華やかな集団
今日もお昼時間の食堂は賑わっている。
生徒達の楽しげな会話と笑い声があちらからも、こちらから聞こえて来る。
その賑わいが、ある1つの集団の登場で静まった。
学生達は手を止め、足を止め、お喋りすらやめて、その華やかな集団に注目した。
彼らがいつも中庭のテラスでお昼を食べている事を、知らない者はいなかった。
なぜ彼らがここに?
誰もがそう思った。
胸元に黒のレースを取り入れた赤い通学用ドレスを着た女生徒が、スタスタと王家専用のテーブルに向かう。
その横の真っ赤な髪を後ろにアップした女生徒も、彼女と同じテーブルに向かう。
胸に白いレースを使った若草色のドレスは上品で、赤い髪と、見る角度によっては緑色に見える彼女のグレーの瞳に良く似合っている。
その彼女達の数歩後ろに、ブロンドの髪でブルーの瞳。ゴウジャスなゴールドのボタン飾りのある襟の高い上着。シルバーグレイの服を着た爽やかな男子生徒が、ゆっくりと同じテーブルに向かう。
そこから数歩うしろを歩く生徒は、膨らみのある薄いピンクの上着に、短めのズボン。黒いベルトをしてタイツにブーツ。
彼のブラウンの髪は後ろに一つに括られている。
ブラウンの髪の男子生徒は少し足を早めて、テーブル席に向かい、女性達一人一人の椅子を後ろに引いて、座るように促す。
赤いドレスの美少女は、ダークブロンドの大きな縦巻きロールを手ではらい、ゆっくりと引かれた椅子に腰を下ろす。
「エド、ありがとう」
その横で赤い髪の少女も、同じように腰を下ろす。
「ありがとう」
そして、次に後ろに引かれた椅子に座ったのはブルーの瞳の青年だった。
「殿下、どうぞ」
「ありがとう、エド」
3人が座った後、ブラウンの髪の青年もゆっくりと腰を下ろした。
この4人がお昼の食堂に現れるとは!
大ニュースだ。
彼らがテーブルに着くと、食堂の賑わいはゆっくりと戻って行った。
「ここに来るのは久しぶりですわ」
「僕も久しぶりだ」
「私は初めてよ」
「僕も初めてだ」
「今日はウィリ様も一緒だから、さぞかし美味しいランチが食べられると思って、朝から期待して来ましたのよ。私」
「エリザの気持ちがわかるよ。今日は殿下も一緒だからね。僕も期待しているんだ」
その時、ドタドタドタと何やら忙しそうな足音と一緒に、厨房から人がやって来た。
「これは、これは、ウィリアム殿下にエリザベート様。アメリア様にエドモンド様。」
「私は食堂の責任者をしておりますオーバン・フランチェスと申します。
いつか、この食堂にお越しくださると信じていました」
こいつが責任者か。
此奴のせいで料理の質が落ちたのか!
「ご機嫌よう、オーバン。わざわざ挨拶に来て下さって、ありがとう」
「何をおっしゃいますか、エリザベート様。皆さまも、お好きな物をご注文なさって下さい。厨房の自慢のシェフが作っております」
「そうね。何がお勧めなのかしら?」
「これなどはいかがでしょうか?
本日のお勧めランチです。」
そう言って食堂の責任者のオーバンがメニュー表の中の写真に手をかざした。
すると、テーブルの上に美味しそうなランチセットが映し出された。
四人それぞれが気になるメニューの映像をみながら、ゆっくりと注文をした。
どういう仕組みかはわからないが、この時点で、各自の屋敷からの支払いも完了しているらしいのだ。
何か専門的な魔法を使っているのだろうと思われる。
アルベールに聞いた話によると、注文した時点で、それぞれの料理を作る料理人の元に、安い食材を使うか高級食材を使うかの指示が出されているらしい。
注文したランチはすぐにやって来た。
「美味しいわ!」
「1年前と、こんなにも味が違うとは!」
分かっていた事とはいえ、去年の今頃食べた同じランチとの味の違いに、私とエドは驚いてしまった。
『薄めて味がなくなったスープと、極上のスープ』それくらいの味の差を感じた。
「美味しいわね」
ウィリ様もアメリアも満足そうに食べている。良かった。
そして、4人が最後のデザートを食べているところに、数名の女生徒がやって来た。
「エリザベート様。ご機嫌よう。」
出た~!
