愛する資格
「ドルマン!」
私はその名前を知っている。
それは、お兄様の実家のフェナンシル伯爵領に蔓延っていた黒い靄。闇魔法の使い手の頭の名前だった。
お兄様を闇に堕とし、お母様を事故に見せかけて殺害し、お父様から笑顔を奪って、私を独りぼっちにした男。
お母様の命を奪ったドルマンは、お父様が魔法騎士団の総力を上げて捜査して捕え、その場で処刑している。
処刑される直前にお父様の悲しみを捉え、闇に落としてから死んでいったのだ。
時間は巻き戻った。だからドルマンも生きているんだわ。
でも今回は、お父様と魔法騎士団がレティシア様と一緒に、フェナンシル伯爵領に蔓延る輩を一掃したと聞いている。
それなのに、どうしてあの男がここに?
「エリザ?」
自分の思考の中に入ってしまっていた私は、アルの声でもどってきた。
「あの令嬢のターゲットは僕のようだ。何か底の知れない不気味さが残っているね。
それにあの声の男も・・
僕らが手に負えるような奴ではなさそうだ。
あの声を聞いて顔色が変わったね?心当たりがあるの?」
私は返事をせずにアルを黙って見つめた。
そして、ゆっくりと頷いた。
言葉が出なかった。
その時、先ほどロリエッタが居た場所に旋風が起こって、魔法騎士団の制服を着たお兄様が現れた。
「リアム先輩!」
「お兄様!」
「僕の張っている結界内に、強い闇魔法の気配がしたから来てみたら。いったい何があったんだい?」
お兄様は私に近づいて来た。
「もう大丈夫だ、エリザ。僕が来たからね」
その言葉を聞いた途端に力が抜けた。
「お兄様・・」
私が近づこうと歩み出したその時、大きな身体に包み込まれた。一瞬の出来事だった。そして少し身体を離して顔を覗き込こまれた。
「顔色が良くないね。詳しくはアルベールに聞くから、エリザは寮の部屋に戻って、ゆっくり休んだらいいよ」
「お兄様」
「お前を守る為に来たんだ。心配しなくてもいい」
コバルトブルーの瞳が優しい。
「ありがとうございます」
お兄様が頷いた。
「今日はありがとう、エリザ。また明日」
アルが言った。
「ええ、また明日。それでは、お兄様、アル、私はこれで失礼致しますわ」
『自分の部屋に移動』
私は寮の自分の部屋に戻ってきた。
アメリアが帰りが遅い私のために、食堂の夕飯を持ち帰ってくれていたので、それを頂いてから入浴して、すぐに寝てしまった。
その頃、男子寮のアルベールの部屋には、リアムがいた。
「エリザと仲良くなったんだね、アルベール」
アルベールは黙ってリアムを見た。
「君は僕と良く似ている。聡い、君の事だ。気がついているだろうけれど、僕はエリザを愛している。君もあの子に惹かれているのだろ?」
アルベールは一瞬、驚いた表情をしたけれど、すぐに頷いた。
「はい。つい先程それに気がつきました。けれど僕にはその資格がない」
「資格か・・そうだね。それなら僕は彼女の前に立つ資格すらないかも知れないな」
リアムはそう言って苦笑した。
アルベールは真剣な表情で聞いている。
「どうして資格がないと思うの?」
「夢を見たんです。まるで過去に本当にあったような鮮明な夢でした。
その夢の中で僕はエリザに火魔法で攻撃をしていた。
彼女が大怪我をして倒れるまで。気を失うまで容赦なく・・
他の女性の言葉を信じきって、夢の中の僕は彼女を憎んでいました。
ただの夢とは思えない。あまりにも明確すぎた。
リアム先輩、貴方は何かご存じですか?僕の話している事がわかりますか?」
「分かるよアルベール。良く分かる。君の見た夢は夢じゃない。本当にあった事だよ」
「・・・。そんな気がしていました」
「そして、僕は君がした事を知っている。その場所に居たからね」
「!」
「その時は僕も聖女ロリエッタに心酔していたんだ」
「!」
「兄でありながらあの子を独りにして、自分の事しか考えていなかったんだ。
