残念な令嬢
お父様が陛下に上手く話して下さったので、私とウィリ様がすぐに婚約する事はなくなった。良かった。
これで兄さまの家出が防げれば、お母さまは助かる。
ウィリ様の婚約者候補が何人もいる中で、私が最有力候補らしい。
ウィリ様は面白くて可愛い。
私はちょっとダメダメで優しいウィリ様が大好きだ。
前世の記憶を思い出す前は、ウィリ様の最有力婚約者候補という言葉にルンルンしていた。
けれど、ウィリ様がいつか真実の愛とやらに走るとわかって、自分が婚約破棄されると分かって、ガッカリしてしまったのだ。婚約はこちらからお断りです。
宰相のセザール・ノルマン侯爵が、自分の娘を婚約者の最有力候補にしたくて画策している。こんな噂が流れている。
お城の庭でウィリ様と遊んでいる時に見かける、あの残念な令嬢。彼女がノルマン侯爵家のマルティナ様らしい。
彼女はいつも1人でジーッと私とウィリさまを見ている変な人なのだ。
いつも見ていらっしゃるので、仲間に入れてあげようと思って声をお掛けしても、返事もせずにプイッと何処かに行ってしまう。あまり感じの良くない人なのだ。
それにあの方は、ウィリさまが近くを通った時に、よくハンカチを落とす。
髪飾りや小さなオルゴールを落としていた事もある。色々と物を落としすぎる。
そして自分が落とした物を自分で拾おうとせずに、ジッと待っているのだ。
何を?
ウィリ様がその落とし物に気が付いて、拾ってくれるのを・・です。
『「お嬢さん、落とし物ですよ。」
「あら、ありがとうございます。」
2人は一目で恋に落ちる。
「お嬢さん、もし良かったらお名前をお聞かせ下さい。」
「私はマルティナ・ノルマンです。」
「マルティナ、なんて可愛らしい方なんだ。僕の婚約者になってもらえないだろうか?」
「ええ、喜んで。ウィリアム殿下!」』
みたいな物語を夢みているのかしら?
本当に変な奴、変な令嬢だわ。
呑気なウィリ様よりも、私の方が落とし物などに気がつくのが早い。だから、何度かハンカチを拾って差し上げたのだけれど。
いつもとっても嫌そうに、小さな低い声で
「どうも・・」と、
歯切れの悪い、お礼を言っているのかどうかも分からない声で言われるだけなのだ。
本当に感じが悪い。
だから、いつの間にか私は彼女の落とし物を無視するようになった。
私が拾わなかったら、あとから気付いたウィリ様が拾って手に持つ。
すると彼女の表情がパッと明るくなって、ウィリ様の所に走って行くのだ。
「そのハンカチを探していたんです。拾って下さったのですね。」
先日はそんな事を言っていた。
前もその前も、同じような事を言っていたように思う。
ジッと待っていたくせに、良くまあ、そんな言葉が出てくるものだと、私は感心して聞いていた。
先ほどの夢物語を期待しているのが見え透いている。
本当に残念な令嬢だ。
何回も何回も彼女の落とし物を拾っていて、いつも、いつも、同じように感謝されているのに、呑気なウィリさまは、きっと何も気がついていない。
だからいつも、まるで初めてお会いするような感じで拾ってあげているのだ。
きっと彼女の顔も見ていないのだろう。
だから、ちょっと可愛そう。
あんなに下手なアプローチをするくらいなら、きちんと話しかければいいのに。
お父様と一緒にお城に行ったある日、ウィリさまと風魔法で遊んでいたら、
彼女がまたそっと私たちに近づいてきて、いつもの様にジッと見ていらっしゃる。
相変わらず、変な奴。いや、変な令嬢だ。
声をかけても、またプイッだろうと思って、好きなだけ見て頂くことにしていた。
話しかけてこない方には、興味はない。
こちらも、せっかく遊んでいるのですもの。
ちょっと強めの風で自分の靴を少し遠くまで飛ばして、ウィリさまに
「すごいよ。エリザ!」
と言われ得意になっていた私は、気持ちが良かったので、風魔法を使わずに自分で取りに行って、靴をきちんと履いて振り返った。そして、その時に見てしまったのだ。
先ほどまで私がいた場所に走った彼女が、ウィリ様をチラリと見たあと、ご自分のハンカチをサラリと手から離した瞬間を。
ハンカチは見事にウィリ様の目の前にヒラリと落ちた。
ウィリ様は何時もと同じで、まるで初めてお会いするような感じで拾ってあげていました。
わざと手から離していたわ。
その時すでに、前世の記憶を取りもどして23歳の中身になっていた私は、それを見て大ウケしてしまったのです。
未来の淑女を目指している私ですのに、本当に本当に、涙が出るほど笑ってしまいました。
やりますわね。
マルティナさま。
ウィリ様は、王都学園に入学したら、
ヒロインと運命の恋に落ちるのですよ。
それまでしっかりと頑張って下さいませ。
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