アメリアの驚き
私の名前はアメリア・グレイシャス。グレイシャス侯爵家の一人娘だ。つい最近、ウィリアム殿下の側近のエドモンド・ブラウンと婚約した。
5年ぐらい前に、家の事情で2年ほど、王都から離れた辺境地にあるグレイシャス侯爵領で過ごしていた。
公には、母の病気療養という事になっていたが実は違う。
父が愛人をつくって王都の屋敷の別棟に住まわせたので、母が離縁を申し出ていたのだ。
もともと、グレイシャス侯爵家は母の実家で、父は母と結婚する事によってグレイシャス侯爵になった人だった。
だから、母は実家であるグレイシャス侯爵領の屋敷に、私を連れて戻っていたのだ。
湯水のごとくお金を使う父の愛人に、これ以上グレイシャス侯爵家のお金が流れないように、グレイシャス侯爵家の当主を父から娘の私に移す手続きをするのに、2年の年月が必要だったのだ。
屋敷の執事を始め重鎮達の多くが、母の幼少の頃から知っている者だった。優秀な侯爵家の家臣達のおかげで、侯爵領の当主は無事に父から私へと変わった。
生まれた時から侯爵領で育ってきた母が本気で動いたら、父に負けるはずはなかった。
愛人の事が理由での離縁はしない。当主の座を追われても、自分を王都の屋敷から追い出さない。この2点を条件に、父は当主の座を娘の私に譲るという文面にサインしたのだった。
魔法契約を伴うサインでこれを破ると命を失う。これで、王都の屋敷にある資産以外は愛人に流れる事はなくなった。
お金が思うように使えなくなった頃、その愛人は屋敷を出て行った。
父と諍い(いさかい)があったのだろう。
母と私は王都の屋敷に戻ってきて、そして、私はその後、ドリミア学園に入学したのだった。
グレイシャス侯爵領を守る為に、家柄が釣り合う人物との縁談があり、真剣に考えなければならなかった。
そんな時に、偶然、王家からの用で我が家を訪れていたエドモンドに縁談の事が知れてしまったのだ。
その後、お互いを想う気持ちに気が付き、心ときめく時を一緒に過ごした。エドは自分の実家を弟に任せて、グレイシャス家に入ってくれるという条件を、軽く了解してくれたのだった。
家の事情もあり、野次馬に色々と詮索されるのが嫌だったので、私とエドが正式に婚約した事は、公にはしていなかった。
そして、婚約に至るまでの詳しい経緯は、誰にも言っていない。エドは立場上、ウィリ様には言っていると思うけれど。私はエリザにもまだ言っていなかった。
ノイズ公爵やリアム様は、我が家の事情を知っていらっしゃるはずだけれど。
(エリザには落ち着いたら話そう。)
そう思っていた。
そんな私にピンクブロンドのあの女生徒が話かけてきたのだ。
「アメリア・グレイシャス様、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう。ごめんなさいね、お名前を存知あげなくて」
「ロリエッタ・トリエールって言います。私、貴方に憧れていて・・。ぜひお友達になって下さい」
可愛らしい笑顔だった。
エドはこの子に腹を立てていたわね。
少し様子を見てみよう。
「誰かと間違われているのでは?私は人に憧れられる覚えはありませんわ」
私はそう返事をした。
すると、彼女は思いもしない事を口にしたのだ。
「私、エリザベート・ノイズ様が、他のクラスメイトに貴方の事を話しているのを聞いて、すっかり貴方のファンになってしまったんです」
「エリザが?」
私の知っている彼女は、集まってきたクラスメイトに穏やかに微笑むだけで、心を許している人以外には個人的な話はしない。
孤高の華のような気高さを持った人物だ。
あの子がクラスメイトに私の話を?
「アメリア様はお父様のスキャンダルにも負けずに、グレイシャス侯爵家の当主となった、素晴らしい女性だと話しておられましたわ。
それを聞いて、私、すごい!女性の当主だなんて!って憧れちゃったんです」
「!」
エリザは私がグレイシャス家の当主になった事を知らない。この人は何の目的で私に近寄って来たのだろう?
世間にも公表していないこの事実を、どうして男爵令嬢の彼女が知っているのだろう?
私は話を合わせてみた。
「エリザが私の家の事情を他の人に話していたと言うの?」
すると、ピンクブロンドの女生徒はとても驚いたような、困ったような表情をして、
「あ!私ったら、どうしよう。エリザベート様が話していたから、秘密だと気がつかなかったの。
ごめんなさい。私、とっても感動したものだから。
エリザベート様もきっと悪気はなかったと思いますわ。
でも、どうしよう?私のせいで、エリザベート様とアメリア様の友情にヒビが入ってしまったら・・」
私とエリザが仲違いするのは、彼女の中では決まっているようだ。
本当に申し訳なさそうに謝りながら、私の瞳の中をさぐるように覗き込む。そして話を続けた。
「エリザベート様ってノイズ公爵に溺愛されて育ったから、とっても傲慢でワガママな方だと皆さま噂しておられますわ。
女性でありながら、侯爵家の当主になられるようなアメリア様が、どうしてエリザベート様と仲良くしているのか、私、不思議でたまりませんわ」
彼女の狙いは、私とエリザの友情を壊す事のようだ。エドが腹を立てた気持ちがわかる。なんて姑息なやり方なの!
「ロリエッタ・トリエール様って仰ったかしら?貴方が言ってる事の意味が良くわからないわ。
我が家にスキャンダルはありません。何を根拠にそんな噂を?もし、これ以上、変な話を広めるようなら父に話して、貴方とトリエール男爵家を訴えるわ。よろしくって?」
「エッ?」
ピンクブロンドの髪の女生徒ロリエッタは、驚いた顔をした。
「私じゃなくてエリザベート様が言っておられたのよ?」
口調が急に馴れ馴れしくなった。
私は彼女が言ってる事には答えず続けた。
「私の父のスキャンダルについて、貴方のお父様のトリエール男爵が、どうおっしゃるか聞いてみたいわ。」
「エッ?父には関係ないことだわ!」
養父の名前を出されたからか、少し狼狽た感じで、ロリエッタは言った。
「私の友人のエリザベート・ノイズは、友人をとても大切にされる方なの。初めて会った貴方に、その友人を悪く言われるのは嫌だわ。もう、お引き取りになって下さらない?」
私とエリザの友情を壊そうと目論んでいたそのピンクブロンドの髪の女生徒は、信じられないという顔をして、現れた時の可愛らしさは何処へやら。般若のような表情を一瞬見せた後で、取り繕った笑顔で教室を出て行った。
入学式の日に水晶玉の輝きを見て、彼女を我が国の聖女になる人かと思った自分に、腹が立った。
(アメリア、貴方も見る目がないわね。まだまだね。)
1人で苦笑しながら、エリザが待っている次の教室に向かったのだった。
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