序章 一話 「絶望」
それは一口に言ってしまえば、地獄だった。
人は罪を犯すと地獄に堕ちるという。でもそれは、きっと間違いだ。
人は一度死ねば、脳の機能が停止し、意識そのものがなくなってしまう。意識がなくなれば、地獄に堕ちても意味がない。
それでも人は、地獄を信じる。天国を信じる。地獄へ堕ちぬよう悪行を拒み、天国へ昇れるよう善行を行う。例外もあるが。
私もその一人だった。罪を犯さぬように生きてきたし、自分なりに善を信じてきた。
それでも私は地獄に堕ちた。堕ちたと言うと語弊があるが、あまり変わらないだろう。
辺り一面火の海だった。私は家の中にいたはずだったが、なぜ外が見えるのか。混乱していてよく分からない、よく見えない、よく聞こえない。
血まみれの足を上げ、燃え尽きて崩れた壁の隙間から外に出る。なんだかとても臭い。
壁と同じように崩れている庭の柵を越え、辺りを見回す。
母さんが買い物に行った市場が見えた。………燃え上がっていたが。
父さんが麦を刈りに行った畑が見えた。………燃え上がっていたが。
兄さんが通っている学校が見えた。……………燃え上がっていたが。
友達の家が見えた。よく行く図書館が見えた。朝買い物に行ったパン屋が見えた。船の泊まっている港が見えた。お祈りをする教会が見えた。すべて燃え上がっていたが。
「m………み……」
ふと後ろから声がした。胸にかすかな希望が宿る。生きている人がいる。そう思って後ろを振り向き、そして膝から崩れ落ちた。
そこには焼け焦げた何かがあった。かすかに動いてはいるが、もはや人なのかどうかも分からない。ただうめき声をあげ、こちらに何か伝えようとしている。
「な、なんで……」
何が起きている。頭が、混乱したままよく回らない。焼け焦げた人は、いつの間にか地面に転がってしまった。まるでゴミのように。
目が、耳が、少しずつ機能を取り戻していく。すると四方八方から、声が聞こえてくる。うめき声が、叫び声が、うなり声が。声のするほうを向いてみる。
燃え盛る炎の中から人がが出てきた。近づこうとしたが、後ずさりしてしまった。出てきた人は体中が燃えている。
物音がして周りを見るとそんな人があちこちに見える。火の粉を散らしながら、まるで亡霊のように彷徨っている。そんな人たちを見て思い出した。自分でも分かるほど瞳孔が開いていく。
「リア……!」
妹を、どうして今まで忘れていた。一緒に家で、かくれんぼをしていたのではなかったか。足を引きずりながら家に戻る。そう、私が鬼で妹が隠れていて、「もういいよ」と聞こえてきたから探しに行こうとしたあの後に──────
家に戻り、崩れている壁を越えて中に入り、辺りを探し回る。
「リア、返事をして、リア---!」
急いでリビングに入ると、大きな円卓の机がバラバラになっていた。その瓦礫の下に、
「リア!」
見つけた。背中を見せて、うずくまるように隠れている。
ああ、ああそうだ。私はリアと二人で、かくれんぼをしていただけだ。
もう見つけてしまった。
「見-つけた」
私はリアに笑いかける。そして固まる。
首がない。
「……リ…………ア………」
────違う。私は今日、妹と一緒に留守番をしていただけだ。母さんが帰って来るのを二人で待っていたんだ。その後、畑仕事に疲れた父さんと、学校で勉強を頑張った兄さんのために、三人で晩御飯を作って、そしていつものように、五人で楽しくおしゃべりしながら食事をして、そして夜は、まだ怖がりなリアのために、私のベッドで一緒に寝てあげて────
「────────ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────────!!!!!!!」
被害記録
被害地:アルテミス区第3集落(人口225名)
被害要因:ユースティア王国の爆撃機による空襲
建造物被害:85%崩壊、15%全焼
死者:71名
行方不明者:153名
生存者:1名
備考:生存者1名は■■■によって保護され待機中。