわ」
「悪役令嬢エリザベート・ノイズ。どんな手を使ったのかは知らないけれど、ヒロインは私なのよ。ヒロインと言っても貴方には分からないでしょうけどね。では、また会いましょうね、『私のアルさま』」
私は悔し紛れにそう言って、ちょっとだけスッキリして、自分の部屋に戻って来たのだった。
必ず婚約破棄させてやるわ。
悪役令嬢エリザベート・ノイズ。
みてなさいよ。
貴方に思い知らせてあげるわ。
ヒロインは私。
ロリエッタ・トリエールなのだから。
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