重大な秘密
ここはノイズ公爵家の長男、リアム・ノイズの私室。
リアムは先ほどフェナンシル伯爵家の両親の眠る丘で、精霊王カイが言った言葉を思い出していた。
「この娘はヴァイオレットの聖女。どのように封印していても、この神聖で清らかな気は隠すことが出来ないな。
長い闇の支配で弱っていたこの大地も喜んでいる。我の力も回復した。
この娘は自分が聖女であることも知らないようだな。面白い存在を連れて来たものだ。」
「ヴァイオレットの聖女」
驚きはしなかった。
そうか、エリザ本人にも知らされていない事なのか。
「私のは小さな光なんです。聖女の光ではないんですけど、凄いでしょ?」
10年前のあの日、奴らの術から僕を救ってくれた時、エリザはそう言っていた。
その言葉をそのまま信じていた。
レティシア様はまだ屋敷におられるはずだ。僕は部屋を出てレティシア様が泊まっているはずの客間に向かった。
ノックをして出てきたメイドの取り継ぎで、僕は部屋の中に入った。
「貴方が来るような気がしていたわ、リアム。私に聞きたい事があるのでしょ?」
何でもお見通しのようだ。
「さっき、エリザのポケットから出てきた緑の精霊のミールと、お友達になったのよ。
エリザがまだ彼女の存在に気がついていないので、退屈そうだったわ。
精霊王カイと話をしたそうね。エリザの封印の事も、カイが話してしまったとか。
何時もは口が固い彼も、自分の娘の血を引く貴方には気を許してしまうようね」
「精霊王カイが言っていた事は、本当なんですか?
エリザがヴァイオレットの聖女で、今は魔力を封印されていると言うのは。
そしてカイは、彼女は自分が聖女である事も知らないと言っていました。
僕は本当の事が知りたいのです。教えて頂けないでしょうか?」
レティシア様は真剣な表情をして僕を見た。
「この世界で私しか知らない重大な秘密を聞く勇気が、貴方にあるかしら?リアム。貴方には辛い事実も含まれているわよ」
聖女レティシア様がそこまで言われる秘密。僕に関する事も含まれているのか。
僕にとって辛い話?少し怖い気がするけれど、真実が知りたい思いが上回った。
「レティシア様、僕は真実が知りたいんです」
「どう説明すればいいかしらね」
レティシア様は話を始めた。
「私達が住んでいるこの世界の他に、別の世界があると言ったら、貴方は信じますか?リアム」
「別の世界ですか」
「そうです」
「あるのですか?レティシア様が仰るのであれば、信じます」
「あります。そして、エリザの傷ついた魂は、長い間、その世界で休んでいたのです」
「エリザの傷ついた魂ですか?」
「そうです。エリザは一度、私達が生きているこの人生を経験しています。
一度めの人生があまりにも、辛く悲しく可哀想で見ていられなかったので、彼女の死の直前に、私の全部の魔力を彼女に注ぎ込んで、彼女の魂をその別の世界に飛ばしたのです。
新しい生を受けて、その魂が癒される事を祈りながら。
エリザの魂は、その世界で生まれ変わり、様々な経験をしました。
そして私の願い通りに傷ついた魂は元気を取り戻しました。
エリザの魂が生まれ変わった世界は、不思議な世界で、『ゲーム』と言う遊びが流行っていました。
その『ゲームの中の1つ』は、私達の世界の物語で、かつてエリザの魂を傷つけた内容そのものでした。
その世界の人々は、私たちが登場する『ゲームの世界』がこうして実際に存在することを知りません。
そのゲームに登場するエリザは、我儘で高慢な悪役令嬢と呼ばれる存在でした。
幸せな家庭に生まれた彼女は、5歳の時に王太子であるウィリアム殿下との婚約が決まります。
そして、その後すぐに家庭で大きな事件が発生します。
何だと思いますか?リアム」
「わかりません」
「貴方が家出をしてしまったのです。書き置きを一枚残して」
「!」
「その事に最初に気がついたのはマーガレットでした。侍女のセーラと一緒に、すぐに後を追いかけます。
貴方が残した置き手紙に、『故郷に帰ります。今までありがとうございました。』と書いてあったので、マーガレットは急いでフェナンシル伯爵領に向いました。
そして、事故で亡くなってしまうのです。
