漆の巻 凍り豆腐
シリアス回ですみません。
今宵は、俺が最近考案した料理を愛に食わせてやろうと思い一席を設けた。
せっかく夫婦水入らずなのだ。
今を盛りと咲き誇る躑躅が美しい庭の一角に席も用意している。
卓上には菖蒲の花を飾っておいた。
普段客ばかりをもてなしているが、今宵は特に笑う愛の顔が見たかった。
食事を運ばせる前には、久しぶりに俺が愛だけの為に一差舞ってやろう
そうだ、愛の琴にあわせて舞うのも楽しかろう
色々と思いつくままに用意ができたところへ、愛が姿をみせた。
「政宗様…今宵はなにか特別な趣向があると聞きましたが…」
「おお、愛!そこに座っておれ」
振り返ると芍薬もかくやという風情の愛が俺を見上げていた。
美しい
愛おしい
手放したくなどない…
「今宵は、俺が自ら用意した膳を共に楽しもうと思ってな…」
「まぁ、殿、御自らでございますか?ふふ、それは楽しみにございますね」
「お前の為だけに用意したのだ、存分に楽しんでくれ。その前に一差舞おう」
月夜の庭に俺の声が静かに響きわたる。
舞っている俺を静かに見つめていた愛の目が、いつもより潤んで美しかった。
俺の姿をその目に焼き付けよ
俺の想いをその身に刻め
俺の料理を舌に覚えさせるのだ
「素晴らしい舞いでございました、政宗様。今宵の舞いは特に、胸に迫るものがございます」
そういって涙を拭うと愛はふわりと今日の月の光のように微笑んだ。
儚く美しいその様に俺は当然のごとく見惚れてしまう。
俺の妻はなんと美しく愛おしいのかと。
夫婦となって11年。
それなりの歳月を共に過ごして来ているが、俺の心の真ん中にある暗い闇を、いつも空にぽかりと浮かぶ月のように照らし導き癒してくれるのは他の誰でもなくこの愛なのだと、常には意識することもない不甲斐無い俺だが、戦場の夜や病の床など、苦しい時ほど特に幾度も幾度も思い知らされるのだ。
愛がいなくなってしまえば、俺の独眼で生きる世界は明けぬ闇夜となるだろう。
「そうか」
またいつでも舞ってやるぞと言えば良いものを、俺は一言だけの愛想のない返事のみを返してしまう。
席へ戻り手を二度叩くと、今宵の膳を運ばせた。
俺が考案した凍り豆腐と野菜の炊き合わせの他に、旬のものをいくつも用意した。
味は俺が確かめたので間違いない。
「今日、俺にできる馳走の限りだ、存分に味わってくれ」
「それでは頂きますね…まぁ、美味しい!これは何でございます?」
「それは凍り豆腐といって、もともとは兵糧として作らせたものなのだ。だがこのようにして食べると格別美味い!出汁がよく染み込むのでな」
「はい、大変めずらしく…とても美味しゅうございますね」
「そうであろう!これを是非、愛にも食べさせてやりたかったのだ」
「ふふ、愛は幸せにございますね…」
俺の心づくしの膳に幸せそうに微笑む愛。
やはり俺は愛を手放すなど考えられん
考えたくもない…それをあの関白めが……!!
思い出したくもない猿顔を思い出してしまい、思わず眉根にグッと力が入ってしまった。
そのせいだろうか。
綺麗な所作でそっと箸を置いた愛が、一瞬ぎゅっと目を閉じたあと、愛は俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「…政宗様……私にお話があるのではございませんか?」
「…話…とは?」
先ほどまで柔らかい笑みを浮かべていた愛の表情が堅く強張っている。
一体どうしたというのだ…。
「太閤様より、私を都に差し出すよう命じられていると聞き及んでおりまする」
「なっ!!!誰がお前にそのような話を聞かせたのだ!」
「再三再四にそのような知らせが都より来れば、私にとて漏れ聞こえてきます」
「愛は心配せずともよいのだ、お前を都へなど行かせるつもりはない!馬や鷹を贈ってなんとか行かずともよいようにからくりしている!」
「されど政宗様!私が伊達家に嫁いで11年…役に立てぬばかりか、私がいることでお家に災いが降りかかることなど耐えられませぬ。最上義光様のご正室とご二男も既に都へ出立したと聞いております!万一、これでお家がお取りつぶしになるようなことにあいなれば…。私に都へ行けと、行ってくれとお命じくださりませ!!さすれば私は、明日にでも都へ発つ覚悟は出来ておりますゆえ!」
恐れながらも立ち向かう、幼き初陣の武将のような強い瞳に引き寄せられた。
愛を引き寄せしかと抱き寄せれば、先ほどまでの強い瞳からは想像できぬほどの柔らかさ。
肩は小さく震え、俺の胸元が愛の涙で熱く濡れていくのが分かる。
「太閤秀吉は大層な色好みと聞く…愛のように美しい姫をみて妙な手出しをするやもしれぬ」
「そのような事態にあいなれば、武将の妻として自刃してでも操は守る所存にございます。私は髪の先からつま先まで、政宗様のものにございます…」
「俺はお前を手放したくはない!!」
「私も離れたくはございません…」
腕の中から濡れた瞳で俺を見上げる愛に、死をも覚悟していることを知る。
胸が熱く苦しく、俺は紅く濡れた唇に噛みつくような接吻をした。
その細腰をしかと掻き抱き、横抱きにするとそのまま寝所へむかう。
「愛、すまない…お前には辛い思いばかりをさせている…許せ」
「政宗様…離れても愛の心はいつも政宗様のお傍に…」
「今は出来ずとも必ず愛はこの手に取り戻す。だがそれまでに万一があらば、十万億土へ行っても必ず一緒になろうぞ」
「はい、必ず…」
米沢と都は遠く離れている。
万一があれば今生の別れになるやもしれぬ。
愛…お前の肌に俺の印をつけよう。
お前の体に俺を刻もう。
俺の心にも体にも、愛が刻み込まれて忘れられないのと同じように。
2人の絆が決して離れてしまわぬように。
『馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなす事である』
これは政宗がのこした言葉です。
趣味が料理だった政宗。
凍り豆腐や納豆も政宗が兵糧食としてつくらせたものです。
他にも色々な料理を作っていた政宗。
料理研究の本のようなものも残っています。
こうして愛姫に食べさせたことがあったかもしれません。
政宗は能も子供の頃から習っていたということで堪能なのだとか。
ちなみに、十億万土とは簡単にいうと仏土、つまりあの世のことです。
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