1.今月の口止め料
今月分、と言って渡された暗い赤茶色の革袋はいつもと同じくらいの大きさと重さだった。慣れたその重みにナツミはおおむね満足する。この砦の町で、人ひとりが一か月間生活するのに、まあ大体、足りる額。
「ふむ、ご苦労。苦しゅうないぞ。」
重さを確かめるように袋を軽く上下に揺すると、中で分厚い硬貨がじゃらじゃらと鈍い音を立てた。小さくない額のお金を手にして完全に悪代官気分になったナツミに、相手の男が胡散臭いものでも見るかのような視線を寄こす。
「……何だその偉そうなのは。」
「む。よもやおぬし、自分の立場を忘れたわけではあるまいな。」
ナツミに対して偉そうとか言っちゃうこいつの方が偉そうだと思う。そもそもはナツミがこの男の犯した罪を黙っていてやっているおかげで、今もこいつは普通の生活が送れているというのに。要するに全ては私のおかげ。口止め料を渡すときは普通、「今月もどうかよろしくお願い申し上げます」くらい下手に出てもいいんじゃないの?それか誠意の証として、もっと増額してもいい。
「はあ?ふざけんな。」
ナツミのちょっとだけエスカレートしたちょっぴり本気の要求に、男は罵声とともに革袋を奪い返そうとしてこちらに手を伸ばしてくる。
「わあっ!冗談だよ、冗談。ジョーク!うそです!」
「……調子乗りすぎ。」
慌てて男の手から袋を死守すると、向こうも初めから本気で怒ったのではないというように呆れた顔でため息をついた。頼まれる立場のナツミが微妙に強くは出られないのは、これが口止め料であると同時にナツミの一か月分の生活費でもあるからだ。取り上げられたらご飯が食べられなくなる。すなわち死ぬ。
「だから冗談だったんだって。ただのノリだよ、ノリ。」
まあ増額はしてくれて困ることはないからちょっとは本気だったが、だいたいはただの軽口ってやつだ。おちゃめな悪代官様ごっこってやつだ。だのに男はいかにも自分だけは常識人ですみたいな顔をして、
「お前のノリにはついていけない。」
とか言いやがった。まったく、不祥事隠蔽騎士のくせに失礼な。