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フェナンシル伯爵家

ドンドンドン

ドンドンドン


「開けてください!」


ドンドンドン

ドンドンドン


「誰か!誰か!」


叫んでいるのは母のメイドのアイラだ。僕達がいるのは、フェナンシル伯爵家の敷地の片隅にある塔の中。

僕達をここに閉じ込めたのは、父の正妻のジャンヌ夫人達だ。

彼女は名門ジールデント家の出身で、穏やかな人柄と高い教養が評判のご婦人のはずなのに。


そのジャンヌ夫人から、母にお茶会の招待状が届いたのは2日前だった。招待状には『明後日に、私が養子に迎えたアルバンを皆様に紹介をする為のお茶会を開きます。珍しいお菓子も用意しますので、ぜひリアムと一緒にお越し下さい。』と書いてあった。


フェナンシル伯爵家の敷地は広く、正妻の住む屋敷と側室である母と僕が住む屋敷は、馬車で行き来するほど離れていた。

これだけ広ければ、どこかの王族のお屋敷かと思ってしまいそうだが、心配には及ばない。王家の敷地はフェナンシル家とは比べものにならないほど広大とのことだから。


「ジャンヌ様からお茶会に招かれるとは、珍しいこともあるものね。ご実家からアルバン様を養子に迎えたのが、本当に嬉しいのね。『珍しいお菓子が手に入ったからリアムもご一緒に。』と書いてあるわ。一緒に伺って貴方のお兄様になられたアルバン様にもご挨拶をして、帰りに父さまに会いに行きましょう」


ジャンヌ夫人は父の正妻だ。けれど2人は同じ屋敷には住んでいない。

敷地内にある一番大きな屋敷が「お屋敷」で、そこに父が住んでいる。その「お屋敷」には執事をはじめ父が信頼している家臣が出入りして、フェナンシル伯爵家の領土を管理する為の仕事を行っていた。


フェナンシル伯爵家の当主だけが持つと言われる特殊な能力と膨大な魔力。自分の娘をフェナンシル伯爵家に嫁がせて、その子供が伯爵家の当主なれば、伯爵家が持つあの力を手に入れる事ができる。


ジャンヌ夫人の父であるジールデント伯爵は、誰にも知られる事なく、自分の息のかかる優秀な人材をフェナンシル家の家臣になるようにしむけていった。


ジールデント伯爵の息がかかるその優秀な人材は、闇魔法の使い手だった。その使い手は言葉巧みにフェナンシル伯爵の心に忍び込んでいく。 


当主に加護を与えているという精霊王にも気がつかれないように慎重に、慎重に。彼らはフェナンシル伯爵家に根を下ろしていった。


待望の男の子がフェナンシル家に誕生して、そのすぐ後にジールデント家に女の子が生まれた。ジールデント家の当主のどす黒い計画は次の段階に入る。そして、その1年後にマイケルとジャンヌの婚約が決まったのだった。


しかし、マイケル・フェナンシルは王都学園でリアムの母、グレイスと出会って恋に落ちる。


闇魔法の使い手達は2人を引き離そうとするけれど、マイケルを守っている風の精霊がそれを許さない。

2人は両親にお互いの気持ちを話した。グレイスの両親は2人を応援すると言ってくれた。

けれど、マイケルの両親には反対された。婚約者のジャンヌを気づかっての事だった。


結婚の話がなければグレイスとフェナンシル伯爵家の両親はとても仲が良かったのだけれど。


「もし、どうしても一緒になりたいのなら、グレイスを側室にでもするのだな。」


マイケルの父はこう言って反対をした。


「貴方と一緒にいられるなら、私は側室でも構わないわ。」


「え?グレイス、何を言っているんだ。君が正妻になるんだ。」


けれどマイケルにもわかっていた。領土に広がる不安な気配。いつの間にか切れなくなってしまったジールデント伯爵家との関係。フェナンシル伯爵領に蔓延る闇はもうすでに隠し切れなくなっていた。そして、なぜかジールデント家には逆らえない関係が出来上がっていたのだった。


