サウスパールの王子
「先日のレティシア様の誕生パーティーは盛り上がったね。彼女の一人一人の来客への気づかいに僕は感動したよ」
サウスパール王国の王太子、アンソニー・フランクが話しかけてきた。隣にはいつものように、レオン・スタンフィールがいる。
2年前の魔法学教室での事件のあと、アンソニーはエリザに、気安く話しかけて来るようになっていた。
あの事件の日に、彼がサウスパール王国の王太子だということが、クラスメイトに知れ渡ってしまった。
表立って学校では、彼への接し方に変化はなかった。
けれど、そんな彼を女生徒達が放っておくはずがない。其々(それぞれ)の屋敷からアンソニーの元に、正式な見合い話が行ったり、お茶会のお誘いがあったり、その他にも色々と、声が掛かるようになったようだ。
彼も側近のレオンも女性の扱いには慣れているようで、当たり障りなく、上手にお断りしているようだ。
「僕の身分を知っているのに、普通のクラスメイトと同じように接してくれて嬉しく思っているよ。エリザベート嬢」
事件から数日たったある日、アンソニーがそう言って話しかけてきた。
「あら?私は普通に接してなんかいませんわ、アンソニー殿下。これでも少しは気を使っていましてよ」
「ハハハ、それは申し訳ない。けれど、せっかくクラスメイトになったんだ。僕のことはアンソニーと呼んでよ」
「僕のこともレオンでいいよ」
隣からレオン・スタンフィールも会話に入ってきた。
「それじゃあ、私もエリザで宜しくってよ」
こうして普通に話をしていても、あの事件のように、アンソニーの命を狙おうとしている輩は確かに存在する。
いつも2人はマイペースで過ごしているように見えるけれど、それも作戦なのかも知れない。
「アンソニー、弟が兄に闇魔法の使い手を差し向けるなんて!怖いわね。その怖い弟以外に兄弟はいらっしゃらないの?」
「もう1人、末の弟がいるよ」
「第3王子は、ご両親共にアンソニーと同じで、第2王子だけが違うんだ。その第2王子の母親と言うのがやっかいな方でね」
「まあ、大変そうね」
真っ直ぐにアンソニーを目掛けて飛んできた枝の事を思い出しながら、エリザはしみじみと言った。
「そうなんだよエリザ。アンソニーはずっとその第2王子の母親に命を狙われていてね。魔法学教室であの女生徒を操っていたのも、その母親の手の者なんだ」
レオンは自分が仕える主人の名前を時には呼びすてにする。
けれど、どこか飄々(ひょうひょう)としていて掴み所が無い彼に、名前を呼び捨てにされても普通に接しているアンソニーが、何故か大物に見えてくるから不思議だ。
「貴方たちって不思議ね。とてもいいコンビだわ」
「ありがとう、エリザ。君もたいがい不思議な人だけどね」
レオンが言った。
関心がなかった頃は分からなかったけれど、彼らはとても優秀だった。
学園で年に2回ある実力テストも、常に10位以内に入っている。
ちなみに私は魔法学では常に1位だけれど、総合では2位。
前世で大学まで行ってしっかり学んだ事が、そのまま記憶に残っているので助かっている。
総合1位はエドだった。魔法学では私にほんの少し及ばなかったけれど、彼は幼い頃から頑張ってきたもの。1位になるのも頷ける。
総合で、アンソニーは6位、レオンは5位だった。
アメリアは15位でウィリ様は12位だった。
皆んなそれぞれに頑張っている。
本人は知らないことだが、エリザは生まれた時に聖女レティシアに魔力の殆どを封印されている。
封印しきれなかった魔力だけで、学年1位になったのだ。このことを知っている人が学園にいたら、どんなに驚いたことだろう。
「ねえ、エリザ。君とウィリアム殿下は本当に恋人同士なの?とてもそうは見えないんだけど?」
2年生になってすぐに、レオンが聞いてきた。
(彼は本当にするどい)
「私は小さい頃からずっと、ウィリ様の最有力婚約者候補よ」
「まだ婚約していないんだろ?ウィリアム殿下なんか放っておいて、僕と付き合わない?」
本気が冗談かわからないような口調で、アンソニーも話しかけてきた。
(いきなり何を!)
前世から今世にかけて、男性からお付き合いを正式に申し込まれた事のない私は、少し焦ってしまった。
「え?」
アンソニーはさらに続けた。
「レオンが言うように君とウィリアム殿下は、僕には恋人には見えないよ」
「君に知らせるかどうか、迷っていたんだけれど、ウィリアム殿下には、愛し合っている女性がいるようだよ」
「!」
私が何も言わないので、アンソニーはさらに続けた。
「僕には護衛が数人いてね、僕にしたらほんの遊び心でね、ウィリアム殿下と君がどこでデートしているのか探るように言っていたんだ。
それでウィリアム殿下の様子を見張らせていたら・・。護衛達の報告を聞いて、僕の方が驚いてしまったよ」
「アンソニー、それって正式に訴えたら罪に問われるような事よ」
「こうして自供しているんだから、許してよ。それに、ウィリアム殿下の浮気を突き止めたんだから・・」
「!」
私は言葉を発することもせずに、ただ、ただ、アンソニーの顔を見てた。
「いつ、どこで、何を見たと言うの?」
平気を装って尋ねた。
「この前の休みの日だよ。若者に人気の小物店や新しくできたカフェでね。
髪の色も変えて目の色も目立たないように眼鏡をして、いつもと別人のようなウィリアム殿下が、ブラウンの髪の商人風の令嬢と楽しげなデートをしていたそうだよ」
ああ、何という事だろう。
よりによって、この2人に知られてしまうとは。
(ウィリ様、ワーズ!貴方たちは何をやっているの?ダメじゃないの。見つかってしまってるわ!)
