初めての帰郷と精霊王カイ
いつもの縦巻きロールをストレートにして、後ろで束ねて髪飾りで整える。
ウィリ様とワーズがデートを楽しんだ後、学園で聞いた噂のお店で2人と合流することになっている。
エリザベートは屋敷の入り口近くの椅子に座って、時間を持て余していた。
「その髪型もいいね」
後ろから声がかかった。
「お兄様!お帰りなさい」
「ただいま。エリザ」
今日からひと月の間、ドリミア学園と王都学園は長期の休みに入ったので、リアムも久しぶりにノイズ公爵家の屋敷に帰って来たのだ。
「そんな変装をして、どこかに出かけるの?」
お兄様にウィリ様とワーズが今デート中だと言う事と、自分も後で2人に合流する事を話した。
「約束の時間までどうして過ごそかと、時間を持て余してますの」
「なるほど。我が家の姫君は退屈してるんだね?珍しいね。噂のお店に行きたいのなら僕が付き合おうか?」
「お兄様と?」
「そう。どうする?」
「嬉しい!行くに決まってますわ」
「殿下には風魔法の便で、『噂のお店はワーズと2人で楽しんで来て下さい』と連絡しておくよ。
母上に挨拶をしたら部屋に迎えに行く」
「分かったわ、お兄様。ありがとう。」
エリザはまるで風魔法を使ったかのように、素早く部屋に戻っていった。
母上とレティシア様は、中庭で話をしていた。楽しそうな親子の語らいを邪魔しないように僕は先に部屋に戻った。
瞬間移動が使えるから、直接、自分の部屋に戻る事が多いけれど、今日のような長期休暇などの時は、屋敷の入り口付近に帰って、屋敷の門から入るようにしている。
荷物は先に部屋に送ってある。
自分の部屋に戻るとノックがあり、アイラが入ってきた。アイラは数年前にこの屋敷の執事のクロードと結婚して、2児の母になっている。
クロードとアイラの新居は、ノイズ家の屋敷のすぐ近くにある。アイラの希望もあって、結婚してからも僕に仕えくれている。
アイラが屋敷に来る時は、子供達は屋敷にある「子供部屋」で預かる事になっている。そこは、僕らが幼い頃に使っていた部屋だ。
子供達は乳母の経験のあるエリザの侍女のヒルダを中心に、屋敷の人々が交代でしてくれている。
子供達は屋敷の皆んなに可愛がられて、色々な事を教えてもらいながら育っている。
アイラが幸せを掴んでくれた事を、天国の両親も喜んでくれていることだろう。
そしてクロードは父上の執事ではあるが、アイラと共に僕の手伝いもしてくれるようになっていた。
「ただいま、アイラ」
「リアム様、お帰りなさいませ」
彼女が幸せそうで良かった。
服を着替えて中庭に行くと、レティシア様だけが椅子に座っておられた。
「レティシア様、お久しぶりです」
「久しぶりね、リアム。貴方も休みで戻って来たのね。前に会ったのはいつだったかしら?大きくなったわ」
「10年ぶりになります。前にお会いしたのは僕が8歳の時でした」
「そんなに会っていなかったのね。貴方も私の可愛い孫なのよ。こちらに来てよく顔を見せてちょうだい」
僕が近くに行くとレティシア様は立ち上がって、まるで幼い子供にするように、両手を広げて大きく抱きしめて下さった。
「一度、こうして抱きしめてあげたいと思っていたの。あの頃の貴方は、私には近づいて来なかったから、心配していたのよ。元気になったわね。本当に良かった。
フェナンシル伯爵家の闇魔法の使い手達を、何年も前に、貴方の父上のアフレイド様が倒した事は聞いているかしら?
貴方はアフレイド様に、彼らが仕掛けてくる事を黙っていたでしょ?貴方の意志を尊重して、アフレイド様は何も貴方に言ってないのではない?
