廃病院
「ずいぶん前に火事で燃えたって位しか俺も知らないんだけどね」
中島さんは、もうバスが来る事は無いだろう停留所に軽トラックを停めた。
停留所の案内表示板は酷く錆びており、かろうじて「長湫病院まえ」とだけ判読出来る。
懸け作りと言うのだろうか…
その廃病院は山の斜面にしがみつく様に存在していた。
昭和より以前の物だろう、西洋風の意匠が凝らされた木造の洋館だった。
白い塗装もあいまって遠目には森の中のホテルを思わせるのだが
全ての窓が鉄格子で厳重に閉ざされている姿は
役を終えてなお、ただならぬ空気を漂わせている。
窓の周りは黒く焼け爛れ、赤く錆びた鉄格子が病院と患者達の最後を記録していた。
「古そうですね」
「爺さんが物心ついた頃には既にあったって言うから百年は前かもね」
中島さんが門を押すとギシギシと蝶番を軋ませながら
それは開き僕達は敷地内に入った。
「扉は施錠されたままだよ」
さっそく玄関から入ろうとした僕を中島さんは止めた。
消防隊が突入する時に破壊したのか鉄製の門は開いたままだが
玄関の扉は堅く閉ざされたままなのだと言う
僕達は玄関口から裏庭へまわる。
庭の車庫に救急車として使われていただろう軽バスが
ライトが割れ眼窩だけになった顔で僕達を出迎えた。
「中島さん…」
「なに?」
僕は軽バスの前で立ち止まると中島さんを呼び止めた。
「ここから先は1人で行こうと思うんです…」