五話、試練?
0時に四話を投稿しています。
まだ読んでいない方はそちらからお読みください。
エマは気持ちの良い温かさに包まれて目を覚ましました。
ふかふかのお布団の中で寝ているなんて、なんだかお姫様にでもなった気分です。夢を見ているのでしょうか?
⎯⎯それに、とても良い匂い……。
良い匂いがする方を見てみたら、小さな魔女が椅子に腰かけて優雅にお茶を飲んでいました。
足が地面につかずにブラブラしているのが可愛いな⎯⎯と、エマは思いましたが、口には出しませんでした。
ターニャが小さく呪文を唱えると、あっという間にベッドが消えて、エマは元の自分の服に戻り、ターニャと向かい合って椅子にすわっていました。
二人の間にはしゃれた丸いテーブルがあります。
エマの前に湯気のたった少し大きめのカップが置かれていました。ホットミルクのようです。
「飲みなさい。どこの店も休みだし、私は料理が得意じゃないの」
お礼を言って、温かくて甘いミルクを飲み干したエマは、人心地ついて、はっと空を見上げました。
雪はいつの間にかやんでいました。でも空はあいかわらず厚い雲におおわれて、お日様はどこにも見あたりません。
それでもエマにはわかりました。
⎯⎯寝過ごした。もうとっくに日が昇っている時間だわ。
エマは朝までに“魔法の種”を芽吹かせることができなかったのです。もう、魔女の弟子にはなれません。
なんということでしょう。できないどころか、頑張る前に眠ってしまうなんて。
エマは肩を落としてうつむきました。
膝の上の空のカップに、ポタリポタリと涙の雫がこぼれます。
ターニャはフンと鼻を鳴らしました。
「もうあきらめてしまうの?」
エマがはっと顔を上げると、魔女は初めてエマに笑顔を見せました。少し意地悪そうな笑顔でしたけれどね。
「泣いてる場合じゃないわ。これからが本番」
ターニャのその言葉に、エマはあわてて手の甲で涙を拭いました。
その様子を見て、ターニャが今度は楽しげな笑顔になりましたが、エマはそれを見逃してしまいました。
ターニャが呪文を唱えると、家の中でいきなり騒ぎが始まりました。
ドタバタと何かが暴れているようです。叫び声のようなものも聞こえます。
エマは手で口を押さえて、悲鳴をこらえていました。
⎯⎯何かしら、泥棒?
大騒ぎの原因は、すぐに家のドアから飛び出してきました。
それは、ヨレヨレのドレスを着た三人の⎯⎯ガマガエルでした。
エマには、三人が着ているドレスに見覚えがありました。いつもエマが洗濯をしているドレスです。
たしかお義母さんたちがお祭りに着て行ったよそいきのドレスだったはずです。
⎯⎯ドレスを着たまま酔っぱらって寝てしまったのね。そんなことをしたらドレスが傷んでしまうっていつも言っているのに。
いえいえ、そんなことを考えている場合ではありません。
ガマガエルたちは雪の積もった庭にすわりこんだり、うろうろ歩き回ったりして、「ゲコゲコ」「ゲロゲロッ」「ゲロゲーロ」と騒いでいます。
エマがおそるおそるふりむくと、魔女はニヤリと顔をゆがめて笑いました。
やはりあのガマガエルはお義母さんたちなのです。
きっと魔女の許しも無くあのご馳走を食べてしまったために、魔女の怒りをかってガマガエルにされてしまったのだとエマは思いました。
⎯⎯だからお酒を飲みすぎちゃだめっていつも言っていたのに。
エマが青くなって震えていると、魔女はまるで書かれた文章を読み上げるような一本調子の声で、独り言のようにしゃべりだしました。
「困ったなあ。おなかが空いて魔法がうまく使えない。三人をもとに戻してやれないぞお。今日中に戻さないと、人間に戻れなくなってしまうのになあ」
なんだか祭りの出し物によくある子供たちのお芝居のようですが、すっかりあわてているエマは気づきませんでした。
「もう一人魔女がいたら、もとに戻してやれるのに。いやいや魔女の見習いでも大丈夫。どこかに心優しい魔女の弟子はいないかなあ」
エマははっとしました。
魔女から渡された“魔法の種”は?
