緑の精霊ミールの祝福と花のアーチ
入学式の翌日、エリザ達は寮生活のルールや、学園の生活魔法についての説明を聞いた。
この学園の『生活魔法』は驚くほど便利にできている。
今朝も、寮の自室からエントランス・ホールまで、アッという間に来ることが出来た。それだけでも便利で有難いのに、まだまだ、私たちが知らない仕掛けが有るというのだ。
エリザはいつものメンバー(ウィリ様、エド、アメリア)と一緒に、この説明会に参加していた。
『アッ!』
思わず声を上げそうになる。
ロリエッタとウィリアム殿下の出会いのイベントは、入学式の翌日。寮生活のルールの説明会が始まる前だった。
ウィリ様はもう彼女と出会っている!
少し早めに学園に着いたウィリアム殿下が、裏庭のベンチに腰掛けてゆっくり寛いでいる所に、学園内で道に迷ってしまったロリエッタが現れるのだ。
説明会の場所を探しているのだけれど、たどり着かないと言うその女生徒に、道を尋ねられる。
おそらく彼が王太子だと知らないのだろう。その女生徒の人懐っこい話し方に驚きながらも、ウィリアムは久しぶりに声を上げて笑う。
側近のエドモンド・ブラウンは近くにはいなかった。これがウィリアム殿下とロリエッタの出会いだ。
寮の生活ルールの説明のあと、生徒達は解散になった。4人はゆっくり話せそうなベンチを見つけて、腰を下ろした。エリザは先ほどから何も話さなくなっていた。
彼女は彼らの話を聞いていなかった。
滅多にない事のだが、こうなった時の彼女には、何を話しかけてもダメなのだ。長い付き合いの中で3人にはわかっていた。
「どうしたものだろうね」
ウィリ様がエリザをチラリと見ながら、2人に言った。
「何か思いあたる事はない?」
アメリアが言う。
「さっきまで、あんなに元気だったじゃないか。何があったんだ?」
エドが心配して言った。その時だった。
爽やかな風が4人の肌に優しく触れた。そして彼らが座っているベンチに木陰を作っている、学園自慢の古木の枝が、サワサワと音を立てて揺れた。優しい木漏れ日がエリザに降り注ぐ。
その古木の青々とした枝に座って、緑の精霊ミールがエリザを見ていた。
エリザは何気なく古木を見上げ、ハッとしたような表情をした。
『エリザ、気がついたね。もう大丈夫だね。皆んな心配しているよ』
『ミール・・ありがとう・・』
エリザは視線を下ろして前をみた。
「ごめんなさい。少し考え込んでいて話を聞いていなかったわ」
3人は安堵の表情を浮かべた。
「やっと戻ってきたね、エリザ」
「何かあったの?真剣な顔をしていたわ」
「今日のエリザには『元気の補充が必要』だな。何があったのかは知らないけれど、コレを飲んで元気をだせよ」
そう言ってエドは、何もなかった手の中に、冷たい水のはいったグラスを出してエリザに渡した。
「ありがとうエド」
少し驚いたあと、エリザは笑ってそれを受け取った。
「まあ!エド!魔法で飲み物を出せるようになったのね?でも・・それって・・ただのお水に見えるわ?」
「元気の補充には『友達が魔法で出した水』が効くんだよ、アメリア。はい、これは君に。飲み干せばグラスも消えるからね」
そう言って、次に出てきたグラスをアメリアに差し出した。
「僕にも一杯お願いできるかい?」
「勿論ですよ、殿下」
「美味しいお水だったわ、エド。元気の補充ありがとう」
そう言ったエリザのヴァイオレットの瞳から涙がこぼれた。
「エリザ・・」
アメリアがエリザを抱きしめた。
古木の枝に座っていたミールが飛んできて、エリザの肩にとまった。
古木の枝の間から木漏れ日が降り注ぐ。昨夜の雨がまだ少し残っている枝々。その間から漏れる柔らかい太陽の光の中に、綺麗な虹のアーチが出来る。
虹の周りに、色とりどりの花々が舞い落ちる。それはまるで、何層にも重なった光と花のアーチのようだった。
「綺麗!」
「なんて素敵なの!」
「まるで夢のようだ。これはいったい?!」
「昔、母上に読んで頂いた絵本に出てくる、緑の精霊の花のアーチのようだ・・」
『エリザを元気にしてくれたお礼だよ』
そう言ってミールはアメリアの頬にキスをした。
『ミールの祝福を!』
ウィリ様とエドにも同じようにキスをした。
『あなた達にも祝福を!どうかそのままで・・あなた達が惑わされませんように』
花と光のアーチは薄くなり消えていった。消える前にミールは、エルザにも祝福のキスをするのを忘れなかった。
「綺麗だったわね」
「ああ、感動したよ」
「僕もだよ。精霊の祝福をもらえたような気がするよ」
