ボート
母を売店に残し、僕達は湖の周りをブラブラ歩きながら他愛もない話を続ける。
だが、いかほども進まない内に彼女は歩けなくなり
僕が押してきた車椅子に座った。
「ごめんねぇ…」
「良いよ、平気だよ」
「こーちゃんは男の子だね…」
そのまま湖を一周して帰るのが毎度の日課だった。
おぼろ気に覚えている彼女は美人だったと思う。
だからか、年配の人が僕達を微笑ましいと思ってか声をかけたり
高校生か大学生辺りの男が彼女目当てで声をかけてくる事は度々あったが
何本もナイフが入りシマウマの様になった彼女の左手首を見ると、そそくさと退散する。
あの病院の患者だと分かった瞬間に彼等は慌てて離れて行く
中には露骨に嫌悪の表情を見せる者や「キチガイ」なる単語を吐き捨てて行く者も居た。
僕は、ある日彼女にボートに乗らないか提案した。
もう、誰にも彼女を会わせたくは無い。
少なくともボートなら声をかけられる事はあるまい。
彼女は僕の提案を喜んで、さっそくボートを選びに桟橋を飛んで行った。
子供2人など断られてもおかしくはなかったが
顔見知りとなった売店の老夫婦は気にせずボートを貸してくれた。
「発進!発進だよ船長!」