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2 冒険者のエルメス

本日二本目です。

 神殿で質素ではあるが暖かい食事を腹に入れた後、エルメスは冒険者ギルドに向かった。

 そう、この世界には冒険者が存在する。

 この世界におけるそれは、食い詰めた農家の次男三男や、家業を継げないやはり次男以下の人間や、果ては身寄りのない人間が独立してから、とりあえず生きていくために登録するものだ。

 日雇いの職を斡旋する、職業案内所に近いだろう。エルメスの認識としてはそうだ。


 実際には荒事の依頼もあるのだが、本来ならば都市の近郊にそんな戦闘力を必要とする依頼が出ることはあまりない。

 それでもこの都市は、大都市としては珍しく魔境が近くにあるので、比較的地方の街と同じぐらいにはそういった依頼もある。


 冒険者として日雇いでも経験を積み、スキルを取得して正職に就く。

 地方から出てきた若者にとっては、それは珍しい選択肢ではない。

 また魔境で魔物を狩り、その素材を買い取ってもらうことに専念したり、冒険者としてのランクを上げて、傭兵や衛兵として就職する者も多い。

 さらに珍しい冒険者としては、戦闘力を高めてギルドの推薦を貰い、貴族の護衛として就職することもある。

 地方の魔物が多い街では、功績を認められて一代貴族になったという例もないではない。

 はるか昔には、冒険者出身の男が、自分の国を興したという事実もある。

 だがそれらは、結局のところ奇跡のような例外なのだ。

 そして全てにスキルによる保証がある。


 エルメスは依頼表の貼ってあるボードを、丁寧に眺めていた。

 彼の目的である依頼は、魔物の討伐といった、華々しいものではない。

(あんまりいいのはないな)

