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6 調査するエルメス

 魔境の調査は誰もが受けられるものではない。

 依頼の達成率、達成した依頼の難易度、ギルドからの信頼、そしてスキルが考慮される。

 探査系、あるいは知識系スキルだ。リックたちのパーティーで言えば、斥候系のスキルを持つバットだ。彼には探知系のスキルがある。

 実際の探知能力では、エルメスの方がはるかに上であることは、最初の合同依頼で判明している。


「う~ん、前よりも魔物の数が多いですね~」

 一戦終えた後、リックはそう言って頭を掻いた。

 ギルドから渡された地図に、バットが遭遇した魔物の種類と数を記入している。

 一方のエルメスは嬉々として、倒した魔物を収納していた。

 魔境も深くなると、なかなか荷車を使うことも難しい。

 せっかく用意した物だが、今は一時的にエルメスの魔法の袋の中に預かっている。

 ついでに皆の非常食や荷物もだ。水筒だけは念のために各自で持っているが。

 おかげで調査の足は速い。


「大気中の魔素自体が、確かに濃くなってるな」

「え! 分かるんですか!?」

「いや、だって俺、魔術師だし」


 魔力感知というスキルを持っていないと、そもそも魔術は使えない。

 魔力感知、魔力操作、魔力制御の三つのスキルに加えて自身も大きな魔力を持っていないと、魔術師にはなれないのだ。

 何を今更、とエルメスは思ったのだが、魔術に無知な人間からしたら、そういった知識もないのかもしれない。

 地方の村でも、魔術師の一人や二人はいそうなものだが。


「あの、するとひょっとしてエルメスさん、魔素の濃い、怪しそうな方向とか分かりますか?」

 おそるおそる問いかけるバットに対して、エルメスは北東を指差した。

「あっちだな」

「早く言ってくださいよ!」

「だって元々そっちに向かってただろ?」

「そりゃそうですけどね!」

 エルメスはこういうところでも微妙にポンコツである。




 水場を見つけたので、少し速いが昼食を取ることにした。

 先ほど狩った猪の魔物を、血抜きしながら解体するエルメスである。

『弱殺』

 寄生虫などがいる可能性のある肉を、生のまま食べるために編み出した魔術。

 その無駄に高度な魔術で、エルメスは内臓を処理する。

 まさに血の滴る肝臓を食べて、異端の魔術師はにっこり微笑んだ。


「……生で食べたら、腹壊しますよ?」

「ああ、それは処理の仕方がまずいんだな。動物によっては生でも食えるぞ。特に魔物系は――」

「マジですか」

「魔物系はだめだけどな」

「……ややこしいですね」

「魔物系は内臓とか強いから、寄生されてたりちょっとした病気でも平気なんだ。普通の獣は弱いから、寄生されるとすぐ死ぬ。つまり死んでないやつは割と大丈夫」

「あれ? 今食べたの魔物ですよね?」

「そうだな。猪系は特にダメだ」

「あれ? 今食べたの猪系ですよね?」

「そうだな。処理の仕方にコツがいるな」


 微妙にかみ合っていない会話を続けるエルメスとリックである。

「……俺も親父からは、猪は生で食うなって言われた」

 バットがぼそりと言うが、エルメスの反応は早かった。

「そもそもなぜ猪の生がダメかというと、猪は寄生虫に強い動物だからだ。あと雑食で木の根とかを食べるときに、土の中の菌や卵を一緒に食べてしまう場合がある。すると胃酸に耐性のある菌や虫が体の中で孵って繁殖するわけだ。猪が寄生虫に強いというより、寄生虫に強いタイプの猪しか生き残らんかったと言うべきかな。だから魔物に限らず猪に限らず、生肉を食べるときは弱い毒の魔術で――あ、毒と言っても人間には無害なぐらいで、卵状態の虫とかを殺すわけだ。すると生でも食べられる」

