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4 裏社会のエルメス

 帰路、リックたちは有頂天だった。

 狩ったのはただのゴブリンではなく、上位種である。エルメスは自分の倒した分も含めて、その報酬をエルメスとリックたちとで山分けすると宣言したのだ。

 ほとんどの段取りはエルメスがつけ、多くのゴブリンを倒したのもエルメスであるが、彼は最初の約束を守った。

 採集などは自分の物。ゴブリンは二等分というものだ。

 普通の冒険者なら、たとえ事前の約束があったとしても、成果と役割を主張した上で、取り分を多く主張するところだ。

 だがエルメスは約束だから、の一言であとは何も主張しなかった。


 キングも含めたゴブリンの群れ100匹を半分。

 それはリックたちにとって、目にしたことがない大金が得られることを意味する。

 戦闘で装備はそこそこ傷んでしまったが、それを除いても半年は遊んで暮らせる金が得られるであろう。

 いや、ここはやはり、武装をさらに整えるべきだろう。今回はエルメスが用意してくれたポーションだが、次は買えるだろうから、少し難しい依頼を受けてもいいかもしれない。


 そんなリックたちの内心を完全に読み取って、エルメスは忠告をしてやることにした。

 半分は好意、もう半分は自分の保身のためである。

「おい、ギルドに戻っても、倒した数や剥ぎ取った素材を、そのまま報告するんじゃないぞ」

 エルメスの言葉にリックたちは、まさに困惑した表情を浮かべた。

「大袈裟に吹聴するつもりはないけど、依頼だぜ? どのみち素材や討伐証明部位を出したら、分かるもんだろ?」

 槍使いのバルスが当然のように間違ったことを言うので、またさらにお節介かとも思ったが、自分のためにもエルメスは説明しようとした。


 小休止のためやや開けた魔境の中に座り、エルメスは解説を始めた。

「まず、今回俺たちが経験したことを正確に報告すると、どうなる?」

「そりゃあまあ、けっこうな騒ぎになるだろうな」

 リックの漠然とした物言いに、仲間達も頷く。

「けっこうじゃない。キングがいたらスタンピードで大騒ぎだ。もしも近隣の村が襲われてたら、全滅したのは間違いないだろうからな」

 大都市の近辺には、その需要を果たすべく、主食の作物を栽培する農村が多い。海路もあるが、交通が天気に左右されにくいことから、陸路による需要がなくなることはない。

 ゴブリンが都市を直接襲ってきたなら、冒険者だけでなく衛兵や騎士も出て、間違いなく討伐出来ただろう。

 だがそこを避けるだけの知恵を、ゴブリンは持っている。襲われるのは村で、おそらく二つぐらいの村を蹂躙した後、魔境へ消えるか準備された軍に叩き潰されるだろう。

「そんなものを、新人四人と採集専門の俺が倒した。どう思われると思う?」

「……少なくとも、変だとは思うだろうな」

 それでも話が見えない四人。だが、次のエルメスの言葉で、さらに混乱する。

「俺は今回討伐した分のゴブリンは、ギルドに報告するつもりはない。元々採集依頼が目的だったしな」

 目を丸くする四人。エルメスの言いたいことがさっぱり分からない。

 順序だてて説明しないと、それも当然だろう。エルメスは革袋から水を飲んで、唇を湿らした。


 実績のなかった人間が、突然凄まじい戦果を上げた。それに対して、世間はどう思うか。

 スタンピードが発生したことは間違いないと分かる。討伐証明部位があるから、それは確かだ。剥ぎ取って時間が経過してないのも分かるから、何かの小細工という線はあまり考えられないだろう。