 薬草や鉱石といったものの採取が目的である。


 体力の回復や怪我の治療に使われるポーションは、常に需要のあるものである。

 多くは魔境に生息する、それらの原材料を採取するのは、冒険者の仕事としては珍しいものではない。

 もっとも需要が常にあるとは言え、欲しがる度合いにもよる。その買取価格は日夜上下しているので、確実な収入が得られるわけでもない。

 大量生産して、確実に使用期限内に売れていくものではないのだ。

 よって先に買い取り価格を確認してから採取するというのが、賢い冒険者である。

 だがこの日は、ほとんどの材料の買い取り価格が安い。たまにはそういう日もあるのだが、エルメスにとっては頭の痛い現実である。




「なあなあ兄ちゃん、ちょっといいか?」

 かけられた声に振り向いた先には、四人の少年達がいた。

 エルメスは彼らに見覚えがある。同じ冒険者だから、顔ぐらいは知っていてもおかしくはない。

 だが接触するのは初めてだ。


 確か彼らは肉体労働の日雇いを受けて、それをこなしていた冒険者だったはずだ。

 しかし今の彼らは、古びた防具に新しい武器を持ち、荒事に出かけそうな格好をしている。

 おそらく日雇いで得た金を貯めて、武器と防具を買ったのだろう。見ただけでもそれは分かる。

「なんだい?」

 とりあえず応じたエルメスに対し、リーダー格らしき少年が話しかけてくる。

「兄ちゃん、けっこうベテランの冒険者だよな? それに杖も持ってるし、魔法も使えるんだろ? 冒険者のランクを教えてもらってもいいかな?」

 冒険者のランク。基本的にはこなしてきた依頼の数と、その難易度、そして達成率でランクは上がっていくものだ。

 だがここでも、スキルの有無が関係する。採取にしろ戦闘にしろ、スキルがなければ4以上のランクにはならない。

 仕事内容さえもスキルが必要なのだ。


 あまり教えたがらない人間もいるが、エルメスにそういったこだわりはない。

「3だな」

 それを聞いた少年は、肩の力を抜いて話を続けた。


「俺たちそこそこ日雇いの仕事をしてきたんだけど、この間ランクが2に上がったんだ。それで装備も買えたし前から思ってた、ゴブリン退治の依頼を受けようと思ってるんだ」

 ゴブリン退治。戦闘系の依頼としては、最もポピュラーなものと言えるだろう。

 討伐系の依頼はランク2以上から紹介してもらえる。

 実際のところは3はないと、ちょっとしたものでも討伐は難しい。大物の依頼を受けられるのは4になってからだ。

 ゴブリンはとにかく多いので、その中でも例外だ。


「これでも腕っ節には自信があるし、ギルドの教官からも訓練は受けてた。村でははぐれのゴブリンとか魔物を狩ったこともあるけど、初心者が無茶して死ぬことって、初めての実戦が多いんだろ? 兄ちゃんは日雇いの仕事場で見ないから、街の外の魔境に行ってるんじゃないのか?」

 ほう、とエルメスは感心した。

 つまり魔境に詳しい人間を加えたくて、エルメスに声をかけてきたということだろう。

 この少年は年齢にそぐわず、勇気よりもむしろ慎重さを備えているようだ。

(あまり良くないが、鑑定させてもらうか)

 鑑定。名前や年齢、スキルといった、個人情報を洗い出してしまう魔術である。

 もっとも熟練度によってその看破出来る情報も多寡がある。エルメスの魔術であれば、逆に制限をつけないと情報が多すぎて混乱するほどだ。

 鑑定魔術としてスキルとしては独立しているぐらいだから、その有用性は高い。

 それを自在に操るエルメスに、もちろん鑑定スキルはない。でも出来るのだから仕方がない。


 ほう、とまたエルメスは感心した。

 後ろの三人もそれなりに鍛えてあるし、戦闘に向けたスキルを保有しているが、目の前の少年は基礎が違う。

 戦闘系のスキルレベルがおおよそ一つずつ上であるし、何よりギフトがあった。

 伝説において英雄から神に至った武神の加護を持っている。将来の英雄候補と言ってもいい。

 何よりエルメスが感心したのは、それにも拘らず、少年がエルメスに声をかけたことだ。

 蛮勇の所持者ではない。理知的な人間をエルメスは好む。

 おそらくエルメスを頼りにしてくれるごく一部の人間が共通して持つ、直感スキルを彼も持っているからだろう。


「つまり俺に、魔境の案内を頼みたいのか?」

「他にも、初心者が気をつけないといけないこととか、そういうのがあったら教えてほしいんだ。だから討伐報酬は、俺たちと兄ちゃんで、二つに分けてくれればいい」

 ふむ、とエルメスは顎に手をかけた。

 悪い話ではない。熟練した冒険者が、初心者を連れて行くというのは、ギルドでも普通に依頼としてあることだ。

 もっとも簡単な依頼ではあるので報酬が安く、本当に初心者を脱した程度の者が、ギルドから頼まれて受けることが多いものだが。

「まあいい。けれど五人でゴブリンだけだと、相当の数を狩らないと美味しくない。同時に俺は薬草の採取などもしたいが、それでも構わないか?」

「ああ、分かった。魔法使いは守らないといけないからな!」

 どんと胸を叩く少年に、エルメスは微笑を見せた。




 冒険者の朝は早い。

 なぜなら依頼によって、早く出なければいけないこともあり、逆に遅く出なければいけないこともあるからだ。それならば早起きに体を慣らしておいた方がいい。

 また勤勉な冒険者ほど、日が昇ってすぐに鍛錬を始めたりする。依頼を達成して打ち上げで遅くなったりする場合もあるが、基本的には早寝早起きが冒険者の基本だ。

 まあごく単純な問題として、なかなか深夜に安価な光源を確保することが難しいのもあるのだが。

「ゴブリンぐらいなら、今からでも大丈夫なんじゃないのか?」

 まずエルメスは、街の中を巡ることから始めた。それに対する疑問を、少年が挙げたのだ。


 街から魔境の端にまで至り、そこからゴブリンを複数狩る。それだけなら確かに、昼過ぎの今からでも不可能ではない。

「幾つか理由はあるんだが、まあゴブリンは意外と、見つけようと思うと見つけにくい魔物だと言うことが一つ」

 エルメスは自分が戦闘に向いた人間だと見られるは思っていないが、少なくともゴブリンには詳しい。

 あの繁殖力に優れた生物は、最高学府の医術や魔術の実験体として、生きたまま送られてくることも多かった。研究された書物も多く読んだ。比較的内臓などの構造が人間と近かった。