エリザが夢で神託を受けた頃から、闇の使い手は現れなくなったでしょ?」
「!」
「知らなかったようね。まだまだ解決しないといけない問題はあるけれど、彼ら闇魔法の使い手を倒す事が、貴方を守る1番の方法だった。アフレイド様も頑張ったのよ。可愛い息子の為にね」
「!」
「私も一緒にフェナンシル伯爵家に巣食っていた全ての闇を浄化したから、人々の心も、もう病んではいないわ。
伯爵夫人とその一族の者達も捕らえられているわ」
「レティシア様がフェナンシル伯爵家の闇を浄化して下さった事は、父上から聞いていました。本当にありがとうございました。
伯爵夫人と一族の事も父上から聞いています。
けれど、僕に差し向けられた闇魔法の使い手を父上が倒してくれた事は、知りませんでした。
エリザが光魔法を使って解放してくれたから、僕に近づけないのだと思っていました」
「私は、聖女として当然の事をしたまでです。アフレイド様と貴方は似ているわね。相手を思いやりながら、言葉が足りないところが」
「・・・」
「ワーズとウィリアム殿下の応援の為にね、時々、こうしてお邪魔しているのよ。貴方も私の可愛い孫なのだから、何か困りごとがあった時は、遠慮なく言って頂戴ね。力になるわ」
レティシア様のエリザベートと同じヴァイオレットの瞳が、優しく微笑んだ。
「リアム、帰っていたのね。お帰りなさい」
明るい声がして母上が現れた。
「ただ今戻りました。母上」
「料理長に言って、今夜は貴方の好きな料理を作ってもらうわ」
「いえ、母上。今からエリザと出かけますから夕飯は結構です」
「エリザと?」
「先ほど会いましてね。急に決まったのですよ」
「そう。楽しんでいらっしゃい」
僕は2人に挨拶をして、エリザの部屋に向かった。
エリザと2人で出かけるのは初めてだ。
成り行きで誘ってしまった。
僕は平気を装ってはいるけれど、かなり緊張している。
「お兄様、私、行きたい所があるんです。今日は噂のお店ではなくて、そこに一緒に行きたいんです」
「どこでも連れて行ってあげるよ。何処に行きたいの?」
エリザに場所を告げられた僕は、驚いて彼女を見つめた。
彼女が行きたいと言ったその場所は、フェナンシル伯爵家の父と母のお墓のある場所だった。
「エリザ、知っていたの?」
「はい。夢で見たんです」
「やっぱりエリザには敵わないよ。さすが僕の天使だ」
「お兄様が抵抗があるなら、他の場所でもいいんです」
「いや、抵抗はないよ。僕も勇気がなくてね。まだ一度も行った事がないんだ。2人で行ってみるのもいいね」
行き先は決まった。左手の人差し指に嵌め(はめ)られた指輪に右手を添え、風の精霊パールに願った。
「僕とエリザをお父様とお母様の眠る場所へ連れて行って」
小さなつむじ風が現れて、僕とエリザの周りをクルリと回って、風が僕達を取り囲んだ。
「まあ、綺麗!素敵な場所ですね、お兄様」
彼女の無邪気な声が響く。
ここは母の大好きだった場所だった。
よく3人でここに来た。
母の手作りのお弁当が美味しかった記憶が甦える。
良く笑う母だった。
優しい父だった。
2人は王都学園で出会い恋に落ちた。
その時にはもうフェナンシル家の当主と決まっていた父は、名門ジールデント侯爵家の娘ジャンヌ様との婚約が決まっていた。
父はジールデント家に赴いて、ジャンヌ様との婚約を白紙に戻して欲しいと頭を下げたけれど、聞き入れられなかった。
フェナンシル伯爵家の当主はその昔、精霊王カイの娘と恋に落ち子供を授かった。
精霊王カイは娘の守り手に、風の精霊パールを遣わせた。
以来、フェナンシル家の当主には精霊王カイの加護があり、風の精霊パールは当主の守り手として、常に共にあると言われている。
ジールデント侯爵は娘のジャンヌの産む子供を、フェナンシル家の当主にしたいと考えていた。
娘に子供が授からなかったので、親族から養子を入れてその子が当主になれば、フェナンシル伯爵家の当主だけがもつ不思議な力が、手に入ると思っていたのだ。
ジャンヌの父は、精霊王カイの娘とフェナンシル伯爵家の当主の恋物語など、信じてはいなかった。だから、精霊王カイの加護のことも疑っていた。
ただ、当主の持つ不思議な力が欲しかったのだ。
しかし彼は勘違いをしていた。
精霊王カイの加護と、風の精霊パールの力は、カイの娘の血を受け継ぐ当主にしか与えられない。