 しかし、本当に四人が、エルメスを入れたとしても五人がそれを成したというのは、間違いなく疑われるだろう。


 まず動くのはギルドだ。事態の脅威度からして、リックたちの話を詳細に聞くのは間違いない。

 リックたちが正直に事情を告げる。するとエルメスの名前が出てくる。そしてエルメスという人物は、どういう存在か。

 スキルを持っていない。つまりは人間でなく、あるいは動物ですらないかもしれない。

 聖職者の中にはエルメスを嫌悪している者もいる。なぜならスキルは、神々が認めた証であるから。

 真実がどうかはともかく、この世界での常識はそうなっている。


「兄ちゃんがスキル持ってないわけないだろ! いくら魔術に詳しくない俺たちでも、あんなに魔術使える魔術士が、スキル持ってないはずないことは分かるぞ!」

 興奮するリックに対して、思わず苦笑いのエルメスである。

「正直に言うとな。俺もこれは、スキルがないんじゃなく、見えなくなってるだけじゃないのかとも思うんだ。エルクレントの寵愛なんてものの詳細は、書物をいくら調べても出てこなかったからな」

「エルクレントって、大神じゃん! 寵愛持ちなんて、俺初めて見たぜ!」

「リックの加護より上なんだろ? 祝福持ちはだいたい歴史書に載るようなことしてるらしいけど、寵愛持ちってそれより上なんじゃないの?」

「剣王アーマンドとか、魔道王ハメルとかな」


 剣王アーマンドは武神の祝福を持った英雄で、その一閃が山をも砕いたという、実在した伝説の人物である。魔道王ハメルは、都市国家一つを丸ごと炎で溶かし尽くしたという逸話がある。

 ハメルの持っていた祝福は、エルクレントの従属神である、魔術の詠唱に使う言葉の神のものである。つまりエルクレントの祝福を所持する者は、それよりもさらに驚異的な才能を持っているということでもあるのだが。

 さらに寵愛というのは……。そもそも歴史に残っていないのではないか?

「そもそもスキルを見る鑑定の魔術自体が、俺には効果がないのかもしれない。そう思うと、少しは劣等感も薄れるんだがな」

「よく分からないけど、そうだって! 兄ちゃんの強さでスキルなしなんて、絶対おかしいよ!」

 リックは熱烈にそう言うが、背後の三人は顔を見合わせている。

 スキルは絶対のものだ。それが世界の常識であり、三人にとっても常識なのだろう。

 リックがエルメスの説明に納得出来るのは、彼がかなり汎用的に使えるスキル『直感』を持っているからであろう。


 理解者が一人でも増えたことは嬉しかったエルメスであるが、話はそもそもそういうことではなかった。

「まあ、俺のことはともかくな。お前達はゴブリンの討伐証明部位と素材を、何回かに分けてギルドに持ち込め。本当ならかなりの間隔を空けたほうがいいんだろうが……まあリックなら直感的に分かるだろう」

 それでしばらくして上位種を出せば、納得もされるだろう。才能の豊かなリックであれば、かなりの速度でランクが上がっても不思議ではない。

「討伐依頼金と、上位種までの素材を合わせれば、かなりの金になるだろう。残念だがキングは価値がありすぎて、普通には処理できないから、俺が裏の道に持っていく。それでいいか?」

 リックたちは悩んだ。一応リックがリーダーではあるが、全てを自分で決めるわけではない。戦闘ならともかく金銭に関しては、さすがに話し合いをしなければ後でもめかねない。

