2.不祥事隠蔽騎士
不祥事隠蔽騎士が隠蔽している不祥事というのは、ナツミがここに喚ばれてしまったことそのものだ。
この世界には同じくらいの大きさの月が二つあって、年に一度その二つがぴったりと重なる瞬間がある。その時には魔力が爆発的に高まるので魔法を使うと思いがけない超反応が起きてしまう可能性があるらしいのだが、案の定この騎士の男が自重せずに魔法を使った結果妙な反応が起きて、長すぎるゲームのロード画面とにらめっこしていたナツミが何の抵抗の術もなく男の元に喚び出されてしまったというわけだ。
急に暗くなって停電でもしたのかと照明を見上げようとしたら、月明かりを背景に攻撃態勢の男が目の前に立っていた時の驚きを想像して欲しい。驚きというか混乱というか、とにかく一ミリも動けなかったナツミに反して、男の方は突然現れた見慣れない姿と服装をしている彼女を見てすぐに事態を把握したらしい、自分のせいだと。
そして紛れもなく大問題である。
混乱冷めやらぬナツミに男は協力を求めた。曰く、自分の不始末の後始末は必ずつける。その代わりこのことが上司に知れると非常にまずい。そのため、一年後、今日と同じ条件が揃う日まではこのことを黙っていてほしいと。
紛れもなく隠蔽である。
今思えばそんな義理はないと突っぱねてやってもよかった気もするが、当時は勢いに飲まれて、すぐに帰れないならしょうがないかと承諾してしまったのだ。まあ幸いナツミはまだ大学生で、バイトも長期休暇にしかしていなかったのでバックレの心配はない。研究室配属とか就活とかが五十メートル走の速度で迫ってきていた頃で、就活とか卒論とか、やらなくて済むならラッキー。……じゃなくて、この男もせっかく就けた職を失うのはつらかろうな。という、同じ年頃の人物(後から聞けばナツミより年下だった)に対する同情のようなものも少々湧いてきた。まあ大半は就活と卒論めんどそうだしやりたくないからちょうどいいかという気持ちからだったわけだが。
そういうわけで強制的に仕方なく、ナツミの一年間の異世界生活が始まったのだった。
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不祥事隠蔽騎士はロカイという名で、この町の砦に下っ端騎士として所属している。
「今日休みなの?」
いつものきっちりした制服ではなくて、今日はシャツ一枚のラフな格好をしていたので、お金を奪われないように大事にしまいながら尋ねると、「あー、夜勤だった」という返事が返ってきた。
「これから寝て、昼過ぎたら散歩、行くから。」
散歩といってものんびり歩くということではなく、馬を散歩に連れ出す、という意味だ。近くの森まで走って行くので、訳あってナツミもいつも同行している。
「じゃあさ、起きたら店まで来てよ。ついでにお昼食べてこう。」
この度の事件に関して、全面的にナツミが被害者であることを認めさせ、生活費は全てもらっているので最初は遊んで暮らすつもりだったのだが、いかんせん遊ぶ物も場所もなかった。見るものすべてが真新しい三日間が過ぎると急速にやることがなくなり、暇を持て余したナツミはなんと働くことにした。やはり、勤勉な性格というものは簡単には変われないものなのだ。
お安くまかないを食べさせてもらえる定食屋のようなところで、ごはんの心配(主に調理の面で)をしなくて済むので重宝している。毎度のようにロカイも誘ってはみたが、奴はいつものように苦い顔をしてまたもや提案を却下した。
「いや。馬んとこ集合で。何か食べる物、買ってきて。」
「ええー、なんでいつも来ないわけ。私がいない時は食べに来てるらしいじゃん。おっちゃんが言ってた。」
この町で食べ物を売っているような店は数軒しかなく、それなのにナツミが働いている時にロカイがその定食屋に来店したことはない。ほとんどないとかいう頻度ではなく、本当に全く、一回もない。ネバー。なんでそんな妙に避けるんだ。
「お前がいると恥ずかしいから。」
「授業参観とか絶対来るなよ」とか言う男子の様相でロカイは言った。うちの兄ちゃんも言ってた。思春期か。