表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の調査役   作者: 新庄知慧
21/50

21 船底のマリンパーク

「どうやって?・・・どうやっても、こうやっても、ない。助けろよ。ここにいる人ばっかりじゃないんだぜ。沢山、いるんだ。助けなきゃいけない人が、沢山、いるだろう」


「・・・・と、言いますと?」


「戦争で死んだ、みんなだ」


「はあ?」


「ゼロ戦に乗ったまま、海中に沈んだお兄さん。いや、おじいさん。お父さんもいるだろう。それに、マリンスノーの海の底で、何千年も前から、みんなを待っている、あの、女の子、ハワイに行きたかった、あの家族」


自分は、ますます、わからなくなった。


「ノートを、読んだだろう?」


「ええ。ああ、女性が書いたらしいノートも、ありました」


「そうだ、助けるんだ」


サラリーマンが、続けて、力強く言った。


「それに、おまえは、海洋学者じゃないか」


「え?」


「もっと研究して、探検して、冒険して、発見しなきゃあ、駄目でしょうが」


「・・・・・?」


「そうだろう?宇宙から来た、海洋学者だろう。いや、まだ、ある、それから・・・・」


「それから?」


「それから、…・そうだ、あんたは、俺じゃあなかったか」


そう言って、サラリーマンは、体をひくつかせて、笑った。


「・・・・あなたが、私?」


自分は、気分が悪くなってきた。また、吐き気がしてきたのだ。


「すみません、トイレ、どこでしょうか。トイレ貸してください・・・」


自分が力なく言うと、さっきから黙って聞いていた、学生らしい長髪の男がそっと、立ち上がった。そして、自分の方に、音もなく歩み寄ってきた。


自分の後ろに回りこみ、ドアと自分の間に立ち、自分の手をひいて、トイレに導いた。背中の向こうで、また、きちがい、と言って忍び笑う声がした。


長髪の青年は、自分の手を柔らかく握り、引っ張った。カウンターを右にまわりこみ、突き当たりのドアを開けた。


「ここ」


長髪はそっけなく言い、プリーズ、とでも言う感じで掌を差し伸べた。


ありがとう、と、礼を言って中に入る。


洗面台があり、その奥に白いドア。開けると、洋式の便器があった。


自分は喉に指を突っ込んで、吐こうとした。しかし、いくらがんばっても、何も出てこなかった。胃液すらも。もう、体の中に、何も残っていないらしい。


しばらく便器に座って、呼吸を整えて、外に出た。


ドアが2つあった。


どちらが、あの店へのドアかわからなかった。右側だったと思い、ノブに手をかけた。しかし、開かなかった。


仕方なく、左のドアを開ける。扉の向こうには、急傾斜の、下り階段があった。


これはあの店への扉ではない・・・


店への扉に、鍵をかけたな…


店の中の連中が、自分をトイレに閉じ込めたのだ。嫌われているのだ。やっぱり。自分のことを、きちがいだと思っているのだ。もう帰ってほしくないのだろう。


自分はあのキッチン・バーへのドアを叩こうかと考えた。しかし、また、あそこで、嫌悪に満ちた目で見られるのはいやだった。


自分は首を横に振り、左側の、階段室のドアを開けた。


もう、何も考えていなかった。考えても、頭が混乱するばかりだ。店にいたサラリーマン風の男が言ったこと…


自分が殺人犯だとか、海洋学者だとか、その他もろもろ…。思い出しても、何が何だか、わけがわからない。


階段の部屋は、白い電球で照らされて明るかった。


転ばないように気をつけながら、その階段を下っていった。かなり長い階段だった。


・・・ やがて下のほうから、ゆらゆらするエメラルドグリーンの光が見えてきた。


階段の下に、大きな部屋があって、そこに、プールでもあるらしい。階段は、その大きな部屋の天井から床まで降りて続いていた。段を一つずつ降りるたびに、その部屋の構造が明らかになった。


そこは、円形の部屋だった。床が円形で、円形に沿って湾曲して立つ壁は、すべてガラス張りで、その向こうは、水で満たされている。


その水の向こうには、魚が回遊している。マグロやタイや、その他さまざまな漁類が、休みなく水の中を円形の水槽に沿って泳ぎ、ぐるぐる回っていた。


つまり、円形の回遊水槽に周りを囲まれた部屋だった。


階段を降りきって、あたりを見回し、茫然とつぶやいた。


「…これは。水族館じゃないか」


水族館だ。間違いない。船の底に水族館みたいな大回遊水槽があったのだ。


「ますます、おかしな船…」


自分は、そうつぶやいて、はっと思った。


頭の中に電光のようなものが閃いた。記憶が一つ、よみがえった。


「ここは、油壷マリンパークだ」


思わず声に出して言った。その名前には、確実な自信があった。


小学生の頃に違いない。そうだ、夏休みのことだ。大勢で、ここに来た。遠足?いや、違う。町内会のバス旅行。そうだ、そうに違いない。


町内会のバス旅行…。何とも懐かしい、切ない言葉に思えた。


そうだ、行った。自分は、行ったのだ。


「昭和44年」


次に、そんな言葉が、口をついて出た。昭和44年、といえば、1969年。そのころ、自分は、小学生で、こんな水槽がある、水族館に、バス旅行で来た…



・・・・・つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