それでも知らんぷりをしておこう。
「え?人違いではなくって?ウィリ様はそんな風に、私に隠れてコソコソなさる方ではないわ。その話は不愉快ですわ」
ツン!とした表情で私はその場から離れようとした。
「待って、エリザ。そうだよね、突然ウィリアム殿下が浮気しているって聞いても、信じられないよね?ゴメン!僕の配慮が足りなかったよ。謝るよ」
アンソニーが焦った表情で謝ってきた。
レオンもどこか申し訳なさそうな顔をしている。
(何?この2人。とってもいい子達じゃないの!なんだか私の方が騙しているみたいで、罪の意識を感じるわ。)
そんな事を思いながら、言葉は発せずに黙って2人を見ていた。
「ねえ、エリザ。ウィリアム殿下とは関係なく、僕は君ともう少し親しくなりたいんだ。さっき、僕と付き合って欲しいと言ったのは本心だよ。
付き合うって言う言葉に抵抗があるなら、今度、どこかに遊びに行こうよ」
「え?」
私、免疫がないんですけど。
アンソニー、貴方、押しが強すぎですわ。
半年以上まえに、そんな事があったけれど、まだ一度もアンソニー達とは遊びに行っていない間に、私達は3年生になった。
3年生になった日から、私とウィリ様は別々に登園するようになった。
この事に関しては、学園中に私達の不仲説が流れ、ウィリ様ではなくて、私の浮気説が広まっているらしい。
「最近、エリザベート様がサウスパール王国の王太子殿下と、仲良く話されているのを良く見かけますわ」
「私もお見かけした事があります」
「ええ、とっても親密なご様子でしたわ」
噂話というのは相変わらず凄い。
この噂に関しては、アンソニーは喜んでいて、
「いっそ噂どおりに付き合ってしまおうよ」
とノリノリな感じなのだ。
噂の事は、ウィリ様やエドも心配してくれている。
ワーズとのデートをアンソニーの護衛に目撃されていた事を、ウィリ様には伝えていた。
「ワーズはちゃんと商人風の令嬢に見えたんだね。上手く変装できていたもの。
僕も気合いを入れて変装したつもりだったんだけどな。アンソニーの護衛は優秀なんだね。大したものだよ
でも、これからはもっと気をつけるよ」
学園で私とウィリ様の不仲説が広がってる時期に、アミルダ王国でレティシア様の誕生パーティーがあったのだ。
レティシア様は、国王陛下(叔父様)が用意した王国からの記念の品の他に、参加した人全員に『幸運を呼ぶお守り』を下さったのだ。
ヴァイオレットの聖女様から頂いた『幸運を呼ぶお守り』は、会場内で大変な話題になった。
このお守りにはレティシア様の加護がついているので、身に付けると幸せが舞い込むと、皆さまは大喜びだった。
その『幸運を呼ぶお守り』について、もう一つ、コソコソと隠れるようにして流れていた噂話がある。
「お守りのことを人に話してはダメよ。人に話せば話すほど、効果が薄れるそうよ。誰にも分からないように、そっと身に付けている方が、より効果を発揮するんですって」
私に教えて下さったのは、パーティー会場で知り合ったご婦人だった。
グラスを持って休んでいた私の横に座ったご婦人が、とっても大切な話をする時のように、声をひそめて教えて下さったのだ。
「ねえ、聞きました?」
から始まる噂話を。
「え?何をですか?」
と返事をすると、そのご婦人はとっても嬉しそうな顔をして『幸運を呼ぶお守り』についての噂話をして下さったのだ。
同じように
「ねえ、聞きました?」
から始まる会話は、その日は何度も経験した。
「もしかしたら『幸運を呼ぶお守り』の効果についての事ですか?」
そう聞きかえすと
「しー!貴方、あまり大きな声で言ってはダメよ。そっとよ。そっと。レティシア様も粋な事をなさるわね」
そんな話でまた盛り上がるのだった。
アンソニーが感動したのは、そのお守りのことだろう。噂話の事かも知れないけれど。
「先日のレティシア様の誕生パーティーは盛り上がったね。彼女の一人一人の来客への気づかいに僕は感動したよ」
話しかけてきた彼に
「アンソニー、こっそりですわよ」
そう返事をすると
「ああ、分かっているさ」
やはり彼もまた、この噂話の信者だった。
お守りの話から、パーティーに参加出来なかったアンソニーの弟殿下の事に、話は移っていった。
「弟のサミュールが急な発熱で、パーティーに参加できなかったんだ。
だから、『あの』プレゼントも、もらえてないんだ。それが残念でね」
「『あの』プレゼント。サミュール殿下にこそ、必要だったのにね」
「母上がご自分が頂いた分をサミュールに渡していたけどね」
「サミュール?」
「そう、僕の弟で、第3王子のサミュール・フランク」
「サミュール・フランク!」
私はその名前をきいて叫んでしまいそうだった。ああ!思い出した!忘れていた2人の内の1人。攻略対象者のサミュール・フランク。
「第3王子はサミュール・フランクと仰るのね?」
私は平静を装って言葉を発した。
「エリザ、サミュールを知っているの?サミュールの名前を聞いて驚いていたけど」
アンソニーが不思議そうに聞いてきた。
「いいえ、何処かで聞いた事のあるお名前と似ていたから驚いただけよ」
彼に会わなければ。
助けてあげなくては。
私はその事で頭がいっぱいで、
後の彼らとの話はあまり覚えていない。
サミュール・フランク。
待っていて
すぐに行くから。
「大丈夫、まだ間に合うわ」
ゲームの中で見たサミュール・フランクの、闇に覆われてしまった姿を思い出しながら、呟くエリザベートだった。
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