昨夜感じた不思議な温かいものは、今もエマの胸の奥にありました。
朝までに種を芽吹かせることはできませんでした。
でも、自分にこの三人を助ける力があるのなら⎯⎯。
⎯⎯お母さん、力を貸して。
エマは目を閉じて胸の前で両手を組み、祈りました。
⎯⎯神様。どうか三人を助けてください。
この人たちは、意地悪だし、怠け者だし、ケチだし、食いしん坊で、お酒を飲むとわけがわからなくなるけど、これから一生ガマガエルの姿でいなければならないような悪い人たちではない……んじゃないかな?
エマは少し首をかしげましたが、気を取り直して祈りを続けました。
⎯⎯それに、奥さんと娘がガマガエルじゃ、お父さんがかわいそうです。お願いします。神様っ!
「あっ!」
エマの胸の奥で、何かがグルンッと動きました。
それが熱を持ち始めて、どんどん熱くなっていきます。胸からおなか、やがて手足の先まで。
エマはいつの間にか、まるで真夏のようにあごから汗を滴らせていました。
⎯⎯熱いっ、熱いっ!
エマの胸の奥の熱はおさまりません。それどころかもっともっと熱くなって⎯⎯。
⎯⎯もうだめ。耐えられない!
悲鳴をあげてしまいそうになったとき、エマの胸から小さな赤い光が三つ飛び出しました。
光は目の前の三人のガマガエルの大きな口に飛び込んでいきました。
雪の上にすわりこんで、大きな目からポロポロ涙をこぼして泣いていた三人が、いきなり激しく暴れだしました。
よく見ると暴れているのは三人ではないようです。
急にほっぺたがビヨーンと伸びたり、真ん丸のおなかがピョコッと飛び出したり、そのたびに何かに引っ張られるように三人の体が庭を跳ね回っています。
もしかしたらさっきの光が体の中で暴れているのでしょうか?
跳ね回るたびに、「ゲコゲコ」「ゲロゲロッ」「ゲロゲーロ」と大騒ぎです。
そろそろ近所の人たちが起きてきそうなものですが、不思議なことに、元日の早朝の住宅街は静けさの中に眠っています。
⎯⎯⎯⎯ここ以外は。
やがて、その大騒ぎもおしまいになりました。
三人が跳ね回ったためにしっかり雪が踏み固められた庭には、もとの姿に戻った三人がぐったりとすわりこんでいました。
きれいに結い上げていた髪はボサボサ、ドレスもガマガエルだった時よりボロボロですが、人間に戻ることができました。
エマがほっとして泣きそうになっていると、魔女はフンと鼻を鳴らして言いました。
「まあこんなものかしら」
雪の上にすわりこんでしまっていたエマが魔女を見上げると、魔女はなんだか嬉しそうに笑っていました。
自分のほうが目線が高いのが嬉しいようです。
「なんとか合格ね。お前は今日から私の弟子よ」
⎯⎯えっ、朝までに間に合わなかったのに?
エマが首をかしげると、魔女はまた、ニヤリと意地悪そうに笑いました。
「私はお前にこう言ったのよ。『期限は明日のお日様が顔を出すまで』」
魔女が見上げると、都の空を強い風が吹き抜けていきました。
すると、厚い雪雲が風に流されて、雲の切れ間からお日様の光が、いくつもの光の線になって都に射し込みました。
「……きれい」
雪に覆われた真っ白な都がお日様の光に照らされてキラキラと輝いています。
エマも、そしてお義母さんたちも、言葉も無く美しい光景に見とれていました。
やがて、雲の陰からお日様が恥ずかしそうに顔をのぞかせました。
⎯⎯今年の初日です。
エマは“お日様が顔を出すまで”に“魔法の種”を芽吹かせることができました。
新しい魔女見習いが誕生したのです。
この国では数十年ぶりのことでした。
このあとの六話も一緒に投稿しています。