婚約回避
「あの5歳の誕生パーティーの夜を境に、お変わりになられましたね。エリザ様。」
ヒルダはお母さまと一緒にこの家にやって来た侍女だ。私の乳母で筆頭侍女でもある。
「気を失われた時に、長い夢を見たと言っておられましたが、その時、何か神託を受けられたのではありませんか?
幼い頃からお嬢様をお育てした、私が驚くほどのお変わりよう。
エリザ様は、あの聖女レティシア様のお血筋でいらっしゃいます。
神からのお告げがあっても、何の不思議もございません。」
彼女は、隣国の聖女である、お祖母さまの崇拝者なのだ。お祖父さまが亡くなって、叔父さまがアミルダ国王になられてからは、お祖母さまは神殿で過ごされている、と聞いている。
「神さまは出て来なかったわ、ヒルダ。
夢の中で私はウィリさまの婚約者だったの。でもある日、真実の愛を見つけたから・・と言って、婚約を破棄されてしまうの。そして私は身に覚えのない罪で、国外に追放されてしまうのよ。恐い夢だったわ。」
「それ!それでございます!エリザさま!
それはきっと、婚約をしてはいけないとの、神様からのお告げでございます。お母様に、マーガレット様にお話しなさいませ。」
それもいいかも知れない。
お母さまに話したら、翌日には、お父さまと一緒に、お城で陛下と謁見する事になった。
「エリザベート嬢、不思議な夢を見たと聞いた。どのような内容かここで話す事は出来るだろうか?」
お父さまが私をみて頷いた。
私は陛下や妃殿下、ウィリさまを前にして、夢の中でウィリさまと婚約していた事と婚約破棄された事を話した。
(本当は夢ではなく前世でハマったゲームの内容なのだけれど。)
国外に追放された事は、お父さまが言わない方が良いと仰ったので言わなかった。
「よく話してくれた。エリザベート嬢。
私は息子ウィリアムが、そんなに冷酷な事をするはずがないと信じているが。夢では文句のいいようがないな。」
「それでも困ったことに、エリザベート嬢は隣国の聖女レティシア様の孫娘。光魔法も少し使えると聞いている。夢が神託でないと誰が言えようか。」
「アフレイド、私も妃も、ウィリアムの婚約者はエリザベート嬢の他は考えられないと思っていたのだよ。」
「婚約を先に伸ばしたのも、まだまだ可愛い我が子を、誰にも渡したくない其方の気持ちを汲んだからだった。」
「だがエリザベート嬢の夢の話が、神託の可能性がある限り、軽く考える事は出来ぬ。」
「アフレイド、エリザベート嬢、誠に残念だが、息子ウィリアムとの婚約の話はなかった事にして欲しい。すまぬ。」
国王陛下に頭を下げさせてしまった。
「承知致しました。陛下。」
家臣の礼をとったお父様。
ああ、これで本当に婚約がなくなる。
未来の婚約破棄はなくなるのだ!
いつの間にか私は涙を流していた。
「エリザ!」
ウィリさまが私のところまで来て、手を握った。
「大きくなっても僕はエリザにひどい事は絶対にしないよ。神様はいじわるだ。 僕はエリザが大好きなのに。だから泣かないで。」
ありがとうございます。
泣いているのは嬉し泣きです。
ごめんなさい。
5歳のウィリさま。
私も大好きです。
「ウィリさま、早く、真実の愛の人に会えるといいですね。」
「そんなの関係ないよ。エリザ。これからも今まで通りだからね。」
私は頷いた。
今まで通りではないけど、子供の私達には関係ない。
「エリザちゃん、貴方はこれからも私の小さな友人よ。」
王妃様も優しく話しかけて下った。
私の夢の話と神託かも・・の事はトップシークレット。ここだけの秘密。
公にはされないらしい。
そして、ウィリさまの婚約者の最有力候補という私の立場も、そのまま継続する事になった。
『王都学園の卒業パーティーで、真実の愛を見つけたから・・と言って、婚約破棄される夢を見た。』と私が話したので、色々な混乱を避けるために、ウィリさまの正式な婚約者の発表は、学園の卒業パーティーで行う事が極秘決定した。これで王家も、両陛下のお眼鏡に叶いウィリさまとお似合いな令嬢を、ゆっくりと探すことが出来る。
それまでは、私が最有力候補のままでいても気にならないわ。
私が誰かとお付き合いしたいと申し出れば、自由にして下さる約束をして頂いたから。
お父さまも承知された。
「エリザ、何も変わらないね。」
「うん。カモフラージュだけどね。」
カモフラージュなら大丈夫。
23歳の中身でいるつもりが、精神年齢はやっぱり5歳児なのかしら?
