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玖の巻 子守唄

お東様(実の母)に毒をもられた後、ある晩の出来事。

愛姫目線です。

「小次郎!兄を許せぇ…お前が憎かったのではない!家の為、伊達家の為だ!母の、母の代わりにお前を成敗したのだ!来るな!くるなぁああ……」




先ほどまで隣で眠っていた殿が、突然飛び起きて壁際まで後ずさった。


暗闇に向かって必死に手を振って拒絶する素振りをみせている。


私には見えぬ何かに怯えたようなお姿に私は、ああまた今宵もなのかと胸が苦しくなった。


弟である小次郎君をお手打ちにして以来、殿は悪夢にうなされることが多くなった。


御父君を亡くされた後にもしばらくあったことだけれど…。




「殿、殿…(めご)がお傍についておりまする。小次郎君は殿のなされたこと、悲しんではおいででも恨んではおりますまい。(めご)がずっとついておりますゆえ…今はお休みくださりませ」




いつも体以上に大きく見えるほど、自信と威厳に満ちた殿。


こんな夜は手指が震え肩を小さくしてまるで幼子のように怯えた目をされる。


そんな姿を他の者には見せたくないのだろう。


あれ以来ずっと…私と寝所を共にされる日々。


殿が早く苦しみから解放されて欲しいと思う反面、私だけに見せて下さる弱さを愛おしいとも思う。


夜着の上からふわりと優しく抱きしめて殿の額に接吻を落とした。




「さぁ、体が冷えます…布団に入りましょう?」




手をキュッと握ってそっと促すと、手を引かれるままに政宗様は布団へもぐった。


子を持たぬ私の母性本能を今最もくすぐっているのは、この愛おしい我が殿の姿だった。


もちろん、本人にそんなことを言えるわけもないのだけれども。


掛け布団を肩までそっと掛け、昔、母にしてもらったように髪をゆるゆると撫でる。




「眠るまでこうしておりまする…子守唄でも唄いましょう」




障子の向こうに月は明るく照らしているのに。


その明かりは愛しい殿の夢の中までは照らしてくれないのだろうか。


小さな細い声で昔、守役の娘が唄ってくれた子守唄を思い出しながら唄う。




ねんねんころりよ ねんころり

坊やはよい子だ ねんねしな

あの山越えて 里越えて

里の土産に 何もろた

でんでん太鼓や 笙の笛

坊やはよい子だ ねんねしな




己の内にベトリとこびりついた闇に囚われそうになる政宗が少しでも安らげるようにと、(めご)姫が心をこめて歌うその声はどこまでも慈愛に満ちていた。


髪をゆるゆると梳いた後には、トントンと軽く優しく背を叩いていると、次第に殿の表情が穏やかになってくる。


眉根に不安げに寄せられていた皺も、少しずつその深さを無くしてゆく。




ねんねんころりよ ねんころり

坊やのお家の 母さんは

ころころ小芋で 飴作った

甘いとろりの 飴の味

坊やにあげようか この飴を

坊やは泣かずに ねんねしな




忙しなかった呼吸も少しずつゆっくりと落ち着いてくる。


その感覚も少しずつひらいて、深く穏やかになってきた。




ねんねんころりよ ねんころり

坊やのお里の お祭は

どんどん太鼓や 笛の音で

お守りの前に 立つ幟

坊やに見せようか 獅子の舞

坊やはよい子だ ねんねしな




ふと見るとすっかり寝入った殿のお姿。


人前で寝ることまかりならんと育てられた、正に武将の中の武将。


その殿の心の安らぐ場所は一つ一つ運命に奪い取られて行っている。




「……ぅ…ん……(めご)……」




眠りながら私の手を握りしめ、名を呼んでくださる表情が柔らかい。


私といることは殿にとって少しでも安らぎになっていればと思う。


父君も弟君もなくされ、母君を遠ざけられた今。


私ひとりでその任が務まるとは思えぬまでも…殿の心の安らぐ場所を守りたい。


小さな声で唄いながら、傾いていた月が天高くに差し掛かるまで、ずっと(めご)しい人を見つめていた。

この有名な政宗毒殺未遂事件。

最近の研究では、どうやらお東様(母・善姫)による暗殺未遂も、それによる弟である小次郎の抹殺も、実際は政宗による自作自演であり、家中をまとめ、秀吉の怒りをかわす為に小次郎も身分を隠して匿われ、母との関係も良好だったのではないかという説の方が有力だとか。

そうであれば良いなと私も思います。

以前の大河などでは、お東様の愛情もすごくカラ回りしてて、言ってることも気持ちも理解できるだけにかわいそうでした。

お東様も、政宗も、それをずっと見守っていた愛姫も辛かったんだろうなと思って書いた作品です。


ちなみに、作中の子守唄は田村郡滝根町の「ねんねんころりよ」という子守唄です。

本当は三春の子守唄にしようと思ったんですが、ちょっと歌詞があんまり優しい感じではなかったので…。


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