「グレイス、ごめん。君を側室に迎える僕を許してくれ。」


両親の説得と今の両家の関係を考慮して、マイケルはジャンヌ譲と結婚をして正妻としての居場所を整えた。その事でジールデント伯爵家との関係も良好であるように見えていた。


ジャンヌ夫人は結婚前からグレイスとマイケルの関係を知っていたけれど、「自分達は政略結婚なのだからこういう事もあるわ。」そう言いながら、グレイスにも気遣いをしてくれる優しい女性だった。


2人はジャンヌとの結婚の1年後に小さな式を挙げて、グレイスの為に建てた側室の屋敷で愛をはぐくみ、すぐに第一子となる男の子を授かったのだった。


ジャンヌ夫人には子供がいなかったけれど、グレイスの子供が2歳になった頃に実家から養子を迎えた。そして、その子をフェナンシル伯爵家の跡取りにする事はマイケルも認めていた。


その養子にフェナンシル伯爵家を継いでもらって、時がくれば、息子リアムは実家のアルメニア商会で商いの勉強をすればいい。グレイスはそう考えていた。マイケルの考えもおそらく同じだろうと、その時のグレイスは思っていた。


馬車で少し走るとジャンヌ夫人の住む屋敷に到着した。


「グレイス様。リアム様。ようこそいらっしゃいました。皆さまお揃いでございますよ。」


ジャンヌ夫人のメイドの案内で、僕と母は今日の茶会の開かれる部屋へと向かった。そこには先着が3人いた。


「グレイス様それにリアムも。よく来て下さったわね。」


「ジャンヌ様、お招きありがとうございます。これは今朝、実家から届いた果物でございます。皆さまでお召し上がり下さい。」


母の挨拶のあと、一緒に来ていたメイドのアイラが、果物の包みを先ほど案内してくれたジャンヌ夫人のメイドに渡した。


「お気遣いありがとうございます。グレイス様。あとで皆さんで頂きましょう。」


穏やかな始まりだった。あまりにも穏やかだったから、僕も母もメイドのアイラも油断してしまっていた。先に着席していたのはジャンヌ夫人の養子になった男の子のアルバン。ジャンヌ夫人の妹のルーナ様。そしてもう1人。ジャンヌ夫人の兄嫁のミラ様だった。奥の方に男の人が何人か見えた。きっとそれぞれの旦那様達なのだろう。


母とアイラは顔を見合わせていた。なんだか、ここに来た事を後悔しているような空気が2人の間に流れた。僕は幼くて良く分からなかったけれど、とても息苦しい空気が流れていた。側室でフェナンシル伯爵の寵愛を受けている母とその第1子の僕。そんな僕達を快く思っていないだろう最強のメンバーが揃っていた。


「これは私の実家に出入りしている商人から取り寄せた、お隣の国のお菓子ですのよ。」


そう言ってジャンヌ夫人が勧めてくれたお菓子は、とても甘くて美味しかった。

その後、ジャンヌ夫人から養子のアルバンを紹介された。彼はとっても意地悪そうな目をして僕を見ていた。なぜか背筋がゾッとしたのを覚えている。


お菓子を食べたあと、僕はとても眠くなってしまって、その後の事をあまり覚えていない。けれど、眠ってしまう前にチラリとアルバンを見たら、やっぱり意地悪そうな目をしてニヤリと笑いながら僕を見ていた事だけは覚えてる。


そして、僕が目を覚ました時には、僕らはこの塔の中に閉じ込められていたのだ。やっぱり、あの意地悪そうな目は気のせいではなかったんだ。


ドンドンドン

ドンドンドン


「旦那さま・・」

「フェナンシル伯爵さま・・」


アイラは必至でドアを叩いていた。


「お母さま」


横で眠っている母に声をかけたが返事はない。


「リアムさま。あのお菓子には強い眠り薬が入っていたのです。」


返事をしてくれたのはアイラだった。


「眠くなる薬?」


「そうです。お茶会のお菓子に眠り薬が入っていたのです。私達は眠らされたのです。眠った私達を馬車に乗せて、この塔に連れてきて閉じ込めたのです。私も先ほど気がつきました。」