 長い。

 エルメスは普段、せっかくの専門知識を披露する機会がないので、こういう時には早口になってしまう。

 寄生虫や雑菌の詳しい知識のないリックたちは、困惑するのみである。

「……というわけでこいつは大丈夫だから、食うか?」

 リックたちはご相伴にあずかった。




 調査は続く。

 パーティーは歩き続ける。

 農村育ちでそれなりの肉体労働もしてきたリックたちに対し、街育ちで基本はデスクワーク中心だったエルメスが、勝てるはずはない。

 まあ採取依頼をこなすので、それなりに歩く体力はついている。だが近接戦闘職として鍛えたリックたちほどではない。

 よってエルメスはポーションを飲む。自作の回復ポーションだ。

 味は不味い。材料がゴブリンの内臓だし。


「エルメスさん、それ、ポーションですか?」

「ああ。体力回復、疲労軽減の効果がある。もちろん販売したら違法だ」

 リックたちはあの最初の討伐依頼において、エルメスからポーションを貰った。

 あの時エルメスも言っていたが、後に確認して知っている。身内のみで使うならともかく、自作のポーションを無許可で――もしくは無資格で販売するのは違法だ。

 もちろんエルメスにそんな資格はない。


 結局あの時は、ゴブリンとの戦いで少しだけ傷を負った者は使い、残った分はエルメスに返した。

 後にエルメスの助言どおりにポーションを買ったリックたちだが、明らかにエルメスのポーションの方が優れていた。

「自作ポーションの販売は犯罪だって聞いたけど、物々交換ならどうなんだ?」

 正直なところ、冒険者の命綱であるポーションは、リックたちにも必需品である。

 値段どうこうを除いても、効果の高いエルメスのポーションの方が、冒険者にとっては魅力的である。

 しかしエルメスの答えは非情であった。

「違法だ」


 最初に明文化された時点では、金銭の授受がなければ合法と言うか、脱法の範囲であった。

 しかし犯罪組織が未熟な魔術師や薬師、練成師を集めてポーションを作らせた事件で、法律が改正された。

 ポーションの作成によって生計を立てていたら、それが販売という形でなくても犯罪となった。

 冒険者として生計を立てているリックたちに代価をもらって渡すのは、明らかに違法である。

 最初の一回ぐらいならば恒常的に行われてはいないので問題ないが、それが継続されているとなると、現実的な取引行為とみなされるのだ。


 まあポーションで本気で食べていくつもりなら、素直に犯罪組織にポーションを売ればいいのだ。

 もっともそんな手段で金銭を稼いでいたら、そのうち徴税官に目をつけられるだろう。

 他にも色々と金を得る手段はあるのだが、税務署という名の権力が、エルメスにとっては最大の敵である。

 ……だからこの間のゴブリンキングの代価の金貨も、こっそりとしまわれている。

 いざとなれば使うしかないが、それは今ではない。




 リックたちもいい加減に、エルメスという存在がどれだけ悲しいものであるか、分かったようである。

「ま、まあ! この依頼が終わったら、何か上手いもの食いに行きましょうよ! 俺たちが誘ったから、おごります!」

 そんなささやかな心遣いが、嬉しいエルメスである。

 基本的にエルメスは、栄養学的に正しければ食事など内容はどうでもいい。

 だが味が分からないわけではないのだ。

 依頼達成後の打ち上げ――。

 そんなリア充の光景を予見して、ほっこりするエルメスであった。


 小休止をいれながら調査は続く。

 時々薬草を採取しながら、エルメスは先頭を歩く。

「……エルメスさん、薬草見つけるスピード、すごく早くありません?」

 熟練者は違うな、とバットは感心していたが、返答は予想を上回るものだった。

「ああ、そういう魔術だからな」

 そんな魔術、バットは知らない。


「探知魔術の一種だ。薬草の特徴を探知するようにしておけば、範囲内に薬草があれば、自動的に分かるんだ」

「へ~、そんな魔術あるんですか? でもそんな魔術あるなら、採取依頼なんて必要ないような」

「いや、俺が作ったから」

 またこれである。

「魔術を? 作った?」