フェナンシル伯爵領には、闇魔法の使い手がいました。事故に見せかけて、マーガレットの命を奪ったのです」
「!」
「この先の話を聞きますか?辛かったら、終わりにしてもいいですよ」
「大丈夫です。続けて下さい」
「わかりました」
「マーガレットが事故死した知らせを受けたアフレイド様は、すぐ現地に駆けつけました。
そしてマーガレットを事故に見せかけ命を奪った闇魔法の使い手を、捕らえて処刑しました。
その後もアフレイド様の心は、深い悲しみの中から抜け出すことが出来ずに、自身が闇に捉えられてしまいました。
アフレイド様は、『貴方が家出をしなかったら、マーガレットは追いかけて事故に合う事もなかった。』と考えて、貴方を避けるようになってしまいました。
貴方は貴方で、『母上が亡くなったのは、自分のせいだ。』と自分を責めて、はやり自分が呼び寄せた闇に捉えられてしまいました。
そんな中、アフレイド様は、エリザベートのヴァイオレットの瞳にマーガレットを重ねるようになります。
そして、エリザベートだけを溺愛していくのです。
溺愛はしているけれど、アフレイド様はエリザベートを見ていませんでした。彼女の瞳を見て、マーガレットの影を追いかけているだけでした。
エリザベートの事を本気で心配してくれるのは、幼い頃から一緒に遊んできた、ウィリアム殿下だけでした」
「ああ・・」
「エリザベートは貴方やアフレイド様に振り向いて欲しくて、わざと我儘を言って困らせたり、貴方たちの気を引く為に、癇癪をおこしたふりをして、家宝の花瓶を壊したりしたのです。
けれど貴方達は、そんな彼女を叱りもせずに無関心でした。
侍女や執事に辛く当たったり、デザイナーを屋敷に呼んで、流行のドレスを何着も作ったり、週末ごとに盛大にパーティーを開いたりして大騒ぎをしても、誰もエリザベートに注意をしたりしませんでした。
パーティーに来ているのも、彼女がウィリアム殿下の婚約者だからと、無理して参加しているクラスメイトだけでした」
「・・・」
「リアム、大丈夫ですか?」
「大丈夫です、レティシア様。続けて下さい」
「わかりました」
「ウィリアム殿下は優しくて、容姿も整っておられるので、女生徒から大変人気がありました。それは今と同じです。
沢山の女生徒がウィリアム殿下に自分をアピールしようと。近づいていきました。
そして婚約者であるエリザベートの悪評を、ウィリアム殿下に聞かせるようになります。
ウィリアム殿下がエリザを嫌いになるように、少しの嘘も含みながら。
そんな事を知らないエリザは、ウィリアム殿下に近づく女生徒に嫉妬して、厳しく当たるようになっていくのです。
女生徒の中に、ロリエッタと言う子がいました。その子は光魔法と魅了魔法で、人々を惹きつけ虜にしていきました。
彼女は、入学直後の魔力測定の時に光魔法が使えると分かり、ドリミア国の聖女と認められました。
そしてとうとう、エリザの大切な心の支え、ウィリアム殿下まで虜にしてしまいます。
ロリエッタは、エリザが自分に嫉妬して様々なイジメをしてくると、殿下や他の人々に訴えました。
階段から突き落とされたり、教科書を破られたり、大声で罵倒されたり。
様々なイジメを、エリザがしてくると訴えたのです。
そして、卒業パーティーが始まりました。
ウィリアム殿下は婚約者であるエリザを冷遇して、聖女になったロリエッタと共に会場に現れます」
僕は言葉も出なかった。
「リアム。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。続きを」
「ウィリアム殿下は、入場するとすぐに、エリザに婚約破棄を言い渡します。そして、聖女ロリエッタに対するイジメについて、エリザの言い分を聞かずに厳しく責め始めます。
ウィリアム殿下だけでなく、エドモンド・ブラウン、アルベール・ロレーヌ、そして貴方もでした。リアム・ノイズ。
その他にも数名の人物が、聖女ロリエッタを守り、エリザをまるで敵を見るような目でみて問い詰めたのです。
けれど、エリザには彼らが言う事に覚えがありませんでした。
