ナツメ球
「へぇ…そりゃ不思議っちゃ不思議な話だねぇ」
中島さんは何本目かの缶ビールを開けながら言った。
先ほどまで酔っ払ってヘラヘラしていた彼だったが
僕が必死に話すのを見て真剣な面持ちに変わった。
「駅はどうか知らないが昨日まで廃墟には落書きは無かったよ」
「え?昨日1人で行ったんですか!?」
僕は驚いて思わず聞いてしまった。
「そりゃ、数年ぶりだからね…行ったら取り壊されてたじゃガッカリだろ?」
確かに廃墟が知らない内に解体(もしくは倒壊)されたなんてのは良くある話で
自分が案内する側なら事前に下見をするかも知れない。
が、そんな偶然なんてあるのか?
駅の落書きを見た後で同じ物を人里離れた廃墟で見たってだけでもありえない
中島さんが言う事が本当なら、落書き犯が来た直後に僕は来た事になる。
まぁ、ありえない
それよりも中島さんが犯人と考える方が自然だろう…
「おいおい、止めてくれよ…」
僕の疑いの眼に気付いた中島さんはビールを飲み干すと
笑いながら手を振る。
「そんな事をして何のメリットがあるんだよ?」
確かにメリットは無い…が、そもそも悪戯なんて物はメリットでは測れないだろ
リベンジポルノの類いなら拡散させたい仕返ししたいが原動力だ。
誰かに彼女の名前と職場を知らせる事、彼女に不名誉なイメージを与える事が目的に描かれた絵だ。
僕に見せたなら彼女に県外デビューを果たせると考えれば…だ。
駅の便所の物は、彼がところ構わずアチコチに描いた1つで
それを僕が見たのは彼からしても予想外だったってだけの話だろう…
「えぇ…そうなりますよね」
僕はシラケた目で中島さんを見ながら適当に相槌を打った。
「はぁ…アホ臭っ!」
昼間に清涼飲料水の類いを飲み過ぎたせいか、やたら小便が近い。
僕は便所に向かいながら明日は早々に中島さんと別れ名古屋辺りをブラブラしようと考えていた。
つまんねぇ悪戯を仕込むような奴と長時間居る気にはなれない
二度と会う事も無いだろう。
僕は勢い良く便所の扉を開けた。
「…なんだよ、これ」
ナツメ球のオレンジ色の光の下に彼女は居た。