沢田智子
「ちょっと…飲みすぎたかな…」
ナツメ球の薄暗いオレンジ色の灯りを頼りに
僕は汲み取り便所の深淵を覗く
あれから僕達は山に点在する廃墟を何軒か散策したあと下山し
夜食を買い込むと中島さんの家で、ささやかながら宴会を始めたのだった。
驚いたのは中島さんが廃寺に住んでいたって所か…
変わり者ってのはネットでの人となりで幾らか分かってはいたが
山中の廃寺に住むとか、山賊か妖怪くらいな物だろう。
とは言っても本堂に住んでる訳ではなく和尚さんとその家族が住んでいただろう
居住用のスペースをそのまま使っているだけだ。
「ふぅうぅうぅ…」
小便は勢い良く放物線を描きながら暗闇に消えていく。
古びた打ち付けの板をビールで酔った目で眺めながら
僕は、あの部屋で見た女を思い出していた。
あれ…いったい何なんだ…?
彼女は、ちょうど背後になっていた押入れの襖いっぱいに描かれ
惜し気も無く豊満な裸体を僕に晒した。
そう言った落書きは廃墟では日常的に見かけるもので
いつもなら一笑に付して終わりだろう…
沢田智子でなければ…
そう、あの崩れかけた駅の便所。
そこで見た落書きがあの廃墟にもあった。
沢田智子に着いて来られたような感覚。
中島さんが居るであろう一階はシンとしており
物音は聞こえない…
崩れ落ちた壁の穴から蝉の鳴く声が響くばかりだ。
もちろん絵が着いて来るなんて事はない。
あの落書きをした者が、廃墟にも来たって事だ。
しかし、駅で見た落書きを山奥の廃墟で続けて見る可能性とか
ありえないくらい少ない確率だろう…
「中島さん…」
居間に戻ると僕はネギマを食べながらテレビを見ている中島さんに質問した。
あの廃墟に案内したのは中島さんだ。
彼なら何かを知っているかも知れない…
「沢田智子って、ご存知ですか?」
「ん~?AKB?」
彼は、あまり関心なさそうに答えた。