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二話、雪降る都

 (ほうき)を最高速度で飛ばしたターニャは、お日様が沈む前に(みやこ)に到着しました。

 雪雲が厚くなってきたのか、辺りはもう薄暗くなっています。


 都は降り積もる雪におおわれて白くなっていましたが、お城の周辺はとてもにぎやかでした。

 年越しの舞踏会を開いているのです。


 今年は王子の嫁選びを兼ねているのだそうで、都中の人々がお城の(まわ)りに集まっているように見えました。


 ターニャはさっそく“千里眼”で観察を始めました。ターニャが開発した便利な魔法です。


 この魔法を使うと、はるか彼方(かなた)の物がまるで目の前にあるようにはっきりと見えるのです。

 ある程度の厚さの壁ならば、その向こうを()かして見ることもできます。


 お城の大広間が舞踏会の会場のようです。

 きらびやかな衣装の紳士淑女(しんししゅくじょ)が笑顔で会話をしています。


 お城の庭は、大広間にいるよりも身分の低い貴族のための会場なのでしょう。

 こちらは大広間よりも気軽な様子で、お皿に綺麗に盛られた料理を食べながらお酒を飲み、会話を楽しんでいます。


 庭には雪避(ゆきよ)風避(かぜよ)けのための大きな魔法の天幕(てんまく)が張られていますので、寒くないのです。


 そのさらに外側。城門前の広場にはたくさんの屋台が出ていました。

 男も女も飲んで食べて歌って踊って、とても楽しそうです。

 綺麗な服を着せられた子供達がはしゃいで走り回っています。大人達に叱られて泣いている子もいますね。


 都の一番外側近くにある教会の(まわ)りでは、貧民街の人々が()()しとお城からの()()い酒に、たき火で(すす)けた顔をほころばせていました。


 ターニャは困ってしまいました。

 ターニャが助ける“一人”を誰にするか、なかなか決められそうになかったからです。


 キラキラ輝くお城から目をそらして薄暗い町の方に目を向けて見ましたが、そちらの方には寝かしつけられた小さな子供達と、うたた寝しているお母さんやおばあちゃん以外に誰も⎯⎯いいえ、いました。


 お城の周辺の貴族の屋敷が建ち並ぶあたりと、お城から遠い貧民街との間に挟まれた住宅地の、ごく普通の家の庭に誰かいます。

 よく見ると、つぎはぎだらけの服を着た十三歳ぐらいの少女でした。

 チラチラと雪が降る庭で、ただ一人、震えながら洗濯をしているようです。


 あの子はなぜ、一人だけ祭りに行かずに雪の中で洗濯などしているのでしょう?

 ターニャは自分の姿を黒猫に変えて少女にそっと近づき、物陰から様子をうかがってみました。


 近くで見ると、栗色の髪に緑の瞳の可愛らしい娘でした。頬は寒さでりんごのように真っ赤です。

 少し目尻が垂れた大きな瞳は涙で潤んでいました。


 その時、じゃぶじゃぶと洗濯の水音しかしなかった庭に、キュルルルル⎯⎯というなにやら可愛らしい音がして、ターニャの仔猫の耳が無意識にピコピコ動きました。


 見ると、悲しげに眉毛をハの字にした少女が自分のおなかを()でています。

 どうやら少女はおなかが()いているようです。そういえばお城の広場の方から風に乗って美味しそうな良い匂いがしています。


 おなかが空いているなら、贈り物は食べ物が良いでしょうか?

 なにやらターニャの今年の『一善(いちぜん)』は簡単に片付きそうな気がしてきました。


 目を閉じてクンクンと匂いを嗅いでいたターニャが少女の方を見ると、彼女はお城の方を切なそうにながめて、ホウッとため息をついていました。


 それを見たターニャは少し考えました。

 ⎯⎯私はお祭りの人混(ひとご)みに出かけるのが苦手だから、もしも自分がこの少女の立場だったら食べ物をもらえば嬉しいと思うだろうけれど……。


 普通の人は自分もお祭りに行きたいと思うものなのかもしれません。


 それならなぜ、この少女はお祭りに行かないのでしょうか?


 少女が着ているのはみすぼらしい服。洗濯しているのは鮮やかな色のドレスです。もしかしたらお祭り用の晴れ着を汚してしまったのでしょうか?


 でも、彼女が洗っている三着のドレスはどれもこれも、小さな少女の体には合わない、とても大きなサイズのようです。


 それなら、何かの罰なのでしょうか?


 でも、氷のように冷たい水で、誰かのドレスを丁寧に洗う少女の様子を見ると、彼女がこんな罰を受けるような悪い子だとはとても思えません。


 ターニャはだんだん面倒になってきました。

 ⎯⎯お祭りに行きたいなら行かせてあげれば良いわ。着ていく服が無いなら、私が魔法でドレスをプレゼントしてあげれば良いのよ。


 もうあまり時間がありません。急がないと今年が終わってしまいます。

 ターニャが呪文を唱えるとキラキラした光が少女の全身を包み、次の瞬間、そこにはドレス姿の可愛らしいお嬢様が立っていました。


 ターニャはびっくりして声も出ない少女の前に立って、お城の方を指差しました。

「さあ、お祭りに行くのにゃ」


 おっといけない。ターニャは自分が猫の姿なのを忘れていました。

 変身魔法を解いて人間の姿に戻ると、ターニャはもう一度お城の方を指差しました。

「ドレスはプレゼント。お祭りを楽しんでくると良いわ」


 少女は目を丸くしてターニャを見下ろしました。

 そう⎯⎯ターニャは小柄な少女に見下ろされています。


 ちゃんと人間の姿に戻っていますよ。

 じつは、ターニャは十歳にも()たない子供のような、小さくて幼い姿をしているのです。

 これでも五十歳を越えているのですけれどね。


 魔女は人よりも寿命が長いのです。

 二倍から三倍。魔法の力の強い魔女なら十倍ほどにもなります。

 この国のおとぎ話には必ず書いてある有名な話です。


 少女もそのことを知っていました。

 ですから、目の前にいきなり現れた黒いローブの小さな女の子が魔女であることはすぐにわかりました。


 おとぎ話に出てくる魔女はとても恐ろしい存在です。

 幼い子供を持つ親はみんな言うのです。

「良い子にしていないと魔女が来て、お前をカエルにしてしまうよ!」


 少女は頭が良くて、心もとても強い女の子でした。

 ですから、目の前の小さな魔女がおとぎ話に出てくるような悪意を持った恐ろしい怪物ではないことに、すぐに気づきました。


 むしろ自分の境遇を(あわ)れんで助けようとしているようです。

 言葉はぶっきらぼうですが、じつはお人好しなのかもしれません。


 自分の運命の分かれ道がきたのだと直感した少女は、有りったけの勇気をふりしぼり、しかめっ面で自分を見上げる小さな魔女に言いました。


「あの……お祭りには行きたくないのです。もしも……もしもできるなら、⎯⎯私を魔女様の弟子にしていただけないでしょうか?」




続きはまた明日。

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