「普通ある程度の魔術師なら、冒険者なんかしなくても稼げるからな。それでも冒険者やってるような魔術師は、薬草なんかよりももっと貴重な素材集めてるし」

 なるほど、エルメスらしい理由である。

 だがおそらくその魔術も、妙に高度でエルメスぐらいしか使えないのだろう。




 やがてまた何度かの戦闘があり、そろそろ野営の場所を探そうということになった。

 意外と言えば意外なのかもしれないが、エルメスは魔境で野営をしたことがないという。

「ああ、これだけは俺たちが先輩ですね」

「そうだな。今までは浅いところまでしか来たことなかったし」

 そう言いながらエルメスは、野営に適した水場の近くを見つけてくれた。

 探知魔術は万能なのか。


「それじゃあ見張り番だけど、エルメスさんは最初と最後、どっちがいいですか?」

 魔力の回復のためには、睡眠時間をまとめて取った方がいい。その程度の知識はリックたちにもある。

「え? 魔術師いるのに見張りいるのか?」

「え?」

「いや、魔術で見張っておけばいいだろ?」

「え、あ、そういうものなんですか?」


 エルメスは用心深い男であるので、趣味の範囲で野営の道具を作ったりもしている。

 それに使う素材などは、自分で見つけたものだ。売ればそれなりの金になるが、鑑定スキル持ちでないエルメスの場合、手数料がかかってあまり高く売れない。

 なのでどうせならと作ってしまうわけだが、頭脳の無駄遣いとまでは言わないが、もう少し現状の改善に力をかけるべきではないだろうか。


 そんなエルメスは袋から小さな石を取り出し、四方に置いた。

 軽く魔力を流すと、薄く輝く結界が発生する。

「気体は通すが液体と物体は通さない結界だ。これに加えて動体探知結界を使うことによって、不意打ちはほぼ防げる」

「あ、さすがに万能じゃないんですね」

「アストラル系のやつは無理だな」

「……それって、見張ってても無理なやつじゃないですか?」

「いや、魔術師なら眠ってても気付くから。安心して寝てろ」


 果たして普通の魔術師は、そんなことが可能なのだろうか。

 おそらく可能ではないのであろう。なんとなくだがそう思う。

 直感スキル持ちでないリック以外のメンバーも、直感的にそう思った。


 食事を終え、火の番はどうしようかと話し合うと。

「ああ、持続的に燃え続ける火にしておくから」

 とエルメスが解決してくれた。

「汗かいたしな~」

 そういいながら、明らかに魔法の袋にも入りそうにない、巨大なそれは……。

「これ? 携帯風呂。俺貧乏だけど、風呂に入るのは好きなんだよ~」

 石造りの携帯風呂を収納する魔法の袋など、あるのだろうか。いや、目の前にあるのだが。


 結界を張っても魔境で風呂に入るというのは、あまりにも非常識だとリックたちは思った。

 常識うんぬんよりも気分的な問題で、エルメスは風呂に入った。

「あ゛~」

 風呂はいい。まさに文化の極みだ。

 ちろちろとリックたちが見ているが、まさか同性愛者ではないだろう。

「エルメスさん、細いけどそれなりに鍛えてますよね」

「あ~、太るほど食べてないからな」

 食べられない、の間違いである。


 なんだかんだ言って、エルメスの残り湯をもらうリックたちである。

「う゛お~」

 まさに風呂は文化の極みだ。

「街の公共浴場とは、全然違いますね~」

「上を見ろ。すごい星空だぞ」

「綺麗っすね~」

「知ってるか、お前ら。あの星の一つ一つが、本当は太陽と同じか、それ以上に強い光を出してるんだぞ」

「え? いや、エルメスさん、さすがに星と太陽は違うでしょ。エルメスさんの言うことでも、それは嘘だって分かりますよ~」

「そもそも星って、神様や神様に選ばれた人がなるものでしょ。それで流れ星が流れた時、英雄が誕生するっていう」

「う~ん、そこからか……」


 正確な科学知識を披露したくて仕方がないエルメスである。

 しかしそんな知識が果たして必要かどうかということもあるし、引かれてしまったらエルメス自身が傷つく。

 エルメスは悪意に対しては平然と対処出来るが、普通の人間から距離を置かれるのには痛みを感じるのだ。

 スキルを持たないという、この世界における圧倒的な疎外感。悪人や外道は同じく世界から排除してしまえばいいが、一般人からは排除される対象となるエルメス。

