溢れる涙の理由
聖女レティシア様の誕生パーティーからしばらく経ったある日、私とお祖母様(レティシア様)はサウスパール王国のサミュール王子の部屋にいた。
私達2人がレティシア様の瞬間移動でサミュール王子の部屋を訪れる事は、アンソニーと打ち合わせをして決めてあった。
部屋には兄王子のアンソニー。その側近のレオン。サミュール王子の側近。それに王妃様の姿があった。
第2王子側に知られないように、国王陛下にも知らせずに、アンソニーの母上である王妃様だけが、レティシア様に挨拶する為に部屋を訪れていたのだ。
私達は瞬間移動で、約束の時刻にサミュール王子の部屋を訪ねた。
先に私はレティシア様からか預かったブローチをアンソニーに渡している。
レティシア様は私を連れて、そのブローチのある場所に瞬間移動したのだった。
現れた私達を見て部屋に居た人々は、驚きと感嘆が混ざったような表情で迎えてくれた。
「エリザ!本当に来てくれたんだね」
「勿論よ、アンソニー。お祖母様、いえ、聖女レティシア様を紹介するわ」
「アミルダ王国のレティシアです。皆さま、先日は私の誕生パーティーにお越し下さりありがとうございました。
今日は正式な訪問ではありませんので、移動魔法を使ってやって来ました。ロザリー様、無作法をお許し下さいませ」
レティシア様はそう言って、王妃様やアンソニー達に丁寧に膝を折った。
「無作法だなんて、とんでもございません。レティシア様、本日は息子サミュールの為に・・ありがとうございます」
王妃様は涙を浮かべている。次に王妃様は私の方をみて優しく微笑まれた。
「貴方がエリザベート様ですね。今日は無理を言ってごめんなさいね」
「王妃様、お初にお目にかかります。アンソニー殿下の同級生のエリザベート・ノイズです。
サミュール様の事はアンソニー殿下からお聞きしています。大変つらい思いをされましたね。でも、もう大丈夫ですよ。
レティシア様が一緒に来て下さいましたから」
一通りの挨拶が終わったあと、私達はサミュール王子の近くまで移動した。
「!」
幼い頃に名付けた黒い靄『元気の補充が必要マーク』が、サミュール王子の全身を覆っている。これでは意識を手放すわけだ。
一緒に来て頂いて良かった。
レティシア様はサミュール王子の身体に優しく触れて、光魔法を使った。
サミュール王子の全身が光に包まれ、その中で無数の光の飛沫が弾けた。
しばらくの間、光の飛沫に覆われて見えなくなっていたサミュール王子の姿が、少しずつ見えるようになり、やがてはっきりと見えるようになった時には、光や光の飛沫と一緒に、全身を覆っていた黒い靄『元気の補充が必要マーク』も消え去っていた。
サミュール王子の左の腕にあるアームレット。それは王家に生まれた赤子に父王から贈られる王族の証だ。
彼らの身体の成長に合わせて、大きさも変わっていく。常に身体になじみ、重さも感じない優れものだ。
アンソニーの腕にも、第2王子の腕にも、それぞれのアームレットが輝いているらしい。
サミュール王子の左の腕に、聖女レティシアの加護の印(紫の薔薇のアザ)が小さく現れたのだけれど、アームレットに隠れているために誰の目にも触れる事はなかった。
「母上」
小さな声が聞こえた。
「!」
「母上」
「サミュール!」
「サミュール!」
第3王子の意識が戻った。
私の頭の中に、前世のゲームの中の出来事が浮かんだ。
卒業パーティーでロリエッタの側にいた見知らぬ人物。それがサミュール王子だったのだ。
ウィリアム殿下に婚約破棄を言い渡され、してもいないロリエッタへのイジメを責められ、打ちのめされていた彼女に、さらに追い討ちを掛けたのが彼だった。
「ロリエッタの敵は僕の敵だ。お前のことは許さない」
彼はロリエッタに心酔しきっている様子だった。そして、聖女の側にいるにも関わらず、黒い靄に覆われていた。
ゲームの中のエリザベートは、このサミュール・フランクによって命を奪われるのだ。
そして、もう一つ思い出した事がある。
ゲームの最後はサミュールによって命を奪われるが、命の灯火が消える直前に、聖女レティシアが現れたのだ。
そして、身体は助ける事が出来なかったエリザベートの魂を、遠い別の世界に飛ばしたのだ。
『癒されてきなさい。貴方は充分に頑張ったわ。新しい世界で新しい生を受けて、その傷ついた魂を癒して来なさい。さあ!貴方は自由です。お行きなさい!エリザベート!』
ヴァイオレットの輝きがエリザベートの魂を包み込む。そして、その魂は光に導かれて別の世界に向かって消えて行ったのだ。
ゲームにはそんな話はなかったわ。
ゲームはエリザベートが倒れたところで終わるのだ。
なぜ私はゲームにもなかった事を知っているのだろう?