「緑の精霊の花のアーチが見れたんですもの。私たちが感動している間に、キスをくれてるかも知れないわ」
先ほどミールが3人に〈精霊の祝福のキス〉をしていたのを見ていたエリザが言った。
「何があったのかは聞かないよ。いつものエリザに戻ったんだから。本当に良かった」
ウィリ様が言ってあとの2人も頷いた。
「本当に、僕と殿下にもいいことが起こって欲しいよ。今朝の嫌な思いを消してくれるぐらいの」
エドが表情を険しくして言った。
「どうしたの?何かあった?」
アメリアが聞いた。
「昨日の光属性の女生徒を覚えている?」
「!」
(それが聞きたかったのよ)
「ええ」
「今朝は早くに学園に着いたから、授業の前に噂の裏庭に行ってみたんだ。静かで美しいと聞いていたからね。よく手入れされた綺麗な庭だったよ。
殿下と僕がそこで寛いでいたら、その光属性の女生徒が走って来たんだ。
勢いよく走ってきて、そして・・殿下に抱きついたんだ」
「え?」
「え~!」
「かなり遠くから真っ直ぐに、1人で、殿下めがけて走って来たんだ。間違いないよ。
そして、まるで石に躓いたかのようにして、殿下に抱きついたんだよ。辺りに石なんてなかったのに」
「!」
「何?それ?」
「そのあと、『きゃ~!嫌ですわ!』
そう言って、まるで殿下がわざと、自分を抱きしめてきたかのような言い方をして、馴れ馴れしく話し始めたんだ」
「殿下にむかって『貴方のブロンドの髪って綺麗ね。私、普通のブロンドの髪に憧れているの。私の髪はピンクが入ってて、幼く見えちゃうでしょ?ちょっと気にしてるの。』と、なんだか自分アピールが凄すぎて引いたよ。
その上、説明会の会場が分からないから、案内して欲しいと、殿下に言っているんだ。
殿下に対してボディータッチもかなりしていたし。あまりに目に余ったから、
『君、さっきから失礼すぎるよ』
そう言ってやったんだ。
そしたら、まるで初めて僕を認識したように驚いて、
『なんで貴方がここにいるのよ?』
と言ったんだ。
失礼にもほどがあるだろ?
初めて話す相手にそんな事を言われたのは初めてだよ」
エドの気持ちはよく分かる。
「確かに変な生徒だったな。急に抱きつかれて驚き過ぎて、彼女と何を話したかもあまり覚えていないんだ。
説明会の会場への行き方は、一応、説明しておいたけどね。
それに・・・
彼女には少し不審な空気を感じたからね」
「不審な空気を感じたんですね?殿下!
どうしてすぐに教えてくれなかったのですか!
いや、どうしてすぐに、離れなかったのですか!?
いや、それより僕の方だ・・怒り過ぎていたのか・・気づけなかったとは!・・反省いたします。殿下・・」
エドが側近モードに入った。
「あの場面では仕方がないよ、エド」
ウィリ様が言った。
「抱きついて自分をアピールしてきたのですね?・・それで・・説明会の会場への行き方が分からないと言ったのですね?
それで・・ウィリ様は・・あの光属性の女生徒を・・見初められたのですか?」
「やっぱり、それを心配していたんだね?僕が彼女を見初めるわけがないじゃないか。ワーズがいるのに。そうだろう?エリザ」
「ウィリさま」
「彼女がそうなんだね?夢に出てきた人なんだね?それで何も聞こえなくなるほど、考え込んでいたんだね?」
「ウィリさま」
「でも安心して。僕に変わりはないよ」
「ウィリさま」
さっき止まったはずの涙が再び溢れる。
「そんなに変な子だったのね。光属性を持っているから、聖女様になる子かと思っていたのに」
アメリアが言った。
「そう言えば、『なぜ私を好きにならないの?』と呟いていたな。あんな行動をとっておいて、どうして好きになられると思うんだ?本当に訳が分からないよ」
エドの話を聞いて分かった事があった。
彼女、ロリエッタ・トリエール男爵令嬢は、『王国の聖女ロリエッタ』を知っている。彼女はきっと転生者だ。
やっぱりゲームはもう始まっているのだ。
破滅回避の為に、まだまだやる事はあるはず。
魅了魔法の対策なら大丈夫。
2人には、お祖母様からの加護がある。
でも油断してはダメだ。
彼女に気づかれないうちに、やるべき手は打っておこう。
もう独りぼっちは嫌だから・・
何が出来るかわからないけれど、人生を諦めたくはない。新しい明日は笑っていたいから。
こうして王都学園での生活の幕が開いたのだった。
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