 まあそれ以前の問題として、魔境に行くには少年達の装備や準備が足りなかった。


 リーダーの少年はリックといった。粗末な革鎧に長剣という装備で、接近戦では最も強い。

 ひょろっとした体格のパルスは槍使いで、力よりはその間合いを活かして戦うようだ。

 やや身長は低いがドワーフの血を引いているというメデスは、その筋力を活かして盾を持っている。得物は戦棍だ。

 寡黙な弓使いの少年はバットといって、斥候系のスキルも持っている。

 四人は近隣の小さな村の出身で、夢を抱いて大都市へと出てきた若者だ。

 実家はリックは農家、バルスは布の染色、メデスは鍛冶師、バットは猟師であるという。


 それなりに自然の環境に慣れているのはスキルを見れば分かるが、エルメスの目から見ると大切な部分が欠けている。

「あとお前達の装備に問題がある。とりあえずこれを各自一つずつ持っておけ」

 空間魔術の倉庫から取り出した小さな陶器の瓶を、リックたちに二つずつ渡す。

「これって?」

「治癒ポーションと解毒ポーションだ」

「え!? それってけっこう高いんじゃないのか!?」

 リックの言うとおり、ポーションは安い物ではない。だが冒険者として魔境に挑むなら、一つずつは持っていた方がいいだろう。

 また単なる治癒ポーションよりも、万能の解毒ポーションはさらに高い。

「それは俺が自分で練成した物だ。だから瓶は絶対に壊すなよ? この依頼が終わったら、俺に返せ」

 瓶の作成も出来なくはないが、作るよりも買った方が効率的で、しかも安い物ではないのでポーション本体を作るよりも面倒なのだ。

「兄ちゃん、薬剤師か練成師の方が稼げるんじゃないのか?」

「残念だが俺は、そのどちらの資格も取ることが出来ない」


 薬剤師も練成師も、免許が必要な職業である。

 そしてその免許の取得の前提として、スキルが必要となる。

 自分自身や身内が自己責任で使う分には大丈夫だが、販売すれば犯罪だ。

 げに世の中は無情である。


「兄ちゃん、多才なんだな」

 素直な尊敬の声を上げるリックに、エルメスは歪めた顔を逸らす。

「どれも商品としては卸せない物だ。効果は自分自身で確かめてあるが、転売したりするなよ? 作った人間よりも、売った人間の方が罰金は高いからな」

 違法な薬物ではないので牢にぶち込まれることはないが、薬と言って販売したら薬事法違反だ。確実に罰金刑は取られる。

 この国では罰金刑であれば前科として記されることもないのだが、これ以上生きにくくなるのは嫌なエルメスである。




 リックたちの所持金を知った上で、エルメスが最初に訪れたのは靴屋であった。

「靴に金をかけるぐらいなら、鎧とかをもっと立派な物にしたいんだけど」

 ある程度熟練した冒険者でも言う台詞だが、エルメスはそれを許容出来ない。

「生き残る冒険者は、走れる冒険者だ。つまり強い敵と戦うために防具を良くするよりも、逃げるための靴に金をかけた方がいい」

 それに魔境の環境は、毒を持った生物が多くいる。靴以外にも出来れば、服を頑丈で虫にさされにくい布地にするべきなのだ。


 店主と値引き交渉したエルメスは、サイズを合わせた靴を、それぞれの足にしっかりと紐で固定した。

「普段履く靴と、魔境に入る時の靴は、変えたほうがいい。普段だとしっかりした靴はかえって不便だろうが、出来ればどちらも正しいサイズで履くことだ。だが慣らすためにも魔境用の靴をある程度履いておく必要もある」

