一話、困った魔女たち
冬の童話祭2020参加作品です。
魔女達の社会では、自分たち魔女に対する人々からの悪い印象が悩みの種でした。
魔女はみんな恐ろしい悪者だと思う人がとても多いのです。
昔々、人をカエルに変えてしまったり、お姫様に呪いをかけたりする本当に悪い魔女がいたためです。
今はもう、そんな悪い魔女はいないのに……。本当ですよ。
年始めの世界魔女会議の議題は『魔女の印象を良くするにはどうすれば良いか』でした。
黒以外の服を着たらどうか?
お茶会を開いて人々を招待してはどうか?
みんなが楽しくなるような魔法を開発してみては?
いろいろな意見が出されましたが、会議に出席した魔女達は渋い表情のままです。
魔女は魔法の研究が大好きだけれど人と話をするのが苦手な人見知りが多いのです。
明るい色の服なんて恥ずかしくて……。
(黒一色なら面倒なコーディネートなんて考えなくて済むじゃない)
お茶会で何を話せば良いの?
(魔法の専門知識だけで良いなら、何時間だって話すわよ)
新しい魔法の開発は楽しいけれど、それを大勢の人の前で披露するのは……。
(素人にわかるように説明するのが面倒なのよ。それに楽しくなる魔法って何よ。魔法は全部楽しいじゃない?)
魔女は本当に魔法以外何もできない人が多いのです。魔法においては優秀なのですけれどね。
そんな中、一人の魔女の意見がみんなの心をとらえました。
「人助けをすれば良いのではないかしら。一人の魔女が年に一回、誰かを助けるの。百人の魔女がそれをすれば、一年間で百回、魔女が良いことをしたことになるわ」
一年間で一回だけ、誰か困っている人を助ける。それなら自分にもできるかもしれない。
魔女達の顔が明るくなりました。
こうして、魔女達の“一日一善”ならぬ『一年一善作戦』が始まることになったのです。
◆◇◆◇◆
ターニャは困っていました。
彼女は同じ魔女仲間にも話しかけられないような、口下手なのです。そんな自分に人助けなんてできるのでしょうか?
すると、同じように不安に思っていたらしい魔女達の会話が聞こえてきました。
「私に人助けなんてできるのかしら?」
「一年にたったの一回よ」
「人と話をしなければならないのでしょう?」
「そうねえ。⎯⎯そうだわ。贈り物ならどうかしら?」
「贈り物?」
「困っている人に必要な物を贈るのよ。それなら手紙を付ければ話さなくても良いわ」
「なるほど!」
荷物を片づけるふりをしながら二人の会話を聞いていたターニャも、思わず「なるほど!」⎯⎯と、声を出しそうになって、あわてて口をおさえました。
盗み聞きしていたのがばれてしまうところでした。
人づきあいが苦手なターニャでも“贈り物作戦”ならできそうです。
すっかり安心したターニャは、家に帰って大好きな魔法の研究を始めると、会議で決まったことなどすっかり忘れてしまったのでした。
◆◇◆◇◆
一年が過ぎました。
今日は大晦日。つまり、一年の最後の日です。
ターニャはお茶を飲みながら、この一年の魔法の研究成果を思い出していました。
とても充実した一年でした。
窓の外にはチラチラと雪が舞い始めていました。
まだ昼ですが、厚い雲に隠れて、お日様の姿は見えません。
今夜は寒くなるでしょう。
また新しい年が始まるな⎯⎯と、思いながら少しずつ積もる雪をながめているうちに、ターニャは何か大事なことを忘れているような気がしました。
そういえば、次の世界魔女会議は年明けの四日です。旅の支度をしておかなければ……はて、魔女会議?
⎯⎯⎯⎯あっ!
ターニャは思わず立ち上がりました。
忘れていました。『一年一善作戦』です。
この一年。一人で魔法の研究ばかりしていました。
人と話すどころか、誰の顔も見ていません。
魔法の呪文を唱えていなければ、言葉を話すことも忘れていたのではないかと思うような一年でした。
そんなターニャが誰かを助けられたわけがありません。
大変です。
会議で決まったことを破ると罰則が有ります。
一年間、世界魔女会議の事務局で仕事をしなければならなくなるのです。
世界中の魔女達から送られてくる書類を処理する仕事です。
ターニャは、一人で黙々と書類仕事をするのは、べつに嫌ではありません。
でも、事務仕事をしていたら魔法の研究をする時間が減ってしまうではありませんか。
それぐらいなら、人とちょっと話すほうがまだましです。
焦ったターニャが振り向くと、壁のフクロウ型の時計鳥が「ホゥホゥ、お日様は西に傾いたところ。沈むまであまり時間が無いぞぅ。ホゥホゥ」と、鳴きました。
まだ間に合うかもしれない。
ターニャは箒に飛び乗りました。
なるべく近くで人がたくさんいる場所へ。
ターニャは王様のお城がある都を目指しました。
急いで困っている人を探し、その人が欲しい物を贈るのです。
日付が変わるまでに、今年が終わってしまう前に⎯⎯。
もう一話投稿しています。