 やがて頷いた彼らに対して、エルメスは複雑な感情を持ちつつ、前途が明るいものであれと願っていた。




 街にはその大きさに比して、闇の部分がある。

 それはある意味、必要悪な部分もあるとエルメスは思っている。自分や知人に被害が起こるならともかく、全ての細かい悪事まで、自分一人で抱え込めるわけはない。

 商会で働いていた頃、やや黒に近い灰色の部分に、エルメスは接触していた。いつでも切れる人員に、危険な役割をさせていたということだ。

 実際にはこれはエルメスの数少ない伝手となり、裏社会の考え方も分かったので、かなりありがたいと言えるのも今だからこそである。


 寂れた酒場には客もおらず、二つしかないカウンター席に、エルメスは座る。

 どさりと置かれたずだ袋に、初老のバーテンの視線が向けられる。

「ゴブリンキングの素材と、討伐証明部位だ」

 慣れた動作で素早く中身を見たバーテンは、カウンターの上に数枚の金貨を置いた。

「少し多いな」

「あんたが信用されてきたというのと、近く関わってもらいたい大きなヤマの前金だな」

「断れるものならいいが、断れないものなら受けない」

「それなら次の取引で、その分を減らすさ」


 裏の世界を知って数年、エルメスはむしろこちらの方が、スキルの有無が人の価値を左右しない社会だと思いつつある。

 スキル以外の部分で使える人間がいることを、ちゃんと理解しているのだ。もしくは使い捨ての人材に、スキルなどは求めない。

 しかしこちらの世界に染まろうと思ったことは一度もない。

 人が世界で生きていくためには、世界に合わせて自分を削るか、自分に合わせて世界を変えるしかない。

 そして大半の人間は、前者を選ぶことになる。エルメスのような、世界に合わせられない者を除いて。

 だから彼は誓ったのだ。

 己のために世界を変えると。

 それが言わば、彼の生きる理由である。


 無用の交渉や雑談など望まず、エルメスは店を出ようとした。

 だがその一歩先に扉は開かれ、武装した男が三人、店の中に入ってくる。

 珍しいことだ。少なくともエルメスの知る限りでは、このようなことはなかった。

「ここにいるもんを叩き潰せたら、雇ってくれると聞いたんだが……爺さんの方じゃないよな?」

 その台詞で、エルメスは悟った。

 知人であり、協力者ではあるが、絶対に友人とも仲間とも呼べない男の顔を思い浮かべる。

「アーノルドがそう言ったのか?」

 すぐに冷たい無表情を浮かべて、エルメスは男達を見る。

 そして悟る。男達は、アーノルドの眼鏡には適わなかったのだと。


 エルメスの鑑定は、冒険者であればそのランクまで看破することが出来るし、神の基準であるらしき、罪業の深さも分かる。

 そしてアーノルドがここに送ったということは、そういうことだ。

「おうよ。冒険者ランク6というのも、なかなかそれだけじゃ食っていけなくてな。スキルだけで通用しないのも、こちらの社会の流儀だろう?」

 ランク6の冒険者など、普通であれば引く手数多だ。たとえ文字の読み書きさえ出来なくとも、最低でも常備兵として採用されることは間違いない。


 だが、それよりは冒険者として稼いだ方が、やはり金回りは良くなるだろう。男達の年齢を見るに、まだ安定した生活を求めるようには見えない。

 何より高位の冒険者は、定職に就くよりも稼げる場合が多い。エルメスが猛烈に願う定職よりもだ。

 それにも関わらず裏の社会に入ろうというのだ。つまり何か犯罪を犯したということで、エルメスもそれを看破していた。この巨大な都市の中であれば、犯罪者であろうと裏の社会で良い生活が出来るとでも思ったか。

「裏には裏のルールがある。アーノルドが俺に紹介したなら、お前達は下っ端としても役に立たないと思われたんだろうな」

「んだとてめえ!」


 手を伸ばしてこちらを掴もうとした男に、エルメスは軽く杖を向けた。

 相手は魔術士。ならば接近戦では敵ではないと思ったか、男達は軽率であった。ランク6という、ちょっとした都市国家であれば最高レベルの冒険者であるという現実も、慢心や油断につながっていたのだろう。

