雨
知らないうちに雨が降っていた。
鉄格子を越して見える湖は霧の中だ。
焼け焦げた壁の一面に
ま た あ え た ね
と、書かれていた。
僕は自分の右手を見る。
指先は炭で黒く汚れていた。
すっかり、ボート遊びが生活の一部になっていた彼女は
僕が夏休みを終えて来なくなると知りパニックになったのだろうと
あのあと、病院が母親に説明していた。
だが、妹の寛解を信じていた母からしたら
彼女の行為は理解不可能な裏切りだろう。
しかし、彼女はそう言う者だったはずだ。
自分勝手で僕など居ようが居まいがおかまいなし
予測不可能で何をしでかすか分からない。
そして、彼女はパニックになるほど僕との時間を大切に思っていた。
でも母は、ただ憤慨するだけで
それ以降、智ちゃんの名前を口にする事はなかった。
当然、翌年の夏休みに病院へ行く事はなく
再会の約束は守られないまま病院は火災を起こした。
鉄格子に阻まれ、大勢の患者が死んだ。
彼女は逃げることなく、部屋で倒れていたらしい
湖を見ながら死んだのだろうか…
行けば良かったと思った。
ボート遊びは、もう無理でも行けば良かったと
彼女の死を知った僕は倒れ、退院する時には彼女の記憶を失っていた。
もはや忌まわしい記憶でしかなかったろう親は
僕に記憶を失わせたままにしたのだろう…
雨は更に激しく叩き付ける様に降りだした。