彼女は嫉妬はしていましたが、イジメと言う下賤な事をしようとは、思い付きもしませんでした。
聖女ロリエッタに詫びようとしない彼女に、今度は国王陛下から国外追放が言い渡されてしまいました。
大切な聖女に不敬を働いた罪で。
国外追放を国王陛下に勧めたのは、アフレイド様でした」
「父上まで?」
「そうです。貴方もアフレイド様も、彼女の光魔法で闇から抜けだす事が出来たので、すっかり聖女ロリエッタの虜になっていたのです」
「エリザは何も言い返しませんでした。マーガレットが亡くなった頃から、ずっと独りぼっちだったのですもの。諦める事には慣れていたのです」
「・・・」
「数日後、彼女は1人で屋敷を出ました。目立たないようにひっそりと、逃げるようにして。やっと国外に脱出した時でした。待ち構えていた賊に命を狙われたのです」
「!」
「リアム。私も娘マーガレットの事故死を悲しむあまり、臥せっていました。
だから、隣国のエリザのこの追放劇を知ったのは、エリザが賊に襲われて命を落とす寸前でした。
私は激怒致しました。そして、自分の持っている聖女の力の全てを込めて、エリザの魂を別の世界に逃したのです。
そして、そのまま、私も意識を失っていました。
意識を取り戻したら、マーガレットがアフレイド様に嫁ぐ日に時が戻っていました。
私だけが、全てを覚えていました。
それで良いと思いました」
「レティシア様」
「けれど違いました。別の世界でもう一つの人生を終わらせて、エリザの魂が戻って来ました。
『前の人生で遊んだゲームの中のこと』と思っていますが、あの惨劇を知っているのです」
「覚えているのですか?」
「そうです。自分が前に経験した事とは思っていませんが」
思い当たる事があった。
「私が聖女の力の全てを彼女に注ぎ込んだからでしょうか。生まれてきたエリザには私と同じ力がありました。
私は彼女が両親の元で普通に暮らせるように、その魔力を封印してあげようと思いました。
マーガレットとアフレイド様も同じ思いでした。
力を封印したせいで、彼女が以前の記憶を取り戻すのに5年かかりました。
あの初めての誕生パーティーの夜です」
「あ!それで全てが繋がりました」
「そうでしょう?」
「エリザは記憶を神託として語り、ウィリアム殿下との婚約話を白紙にしました。それで、貴方の家出が止めれたのでしょ?リアム。
貴方が家出をしなかったから、マーガレットも命を落とさずに済みました。
アフレイド様も悲しみに押し潰される事もなく、貴方もこうして元気にいます。
エリザは記憶にある悲劇をくり返さない為に、今も頑張っているのです」
「もしかしたら精霊王カイも、一度めの記憶を持っているのかも知れないわね。
フェナンシル伯爵の領地はずっと、闇魔法の支配下にあったように記憶しているわ。
10年前に私が浄化したのですけれど、今日エリザに直接出会って、精霊王カイも癒され、本来の力を取り戻したのでしょう。
精霊王の加護と緑の精霊ミールは、彼からエリザへの感謝の気持ちですね」
「レティシア様、教えて下さってありがとうございました」
「聖女ロリエッタに出会うのは、エリザが王都学園に入学してからよ。彼女は魅了の魔法を使うわ。貴方が魅了の魔法にかからないようにこれを」
レティシア様に言われ、左手の中指にあるフェナンシル伯爵家の当主の指輪を外した。
レティシア様がその左手に触れると、指輪を外したところに、小さな紫の薔薇のアザが現れた。その紫の薔薇のアザは指輪をしたら丁度隠れる。
「これでいいわ」
「あの惨劇の場にいた人達にも魅了魔法対策をしなければね。また、近々、紹介して欲しいわ」
レティシア様はそう言った。
ウィリアム殿下とエドモンド・ブラウンはアントワーズに任せよう。
アルベール・ロレーヌ。彼をレティシア様に紹介するのは僕の役目かも知れないな。
レティシア様と僕しか知らない真実。
僕の聖女エリザベート。
次は僕の番だ。
僕の力の全てで必ず守ってみせよう。
もう二度と独りぼっちになんかしない。
エリザベート。
この愛を君に。
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