 いや、エルメスの元に送られた時点で、彼が気まぐれを起こさない限り、運命は決まっていたのだが。


 そしてエルメスは気まぐれを起こさなかった。


 手を伸ばしたその姿勢のまま、男は凍り付いていた。

 それに気付く前に、残りの二人も凍り付いていた。

 同時発動と無詠唱。どちらも熟練の魔術士でさえ使えない、高等スキルである。

 動かなくなった男たちを時空収納に放り込んで、エルメスはバーテンに声をかけた。

「アーノルドに言っておいてくれ。処理費用を忘れるな、と」

 そのまま後も見ず去っていったエルメスを見送り、バーテンはどっと安堵の溜め息をついた。




 この世界にはスキルがある。スキルが全てを支配していると、大勢の人間は勘違いしている。

 しかしリックやアーノルドのように、直感スキルを持っていれば、エルメスのような例外には気付くのだ。

 そういった者たちが力を握れば、多少は暮らしやすくなるかもしれない。そんな淡い希望を、エルメスは抱いている。


 だがこの時、彼はそんな遠大なことは欠片も考えず、下宿への路を歩いていた。

 途中の神殿で、また食事を貰おうと考えながら。柔らかい笑みを浮かべて。


 エルメスの推測。リックの直感。彼のスキルが分からない理由は、ほぼ正しい。

 しかしそれを論理的に考えられる者は少ない。真実に辿り付く者は数えるほどだろう。そして証明する手段がない。

 鑑定が魔法である以上、鑑定阻害スキルを生まれ持って最高レベルで持っているエルメスを看破するのは、神の寵愛を受けた目を持つ者だけである。

 つまりスキルではなく、ギフトを持つ者だ。

 そしてそのような神の寵愛を受けた者が、同時代の同地域に現れることはほぼない。


 エルメスは、今はまだ一人の魔法使いである。

 魔術士と、魔法使いは違う。

 魔術士は、魔術を使う者だ。それに対して魔法使いは、世界でその者にしか使えない魔術以前の『現象』を使える魔術士を指す。

 なぜならそれは魔術を超えたもの、魔法を使う者であるのだから。

 後に『盲目』の二つ名で知られることになる彼は、今はまだ一人の、自称魔法使いであった。



―――――――


・名前:エルメス

・年齢:21歳

・種族:人間

・二つ名:スキルなし

・ギフト:エルクレントの寵愛

・冒険者ランク:3

 以下、鑑定不能

・レベル:158

・職種:無職(求職活動中)



・能力値

生命力:320

魔力:50044026


・パッシブスキル

怪力:レベル9

再生:レベル7

肉体異常耐性:レベル10

精神以上耐性:レベル10

魔力超速回復:レベル10

魔術耐性:レベル10

無詠唱:レベル10

詠唱破棄:レベル9

魔力感知:レベル10

魔力制御:レベル10

魔力吸収:レベル10

魔術無効化:レベル10

身体強化:レベル10

魔術強化:レベル10

魔術操作:レベル10

魔術常時発動:レベル9

消費軽減:レベル10

敵意感知:レベル7

博物知識:レベル10

汎用知識:レベル9

科学:レベル9

記憶強化:レベル10

特異知識:レベル9

総合事務:レベル4

集中:レベル10

直感:レベル9

   他多数


・アクティブスキル

五大属性魔術:レベル10

時空属性魔術:レベル8

術理属性魔術:レベル10

物理属性魔術:レベル10

召喚魔術:レベル8

鑑定魔術:レベル10

治癒魔術:レベル9

錬金術:レベル9

超速思考:レベル9

手術:レベル5

料理:レベル2

予知:レベル1

算術:レベル9

気配隠蔽:レベル8

追跡:レベル3

格闘術:レベル5

打撃術:レベル5

剣術:レベル2

槍術:レベル3

投擲術:レベル5

回避:レベル2

対人戦闘:レベル5

姿勢制御:レベル8

限界突破:レベル10

気配遮断:レベル9

魔術破壊:レベル10

   他多数


・特殊スキル

前世知識

絶対魔法防御

超遠距離戦闘:レベル9

スキル鑑定遮断:レベル10

オーバースキル(魔術):レベル7

エルクレントの権能:レベル7

模倣:レベル5

転生

   他多数


・称号スキル

転生者

賢者

不遇者

生命力と魔力は成人の平均値は100。

スキル限界を既に突破しているという……。

明日からは一日か二日に一度の投下となります。

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