 彼は傷つきやすいのだ。


 だから彼は、魔術に関しての簡単なことを話してみた。

 彼にとっては簡単で常識的なことだが、リックたちにとってはものすごく珍しいことなのだという認識はない。

 和やかな夜は更けていく……。

「え、寝る前に体操するのって、そんなに効果があるんですか?」

「ああ、体を鍛えるのには超回復という理論があってだな」

 実践的でもあった。




 朝。

 調査の二日目である。

 一応調査範囲内を考えて、必要日数は四日を予定していた。しかしエルメスの探知が凄まじいので、どうやら今日の昼には範囲内を調査し終わり、夕方か日没には街に帰れそうである。

 そう考えていたのはリックたちだけであった。


「まずいな」

 エルメスの呟きに、びくっと震えるリックたち。

 エルメスがそんなことを言う時は、本当に何か特別な問題が起こっているのだ。

「あ、あの、何がですか?」

「いや、調査の目的なんだが、魔素が増加していると言っただろ?」

「あ、そうですね」

「普段は地脈の乱れで魔素が増加するんだが、これがある域を突破してしまうと、あれが出るんだよ」

「あれってなんですか。もったいぶらないで言ってくださいよ」

「いや……ダンジョンだよ」

「大問題じゃないですか!?」


 ダンジョン。それは魔素の暴走により発生する、人知の及ばぬ世界。

 たぶん人間の妄想が入ってるんだろうな~とエルメスは考えているが、下手に神格化している頭のおかしい人間も多いため、滅多なことは言えない。

 そしてエルメスの案内のまま進むと、わずかにふくらんだ丘に、ぽっかりと穴が開いていた。

「……ただの洞窟じゃ?」

 リックの希望をバットが絶つ。

「地図にはないな」


 ダンジョンがどういった理屈で生まれるのか、またどういった意図を持っているのか、この世界では完全には解明されていない。

 だが事実としては、その中は魔素に満ちて強力な魔物が棲み、強大な”主”が存在する。

 もしダンジョンが生まれてしまえば、その周辺の居住地は、凶暴な魔物の被害に怯えなければいけなくなる。

 ダンジョンの発生とは、つまり天災なのであった。


「で、どうする?」

 リックたちはしばし考え込んだ後、一斉にエルメスを見た。

 視線に晒されたエルメスは、少し照れて顔を反らした。

 彼はシャイなのだ。


「まあダンジョンらしきものを発見、で依頼完了だと思うが」

 さすがにエルメスも、未発見のダンジョンに潜ったことはない。

 知識としては生まれたばかりのダンジョンは、まだ魔物も弱く、この時点で主を倒すことが推奨されている。

 主を倒されたダンジョンは、徐々に小さくなり、やがて消滅するという。

「入ってみないか?」

 思いもよらないエルメスの提案であった。


 エルメスは基本、危険には近寄らない。

 なぜなら彼は自分の本質は研究者であり学者であり、冒険者ではないと思っているからだ。

 だから誕生直後と見られるダンジョンなど、本来ならば入るはずもないのだが。

 知的好奇心が優った。

 誕生直後のダンジョンの調査など、国の一流の調査員が軍を引き連れて行うものだ。

 それよりも先に、自分が調べる。この誘惑にエルメスは勝てなかった。


「エルメスさんがそう言うなら……」

 危険はないのだろう、と思ってしまうパーティーは、危機感が足りない。

「いや、でも、エルメスさん、本当に大丈夫なんですか?」

 リックは直感的に危険だと思った。直感スキルとは素晴らしく便利なものなのだ。本来は。

「そりゃ危険だけど、冒険者自体が危険なわけだし。なんなら道歩いていても、石に転んで死ぬ可能性はあるんだぞ?」

 エルメスも多少は調子に乗っている。だが本心でもある。

「まあ、じゃあ、分かりました」

 かくして最高でランク4の冒険者が、ダンジョンの中に入ることとなった。

 ギルドの推奨する、ダンジョンに入る冒険者の実力の目安は、最低で5である。 

次回、エルメスさん無双! 

……嘘です。地道に探索します。

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