「お母さまは眠っているの?」


「眠っておいでです。けれど、どんなに声をお掛けしても、反応がないのです。アイラは心配で心配で。」


「お母さま・・」


「アイラ、どうしてジャンヌ様は、ぼく達にこんな事をするの?美味しいお菓子がありますよ。って招いて下さったのに。僕もお母さまもアイラも、何も悪い事はしていないのに・・」


「ほんとうに、私達が何をしたと言うのでしょう。」


アイラは僕を抱きしめた。


翌朝、朝食が届いたけれど僕らは食べなかった。


「リアム様、我慢して下さいませ。食べるのはやめておきましょう。」


アイラが言ったのだ。カバンの中にあった父に渡すはずだったお菓子を2人で食べた。

それはその日の昼過ぎだった。


「グレイス、リアム、アイラ。遅くなってすまない。」


突然、ドアも開いてないのに父が現れた。そして母を見つけた。


「グレイス!」

「グレイス!しっかりするんだ。」


父は何度も何度も母の名前を呼びながら様態を確かめていた。僕はじっとその様子を見ていた。じっとじっと見ていた。しばらくして、父はとても真剣な表情をして僕の前にやってきた。


「リアム、これから私が言う事を良く聞きなさい。お母さまは今は眠っておられるけれど、もうすぐ神様のところに召されるだろう。今、しっかりと顔を見て抱きしめてあげなさい。」


「旦那さま。お菓子に入っていたのは、眠り薬ではなかったのですか?」


「お菓子には眠り薬。飲み物には毒が入っていたようだ。」


「毒!」


「それで、飲み物を頂かなかった私とリアム様は助かったのですか?」


「おそらくそうだろう。」


「お父さま、お母さまは死んでしまうのですか?」


父は悲しそうに僕を見つめて頷いた。


「母さま!母さま!母さま!」


僕は何度も何度も母に聞こえるように叫んだ。そして力一杯に抱きしめた。抱きしめながらしがみついた。


「ウッ・・・」


お母さまが声を上げた。聞こえている!お母さまに聞こえている。


「母さま!母さま!母さま!」


「グレイス!グレイス!」


「奥さま!奥さま!」


父も母を抱きしめて泣いた。僕も泣いた。アイラも泣いていた。


「リアム、これをお前に。」


そう言って父は自分の指にしていた指輪を、母の首から外した金のネックレスに通して僕の首にかけた。


「フェナンシル伯爵家の当主の指輪だ。これはフェナンシル家の直系の血を引く者だけに引き継がれる指輪だ。それ以外の者が持っても何の価値もない。ただの指輪に変わってしまう。

お前にはこの指輪を持つ資格がある。今ここで我がフェナンシル家の当主の座をお前に渡そう。まだ幼いお前には荷が重いだろうけれど、しかたがないのだ。他にお前を守れる方法がない。


先ほど王都の魔法騎士団のアフレイド・ノイズ様に連絡を入れておいた。

あちらはとっても心配しておられて、お前を自分達の養子にと言って下さっている。

お子がおらず、お前の魔力と知力をとてもかっておられる。けれど公爵もお若い。きっとお子様には恵まれる事だろう。


公爵にお子が生まれたらそのお子様に尽くしなさい。公爵の元でしっかりと学び幸せになりなさい。そして、このフェナンシル伯爵領の事も気にかけておいて欲しい。お前はこの領地の精霊王の加護を受け継いだのだから。アフレイド様にもお願いしてあるので、その時は相談にのって頂きなさい。」


