湖面
「ほら、こーちゃん!あっちの岸に行ってみようよ!」
智ちゃんは僕を船長と言ってくれたが、どう見ても船長は彼女で
僕はエンジンかモーターの役だ。
子供の僕が漕いでいるのだからボートは真っ直ぐ進む事すら儘ならない。
一時間もかけて100メートルほどの船旅だったが
彼女は大いに気に入り
翌日から毎日の様にボート遊びをせがんだ。
僕はすっかり疲れてしまったのだが妹の回復を願う母親は
僕にモーターの役を夏休みが終わるまで続けさせた。
「あ、乗り上げちゃった…」
だからと言う訳でもないのだが、その日はボートを浅瀬に乗り上げさせてしまった。
しばらく2人でボートを揺すったり
オールで湖の底を突いて、ボートはようやく
浅瀬から離れた。
「こーちゃん!木の箱が沈んでるよ!」
難を逃れてホッとする僕に智ちゃんは水底を指差して叫ぶ。
確かに朽ちかけた木の箱が水面から見える。
「宝物かも…」
「死体だよ!死体が入ってるんだよ!」
アニメ等で見る海賊の財宝、そんな僕の想像を彼女は不吉な想像力で押し退けた。
「まさかぁ…」
動力担当ではあったが海賊気分に浸っていたのに…
僕はぶっきらぼうに否定した。
だが、彼女の不吉な言葉はとどまることを忘れ湖に流れ出す。
「捨てられてるよぉ…2人は沈んでるよ…」
「ボートが沈んで…何隻もあるもんだから売店のオジさんもオバさんも沈没に気付かないんだよ…」
彼女は憧れる様な視線を緑色の湖面に向けたまま話続ける。
「そう、誰も気付かない…誰も気付かないんだよ…誰にも気付かれないまま死ぬんだよ…こーちゃん…」
僕は必死にボートを漕いだ。
早く早く売店の前の桟橋に戻らなきゃ…
背中をつたう汗は、櫓を漕ぐ汗とは明らかに違う
ボートは桟橋にぶつかりながら止まった。
僕は桟橋に転げるように飛び移ると、ボートのロープを引いた。
「こーちゃんって、いつまで此処に居るの?」
ロープを桟橋のカラビナに固定している僕の背中に智ちゃんは聞いてきた。
「明日…明日までだよ…」
僕は振り返らずに答えた。
あの湖面を見ていた表情のまま彼女は話しているのだと
思ったからだ。
「なら、明日も乗れるねぇ…」