だから彼らが送り込んだ養子アルバンが、フェナンシル伯爵家の当主を名乗っても、精霊からは、何の祝福も与えられ無かったのだ。
風の精霊パールはリアムと共にある。
フェナンシル伯爵は亡くなる前夜、夢に出てきた精霊王カイに、リアムが本当の当主であると伝えていたのだ。
伝えなくても精霊王には分かっていたのだけれど。
精霊王カイの気がこの丘にはあった。
その清らかな気がエリザベートの封印に触れたのだろう。
彼女は驚くほど眩く輝いて、リアムの前に立っていた。
「エリザ!」
彼女はまるで人が変わったような表情で語りはじめた。
「フェナンシル家の当主リアム。良くこの地に戻った。我は精霊王カイだ。
この娘はヴァイオレットの聖女。どのように封印しようとも、この神聖で清らかな気は隠すことが出来ないな。
長い闇の支配で弱っていたこの地が、この娘の放つ清らかな気で蘇った。我の力も回復した。
この娘は訳あって力が封印されている。自分が聖女であることも知らないようだな。面白い存在を連れて来たものだ。
我の力を回復してくれた礼をしなければいけないな。
この娘、ヴァイオレットの聖女にも我の加護を与えよう。
『緑の精霊ミールここへ』」
エリザのポケットの中から、小さな緑の光が飛び出した。
「この気配!ヴァイオレットの聖女様だわ」
「そうだミール。この聖女の守り手をお願いしよう。ただ、この娘は自分が聖女だとは知らない。本人が知るまでは、お前からは知らせてはならない。わかったな。」
「わかったよ。こちらの青年はフェナンシル家の当主だね。私はミール、よろしくね。」
「我らが見えて話せるのは、聖女と其方だけだ。いつでもここに戻ってくるが良い。本当にこの清らかな気は気持ちが良いな。このような清々しい気分は久しぶりだ。
其方の両親の魂も気がついたようだ。
久しぶりの再会を楽しむが良い。
では、また会おう。」
エリザの輝きが消えていく。
輝きが消える前に、2人の前に精霊王カイが姿を現して微笑んだように見えた。
「お兄様、どうなさったの?」
自分に戻ったエリザが不思議そうに尋ねた。その時だ。
「リアム!」
「リアム!」
緑の風の中から1組の夫婦が現れた。
「お父様!お母様!」
二度と会えないと思っていた。
2歳のあの日、別れた両親がそこにいた。
「大きくなったわ」
「ああ。立派になった」
あとは言葉にならなかった。
僕は隣にエリザがいるのも忘れて、2人の中に飛び込んで行った。
そして、涙が枯れるのではないかと思うほど泣いた。
2人も泣いていた。
その後で僕らは思い出を語り、僕の今までの事を語り、そして、エリザを紹介した。
まるで離れていた時間などなかったかのように話が弾み、僕達は楽しい時を過ごした。
そして別れの時がきた。
「リアム、いつも貴方を見ているわ」
「リアム、応援しているよ」
「お父様、お母様、ありがとうございます。また来ます」
「リアム、幸せに」
「リアム、しっかりな」
そして2人はエリザベートに語りかけた。
「エリザ様、リアムを宜しくお願いします」
「エリザ様、貴方もお元気で」
「お父様もお母様も、安心なさって下さい。お兄様は大丈夫です。それに、守って頂いているのは私の方ですので」
エリザがそう言うと2人は楽しそうに笑った。
「では私達は行かなければ」
「また、お会いしましょう」
そう言って2人はゆっくりと消えていった。
「お兄様!」
エリザが僕の胸に飛び込んできて泣いた。
僕も泣いた。
あれから16年。
やっと戻ってくる事ができました。
少し立ち寄っただけですけれど。
きちんと戻る日まで待っていて下さい。
また、ふらりと訪ねてきます。
「お兄様、私、お腹が空きましたわ」
「僕もだよ」
僕らはそれから、瞬間移動で噂に聞いていたお店に向かった。
殿下とワーズは帰ったあとだったけれど、店はまだ営業していたので助かった。
「お兄様、今日はありがとうございました。お父様とお母様に会えて良かったですね」
「エリザ、やっぱり君は僕の天使だよ。ありがとう」
今日の事は一生忘れないだろう。
お父様、お母様。
お会いできて良かった。
僕はもう大丈夫です。
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