 エルメスも実践している。もっとも彼の場合は、空間魔術の倉庫に、両方の靴を入れてあるのだが。

「マントの類も、出来ればもうちょっと厚地の物を買ったほうがいいな。まあ今回は俺がいるから、万一毒に何度かやられても、解毒してやれるが」

「兄ちゃんは治癒魔術士なのか?」

「治癒魔術も使えるが、治癒魔術士ではない」

 なにしろスキルがないのだから。治癒魔術士を名乗ったら詐称である。

 治癒魔術士としてギルドに登録するにも、スキルが必要である。冒険者ギルドに登録してあるエルメスの職業は、専門でない広範囲の採集人である。これならスキルの所持が前提とならない。


 不思議そうにリックは見つめるが、その目に映るエルメスは、頼もしい先達のものであった。

 冒険者と言えば普通は、腕っ節の強い荒々しいイメージがある。良くも悪くも細かいことは気にしない。

 だがエルメスがリックに語るのは、生き残るために淡々と積み重なった知識である。

 それを素直に認めるリックにも、英雄としての素質はあるのだが、この出会いはお互いにとって良いものであった。


 そもそも冒険者には、本職の魔法使いはほとんどいない。

 火や風の属性魔術スキルをレベル2で持っていれば、それだけで魔術兵としてある程度高い給与を得られる職に就く。

 水属性は微妙だが、治癒魔術の適正を備えている場合が多いので、やはり公職に就ける場合が多い。それに水はどこでも必要な物だ。

 土属性も直接的な攻撃はともかく、土木作業では非常にありがたがられる存在だ。

 治癒魔術は医者を兼ねる場合が多く、どこでも引っ張りダコである。当然軍では医療兵として重宝がられる。

 また治癒魔術は医学の研究にも欠かせないので、当然ながら需要は多い。


 だがどんな職につくにしても、各属性のスキルレベルは2は欲しいところである。求人条件にはおおよそはっきり書かれている。そして普通ならスキルレベルを2まで獲得するのは、それほど難しいことではない。

 そこまでスキルレベルが上がらないのであれば、それはもう単に才能がないのである。

 それに魔力操作や魔力制御、魔力回復のスキルなどが揃っていれば、もう一生勝ち組であると言えよう。

 その全てを使えるエルメスが、どこにも雇ってもらえないというのも、このスキルが前提として存在する世界では、理不尽なようだが当たり前のことなのだ。

 転生者・・・であるエルメスと違い、この世界しか知らない人間には、スキルこそその人物を評価するものだからだ。




 翌日の夜明け、都市の西門に、無数の人影が集まっていた。

 全てではないが、多くがこれから魔境に向かう冒険者だ。その中には当然ながら、エルメスの姿もある。

(少し早かったか)

 普段は単独で行動するエルメスである。誰かと一緒にするような依頼など、ここ最近は受けたことはなかった。

 初心者から声をかけられることは少ないし、ある程度年季の入った冒険者は、エルメスがスキルを持たないのを知っている。

 単純に今まで、仲間と組む必要を感じなかったということもあるが。


 ふと回想に耽りそうになった頃、駆け足でリックたちがこちらへやってくる。

 彼らは下宿を二部屋、二人一組で借りているそうな。

 故郷から出てきて毎日日雇い労働。それがない日にも冒険者としての鍛錬を怠らない。

 そうしてようやく手に入れた武器と防具で、やっと本物の冒険に出るのだ。

「ごめん、遅れたみたいで」

「いや、俺が早く来すぎただけだ」

 その会話が終わるのと同時に、都市の夜明けを告げる鐘が、低く空に向かって響いた。

「行くか」

 気負いも何もなく言ったエルメスに、四人が強く頷いた。

明日もおそらく二度投下します。

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