朽ちた家
「近藤です、今日はお願いいたします!」
件の友人に対して眼鏡で長髪、小太りな人物像を勝手に作っていた僕は
道路工事の現場から来たような短髪巨漢な彼にすこし驚きながら
挨拶で返した。
しかし、現場作業員を思わせる軽トラックに長靴、軍手は
山の中の廃墟探索には必要不可欠な装備と言って良い。
まさに「お主、分かっているな!」と言った歴戦の探索者を感じさせる。
飲食店で食事をしながら僕達はお互いの戦歴を写真で見せ合い
10年来の友人同士の親睦を深めた。
軽トラックは町から外れると一気に山へ向かって加速して行く
「近藤さんは、どういうご予定ですか?」
ギアを慌ただしくチェンジしながら中島さんが聞いてきた。
事前に交わした予定では今日は廃墟探査
彼の家に一泊し明日の昼に帰る事になっていた。
「明日は帰り道に国の文化財になってる寺院あるんで、寄れたらなぁと…」
僕は新緑の風景を見ながら答えた。
道は山道となり、ついには窓から腕を出していると
道に迫って来ている枝葉が跳ね当たりだすようになり
僕は慌てて腕を引っ込めた。
かれこれ一時間は走ったんじゃないだろうか?
話のネタが無くなってきていた僕は、先ほどの駅の便所で見た落書きの話をしてみようと思った。
「そういえば中島さん…」
「あ、もう着きますよ」
彼はハンドルをきるとススキの藪に軽トラックを突っ込ませて停車した。
その廃墟は忽然と山の中に建っていた。
「昔の別荘だと思うんですけどね」
バブル期にはスキーの時、民宿代わりに使うためだけの別荘が分譲されたなんて話を聞いた事がある。
バブルが崩壊した後はご覧の有り様である。
「ここから行きましょう」
中島さんは山道から直接廃墟の玄関口に行く事を嫌い
山に入って廃墟の裏口に向かった。
よもや、こんな所に人は居ないだろうに
彼は足音を忍ばせて山に入って行く
パキリ、パキリと枯れ枝を踏む音が山に響いた。
薄暗い山の中に廃墟の全貌が現れる。
安っぽいプレハブの壁は崩れ、四方のガラスは全て砕け散っていた。
「中島さん、よくこんな物件見つけましたね!?」
「うん、単車でここらへん流してたから…」
中島さんは、そう言うと崩れかけた柵を乗り越えベランダに侵入した。
アルミサッシは、とっくの昔に倒れ居間には容易に侵入出来た。
朽ち果てたソファーは動物の糞が積み重なり
流しのシンクには厚く埃が積もっている。
僕達は居間を散策した後、トイレと風呂場を覗くが、洗濯機が倒れて風呂場を開ける事は出来そうもない。
諦めた僕は中島さんを居間に残し一人二階の寝室に侵入したのだが、ドアを開けるや思わず嬉しい悲鳴を上げてしまった。
室内には最後の住人のものだろうか
何十冊ものエロ本が散乱していた。
「なんだ、これ!」
80年代後半か90年代頭くらいの古いエロ本に僕は携帯のカメラを向ける。
廃墟の醍醐味は、こういった遺留品にこそある。
この建物が建物としての役割を終える寸前の住人
により残された生活や性癖の跡である。
この部屋の最後の住人、失敗した別荘の分譲業者はSM雑誌をどんな気持ちで残していったのだろうと
僕は縛られ苦悶に歪む女性の顔にカメラを向けた。
その時、僕は背後に視線を感じた。
中島さんが上がって来たのかと思ったが階下で彼が歩き回る音が聞こえる。
すぐ真後ろに誰かが立っているような息づかいまで感じ僕は飛び退くように後ろを見た。
女だった…