「お父さま?」


僕は驚いて父を見た。父は僕を抱きしめた。温かくて温かくて大きかった。


「お父さま?」


「リアム、お父さまも毒をもられたんだ。お母さまと同じ毒だ。

残念ながら我が国では解毒剤がない。そしてもう遅いのだ。ゆっくりゆっくり回っていく毒らしい。


まさかジャンヌが裏切るとはな。

リアム、アルバンとジールデント伯爵家には気をつけるんだ。


奴らは闇魔法の使い手と契約を結んでいる。それに気がつかなかった我々が抜かったのだ。精霊王にも風の精霊にも気づかれぬように、奴らは用意周到に我がフェナンシル伯爵領に闇の力をはべらせていったのだろう。


精霊王はわれらの祖先が眠る精霊の丘の穢れを浄化して、聖地としての力を保っている。今は精霊達はひっそりと様子を見守る事しか出来ないようだ。精霊王にもお前の事を頼んでおいた。そしてその指輪。それを身につけていれば風の精霊がお前の友となってくれるだろう。


ジャンヌがアルバンを養子にしてしまったから、私が死んだらアルバンがフェナンシル伯爵家の当主を名乗るだろう。けれど、その指輪とお前の魔力が本物の当主の証だ。時が来たら手続きをして領地を取り戻すんだ。出来るな?アフレイド様には話してある。


あの方の元で幸せに育って欲しいと父は願っているよ。まずはお前が幸せになることだ。しっかりと成長した後でもフェナンシル伯爵領の当主の座は逃げはしない。リアム。お前の幸せを祈っているよ。」


僕は父のコバルトブルーの瞳を見つめた。

僕と同じコバルトブルーの瞳。


「お父さま。」


「リアム。」


「お父さま。」


「おとうさま~!!」


僕は父の胸に飛び込んだ。自分の出来る精一杯力で父を抱きしめた。父は静かに笑った。


「アイラ、お前とリアムが飲み物を口にしていなくて本当に良かった。奴らはきっとリアムを狙ってくるだろう。アフレイド様にもお願いしているが、アイラ、この先もリアムを頼む。このとおりだ。」


父はアイラに頭を下げた。


「旦那さま。フェナンシル伯爵さま。頭をお上げ下さい。このアイラ、命にかけてリアム様をお守りいたします。力の及ぶかぎり・・」


「ありがとう。」


「リアム、アイラ、私達はいつでも見守っているよ。2人ともしっかり生きるのだよ。アイラ、お前も私たちの家族だよ。元気で幸せになるんだよ。」


父はそう言うと、持っていたステッキで僕とアイラの周りに円を描いた。アイラは涙を流しながら頷いていた。


「風の精霊パール、我が息子リアムを頼んだ。」


「リアム、指輪を握って王都のアフレイド・ノイズ様の屋敷に。と心から願うんだ。一緒に行ってやれなくてすまない。奴らからお前達を逃すのが精一杯なんだ。愛しているよ。」


「お父さま!お父さま!」

「お母さま!お母さま!」

「死なないで!死んじゃあだめだ!」


僕は父の書いた円から飛び出して、母に抱きつき、父に抱きついた。そして、覚悟を決めた。


「お父さま、もう一度・・」


「お父さま、お母さま。ぼくは・・ぼくは・・僕も一緒にいきたい。お父さま!お母さま!

だけど僕は大人になって屋敷と領地を取り戻さなきゃいけないから。一緒にいけないんだ!

ぼくは残らなきゃいけないんだ。そうなんでしょ?お父様。行ってきます。風の精霊パール。僕を王都のアフレイド・ノイズ様の屋敷に連れて行って!」


父は母を抱き抱えて僕を見ていた。


「グレイス、私たちのリアムが旅立つよ。アイラ、リアムを頼んだよ。そしてお前も幸せになるんだよ。」


キラキラとした光の中、お母さまとも目があったような気がした。お父さまは笑っていた。


僕はもう振り返らなかった。さようなら、お父さま。さようなら、お母さま。いつか必ず、必ずここに帰ってきます。


必ず・・

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