あの子を国外に追放するように陛下に進言したのは父上で、その時、父上の隣にいたのが僕なんだよ。アルベール。
翌日、エリザは賊によって命を落とす。そのギリギリのところで聖女レティシア様が彼女を救った。その時、時間が戻ったんだよ。僕らが生まれる前まで」
「そうだったんですね」
「レティシア様のおかげで、僕も時間が戻る前のことを思い出した。僕は最低な兄なんだよ。
だから、僕はキミ以上にエリザを愛する資格なんてないんだよ」
「リアム先輩」
「時が戻る前のノイズ公爵家は、僕のせいで崩壊していたんだ。
その中で、必死に精一杯に僕や父上に愛情を求めてきたあの子に、僕らは振り向きもしなかったんだ。
だから、僕は、エリザには誰よりも幸せになって欲しいんだよ」
「リアム先輩」
「アルベール、あの子には前回の記憶があるんだよ」
「!」
「前回と同じにならないように、必死に生きているんだ。
僕はエリザに救われた。あの子はノイズ公爵家の崩壊を救ったんだ。
アルベール、もしかしたら彼女はキミのことも、どこかで救っているのかも知れないね」
「そうかも知れません」
「僕はあの子を愛しているけれど、あの子が誰を選ぶかは自由なんだよ。
あの子が愛する者も含めて、僕はあの子を愛そうと思っているんだ」
「リアム先輩」
「僕が心の内を話すのは初めてだよ。僕もエリザと同じように、キミをアルと呼んでも構わないかな?」
「教えて頂きありがとうございます。
もちろん構いませんよ。けれど僕は今まで通りに、リアム先輩と呼ばせて頂きます。貴方は僕の尊敬する人だから」
「ありがとう、アル」
アルは尊敬するリアムの話を聞き、自分がエリザに惹かれてもいいんだと安心した。
そして、自分も彼と同じように、彼女を見守っていきたいと思ったのだった。
「エリザの話をしていて本題が遅くなったね。僕が来るまでの事を聞かせてもらえるかな。アル」
アルベールの話を聞いてリアムは考え込んでいた。
あの気配は良く知っている。実家のフェナンシル伯爵領に蔓延っていた奴らと同じ。
そして、ノイズ公爵家にエリザが生まれた頃から、僕に近寄ってきて離れなかった奴らと同じ気配だった。
『ドルマン!』あの時、父上があの男を処刑するのを僕は見ていた。
そうか、時間が戻った今、あの男も蘇っているのか。
それと、ロリエッタ・トリエール。記憶の中の彼女と今の彼女は何処かが違っている。
おかしい。彼女にも何かあったのだろうか?
闇に堕ちた僕を聖女の光で癒してくれた前回のロリエッタ。父上も彼女の癒しの力によって闇から救われている。
あの時、この世界に蔓延っていた闇の気配は、レティシア様の力で浄化されていたけれど、ドリミア王国に現れた多くの瘴気を浄化したのは聖女ロリエッタだった。
そうだ!もうすぐ瘴気が現れる。
ドルマンと繋がっている彼女は、瘴気を浄化しようとするだろうか?
瘴気を浄化して人々を守ろうとするだろうか?
それとも、闇の使い手と手を組んで、この世界に、異世界からの瘴気を招き入れるつもりでいるのだろうか?
「リアム先輩!」
アルベールの声で我に返った。
「やはりエリザの兄上ですね。考え事を始めたら、なかなか戻ってこないところが、良く似ています」
そう言って笑う彼もまた、同じタイプの思考の持ち主なのを、指摘する者はいない。
「明日、レティシア様に相談に行こうと思う。アル、君も一緒に来てもらえないだろうか」
「わかりました」
「ありがとう。父上とレティシア様には僕から連絡しておく。エリザも一緒に行った方が良いかどうかも、レティシア様に伺っておくよ」
リアムが帰ったあと今日の出来事を振り返っていた。
(リアム先輩、やはり貴方には敵わないですよ)
アルベールは、どこかスッキリした表情をしていた。
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