「カモフラージュ」
まるで心が軽くなる魔法の言葉みたいだわ。
迎えの馬車から降りた私は、屋敷に到着するとすぐに、お兄さまの部屋を目指して走った。
ダークブロンドの髪は上で1つに括られ、一歩進むたびにユラユラと揺れる。
真っ赤なドレスの裾を片手で手繰り寄せながら、息を切らす。
胸のあたりはゴールドのレース地。赤い布と切り替わった箇所には真っ赤な花が使っていて、同じゴールドのレースがドレスの中央から裾にかけて、赤い布と交差するように使われている。
靴の薄めのシルバーが上品さを引きたてる。
今日のお城訪問のための、お気に入りのドレスを着たまま、目的の部屋をノックする。
ドアが開いて中からメイドのアイラが出てきた。
「アイラ、お兄さまはいらっしゃる?」
「はい、いらっしゃいますよ。」
「良かった」
「お兄さま!」
部屋の中に飛び込む。
趣味の良いモスグリーンが基調のアンティークなソファー。
その向こうに立っている銀髪の少年。
「そんなに焦ってどうしたの?エリザ。」
「お兄さまに言わなくちゃあと思って。
あのね、あのね。あのね、お兄さま。」
「エリザ、深呼吸して。」
言われたとおりに深呼吸をした。
アイラはそっと部屋から出て行った。
早く早くと思って走って来たけれど、いざ話すとなると、言葉に詰まってしまう。
お兄さまの前では、5歳のエリザベートに戻ってしまう。
「エリザ、大丈夫?」
私は何も言えないまま、お兄さまに抱きついて泣いてしまった。
「お兄さま」
「あのね、あのね、お兄さま、ウィリさまと婚約するのはナシになったの。ナシになったの。
だからね、だからね、お兄さま、何処にも行かないで!!」
抱きつかれた身体が少し硬直した。
「エリザ・・どうして・・?」
両肩に手をおいて、コバルトブルーの瞳が見つめてくる。
私もその瞳を見つめ返す。
綺麗な瞳の奥に驚きを感じる。
「お兄さま、ウィリさまと私が婚約したら、お兄さまが家を出て行ってしまう夢を見たの。」
「婚約はナシよ。だから、出ていかないで。この家にはお兄さまが必要なの。お母さまが死んじゃうわ。悲しんで、悲しんで死んでしまうわ。」
私は必死で訴えた。
これも神託扱いにしてしまおう。
(お母様は悲しんで死んでしまうのではなくて、お兄さまの足跡をたどって、追いかけて行く先で、事故に遭って亡くなってしまうのだ。)
しばらく黙って私を見つめていたコバルトブルーの瞳。8歳にしては少し大人びた印象を与えるのは、その利発そうな瞳のせい?その瞳とよく似合う銀色の髪のせい?
少し困ったような表情の後ろに揺れる、悲しそうな影のせい?
とうとう、諦めたような顔をしたお兄さまが口を開いた。
「エリザ・・
お前には負けたよ。
僕はどこにもいかないよ。
こんなに必死な可愛い妹を置いて、出ていけないよ。」
「約束して下さる?」
「約束するよ」
「良かった~!」
良かった、良かった。良かった。
涙が止まらない。
私はお兄さまを精一杯抱きしめた。そして、お兄さまの両手を包んで癒しの光魔法を使った。
お兄さまの 心が 身体が 癒されますよーにと願いながら。
「まるで闇から抜け出したみたいだ。
こんなに幸せな気分は久しぶりかな。
エリザ、ありがとう。」
お兄さまの後ろに見えていた、黒い影が消えていた。
私の小さな光魔法も役にたったようだ。
お兄さまの家出を阻止できた。
だからきっと、お母さまも無事のはず。
どうかどうか。
お兄さまの闇が無くなりますように。
お母さまが助かりますように。
お父さまの温かさが無くなりませんように。
そして、この幸せがいつまでも続きますように。
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