来訪者
彼女は…沢田智子は、駅で廃墟で会った時と同じ焦点の定まらない視線を僕に向けていた。
「ははっ…嘘だろぅ…」
その虚ろな視線を僕は反らす事が出来ないまま
いや、身動き1つ出来ず
頭だけは恐ろしい勢いで思考していた。
僕が便所から帰って中島さんは一回も便所へ行ってはいない。
彼は僕の前で飲んでいた。
僕達以外に誰かが居るのだと考えるべきだろう。
ザッ…
外から砂利を踏んだ音が響いた。
「…中島…さん?」
返事は無い…
山の中だ、猪やカモシカの類いだろうか?
すりガラスの向こうを見る事は出来ない。
ザッ…ザザッ…
僕は、その足音が二本の足から発せられているのではないかと思った。
誰かが便所の周りを歩き回っているのだ。
僕は便所を飛び出すと居間に走り込んで戻った。
テレビはバラエティーを流したまま、中島さんは気持ち良さそうに寝ている。
「中島さん!」
「あーう~ん」
中島さんを揺すったが微かに目を開けただけで、すぐに寝てしまった。
僕は外の様子を伺いながら、まんじりともせず夜を明かしたが
その後、足音を聞く事は無く
気が付くと一晩中ついていたテレビは日曜朝の子供向けになっていた。
僕は外に出ると便所の周りを見て歩いたが昨夜の来訪者を特定するような
これと言った痕跡は無かった。
あの落書き自体が夢だったのかも知れないと便意に負け便所に入ったが
やはり、あの焦点の定まらない目は僕を迎えた。
「近藤さん」
便所の前で中島さんは僕が出てくるのを待っていた。
落書き犯は中島さんではない、そうなると疑われるのは僕だろう
掃除代金を請求されるか…最悪、警察沙汰か…
「近藤さんは、何時まで休みだったっけ?」
「水曜からですけど…」
「うん、ちょっと行きたいってか来て欲しい所があるんだよ」
意外な彼の申し出に僕は頷くしかなかった。