なぜ魂が別の世界に飛ばされて行った事を知っているのだろう?
だんだんと戻ってくる記憶。
『癒されてきなさい。貴方は充分に頑張ったわ。新しい世界で新しい生を受けて、その傷ついた魂を癒して来なさい。さあ!貴方は自由です。お行きなさい!エリザベート!』
これは私の記憶だわ。ゲームの中にはなかった私の魂の記憶。私はあの時、お祖母様に助けられたのだわ。そして別の世界で別の生を受けて生きていた。
ああ・・私こそが・・あの・・婚約破棄されて独りぼっちで生きてきた、悪役にされてしまった孤独な令嬢エリザベート・ノイズだった。
涙が溢れてきた。
時間が戻っているのだ。
私はまだ生きているのだ。
お母様も生きていてお兄様も優しくて、お父様も笑っている。
そして、ゲームはまだ始まっていない。
まだ、あの聖女に誰も魅了されていない。
この青年は今、お祖母様に救われた。
あの黒い靄に支配されることは、もうないはずだ。良かった。
突然、思い出した記憶に戸惑いながら、私は泣いていた。涙が止まらない。
目の前の第3王子を見ながら、私は、次から次に溢れ出る涙を拭うことすら忘れて、泣き続けた。
そんなエリザベートを第3王子が見ていた。
自分が目覚めたことに、このような反応をされてサミュール王子は戸惑っていた。
なんて素直な人なんだろう。
ダークブロンドの髪に、健康的な輝きをもつ白い肌。
その女性と目が合った。
「サミュール様、気がつかれたのですね」
隣にいたご婦人にハンカチを差し出されて涙を拭いた後、その女性が言った。
ヴァイオレットの瞳。
なんて綺麗なんだ。
僕はその瞳に見入ってしまって、何も話すことが出来なかった。
だんだん顔が熱くなっていく。
「サミュール、この方はドリミア王国のエリザベート・ノイズ公爵令嬢。僕のクラスメイトだよ。
隣にいらっしゃる方が、アミルダ王国の聖女レティシア様。
レティシア様が聖女の力で、お前を助けて下さったんだよ」
この令嬢は兄上のクラスメイトだったのか。
聖女レティシア様とエリザベート・ノイズ公爵令嬢。僕の闇を取り除いて下さった恩人。
ゲームの中でエリザベートの命を奪った、サウスパール王国の第3王子は、今、エリザベートのヴァイオレットの瞳から流れた涙を見て、胸を熱くさせているのだった。
第1王子アンソニーと側近のレオンも、エリザの涙を見て驚いていた。
「エリザ、僕の弟の為にそんなに涙を流してくれるとは。なんて心優しい人なんだ」
「初めて会ったサミュール様のために、あんなに涙を流して・・」
いつもは飄々としているレオンの心も熱くなった。
エリザベートの涙の理由を、皆んな勘違いしている。
けれど、サミュール様が助かった事にも大きな喜びを感じているエリザは、この流れにまかせる事にしたのだった。
聖女レティシアはエリザを見ていた。
エリザもレティシアを見ていた。
「お祖母様、お祖母様」
エリザはレティシアに抱きついた。
「お祖母様」
また涙が溢れてきた。
「思い出しました」
エリザはレティシアにだけ聞こえる声で言った。
「よく戻って来たわね。よく思い出したわね。お帰りなさい、私の孫娘、可愛いエリザベート」
戻った時間は、また少しずつ進んでいる。
エリザベートの魂は癒されて、ここに帰ってきた。そして記憶を取り戻した。
あの日エリザの命を奪った彼の闇は、今日、光魔法で浄化できた。
聖女レティシアは前を見た。
まだ完全に戻り切ってはいない。
さあ、これからよ。
聖女レティシアは気持ちを引き締めて、エリザベートを抱きしめたのだった。
お気に入って頂けましたら
ブックマーク、評価お願いします。
(励みになります)