貴方たちの存在を忘れていたわ。
「初めて食堂でお見かけしますわ。エリザベート様。今日も中庭で食べていらっしゃると思っていましたわ」
彼女達は親しげに私に話しかけて来た。
「エリザベート様、ご機嫌よう」
「エリザベート様、ご機嫌よう」
彼女達は、次々と近寄って来た。
「皆様。ご機嫌よう」
私は挨拶を返す。
「エリザベート様、ウィリアム殿下にご挨拶をさせて頂いても?」
ひと言断ってはいるが私の返事を待つそぶりもなく、リーダー的な彼女は、ズイッと身体を前に乗り出して丁寧にお辞儀をした。そしてウィリ様にとびきりの笑顔を向ける。
「ウィリアム殿下、それに、皆さま。ご機嫌よう。私は・・」
「あら!貴方。私の前でウィリ様に話しかけないで下さる?不愉快ですわ。」
私は出来るだけ冷たく聞こえるように意識しながら、彼女に声をかけた。
「え?」
彼女とその他の令嬢が驚きの表情をする。
「エドにも挨拶はしなくて宜しくってよ。」
私はさらに一言つけ加えた。
「それと、これからは、わざわざ私に挨拶しに来て頂かなくて結構よ。気分が悪くなりますわ。」
「エリザベート様・・」
リーダー的なその女生徒は真っ青になって目を見開いている。
「私はね、ウィリ様には沢山の学友の皆さまと親しく話して頂きたいと思っているの。
学園ではウィリ様も1人の生徒。クラスメイトと友情を深める権利はあるはずよ。
『殿下と話しをしたら、エリザベートが口も効かなくなる。』
そんな噂を広めたら、ウィリ様に迷惑がかるではありませんか!
バカな噂を流すのはもうやめて下さる?」
食堂全体がシーンと静まった。先ほどのリーダー的な女生徒を含む、目の前の令嬢全員がハッと息をのむ。
「エリザベート様、何を・・」
「エリザベート様、誤解です」
「貴方、誤解と言う言葉の意味をご存知?
誤解というのは、事実を間違えて認識する事では?
ワタクシ、何を間違えて認識していまして?教えて下さる?」
女生徒達は泣き出してしまった。
何か言い訳をしているが、私の耳には届かない。
彼女達はただただ泣いているばかり。
静まり返った食堂。
その静寂はしばらく続いた。
「もう、気が澄みましたわ。
貴方方も反省なさったのなら、涙をふいてしっかりなさいませ」
私は泣いてる彼女達一人一人をゆっくり見たあと視線を外した。そして自分のデザートがおかれたテーブルに向き直った。
私と入れ替わるように、アメリアが静かに語り始める。
「ねえ、エリザが今までに、貴方達に何か厳しい事を言った事がありまして?
彼女が、挨拶に来て下さる貴方達の話を、いつもニコニコして聞いていたのを私は知っているわ。
皆さま、本当に隣のクラスだったウィリ様やエドに話しかけた事がおありですの?
ただ挨拶なさっただけの事を、いちいちエリザに報告しておられましたの?
『ウィリアム殿下と話をしただけで口も効いてもらえない。』
『エドモンド様にご挨拶をしただけで睨まれた方がいる。』
これは、どなたの事ですの?
先ほどのエリザの貴方達への態度。こういうエリザベートを、貴方達は望んでおられたのでしょ?満足なさった?」
アメリア、ありがとう。
私が言いたかった事をみんな言ってくれて。
「今、泣きたいのは貴方達ではなくて、陰で悪者扱いされていた、エリザの方だと思うのだけれど。違いまして?」
泣いてる女生徒が鼻をすする。
誰も泣いている彼女達に声をかけようとしない、気まずい雰囲気が漂っている。
面白おかしく、エリザベートの傲慢ぶりを噂していた学生達も、まるで自分の行いを指摘されたかのように、下を向いている。
「エリザベート様、申し訳ありませんでした」
長い静寂のあと、その中の1人が言った。
「申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
その声に続いて、彼女達は口々に謝りはじめた。
「エリザベート様、申し訳ありませんでした。私・・お気持ちも考えなくて。お許し下さい」
リーダー的に振る舞っていたその女生徒が声を震わせて謝ってきた。
「分かって下さればいいのよ。ウィリ様やエドとお話しがしたい方は、私の許可など要りませんわ。どうぞ、思うようになさって下さいませ。」
「えっ?エリザ!それはないだろう。」
エドが声を上げた。ウィリ様は何も言わずにエリザを見ていた。
その後、彼女達は一礼をしてエリザ達の前から去っていった。
「それにしてもエリザ、僕と殿下に話たければ、どうぞ、思うようになさって下さい。はないだろう?」
「二人とも人気がおありだから、楽しい学園生活が送れましてよ。」
ウィリ様とエドは顔を見合わせて、少し身震いをした。
そして私たちは食堂を後にしたのだった。
きっとこれでまた、悪役令嬢エリザベート・ノイズの悪名が広がってしまうのだろう。それでもかまわない。今日はとても楽しい一日だった。
ありがとう。アメリア。
ありがとう。ウィリ様。
ありがとう。エド。
友達でいてくれてありがとう。
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