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太陽とライオン

作者: 三毛兎

その日は雨季の終わりでした。ひと月の間、降り続いていた雨が上がり、雲の隙間から暖かな光がサバンナの大地に降り注ぎ始めました。

そしてその日、ひとつの命が産声を上げました。ライオンの赤ん坊です。雨上がりの朝に生まれたその子は、レイン、と名付けられました。


レインはすくすくと健康に成長しました。しかし、

レインは群れの中では落ちこぼれとして扱われていました。


「のろまー!」「泣き虫!」「やーい!弱虫!」


他のライオンの子供たちにバカにされる度に、レインは悔しくて泣きました。

レインは確かに、他のライオンに比べて走るのが遅く、臆病で、狩りも下手でした。ついこの間も、

狩りの練習のためにシマウマを追いかけていましたが、全然追いつけず、終いには後ろ足で蹴り飛ばされて茂みの中に吹っ飛んでしまいました。

茂みから「あいててて……」と這い出してきたレインの顔は、木ノ実の汁で真っ赤に染まり、生えかけのタテガミにもたくさんの木の葉がくっついてしまっていました。


「ギャハハハハハ!見ろよ!レインのやつ!」

「よかったなぁ!立派なタテガミだぜ!」


レインは、またひとりで泣きました。そして、日に日に洞窟の中にいる時間が長くなりました。誰とも会わず、誰とも話さず、狩りの練習にも行く気にはなれませんでした。


そんなある日のことです。レインはふと、前足にぬくもりを感じました。

光でした。ポカポカと優しく、包み込むような光。

レインはそのぬくもりに誘い出されるように、洞窟の外へ出ました。


そこに、彼女がいたのです。風に乗る雲が穏やかに流れる青空の中で、彼女はニコニコとほほ笑み、ひときわ美しく輝いていました。

レインは気がつきました。そういえば、彼女はいつもあそこにいる。あそこで、いつも笑っている。

レインは思い切って、聞いてみることにしました。


「ねぇ。君は、どうしていつも笑っているの?」


すると彼女は、優しく笑って答えました。


「あなたに、笑ってほしいから」


レインは、たまらなく嬉しい気持ちになり、こみ上げる涙を止めることができませんでした。ただ、レインの顔は、それまでに無い幸せに満ちた笑顔でした。


それからというもの、レインは毎日、彼女と話をしました。彼女が眠りにつき、星たちが目を覚ますまで、レインはずっと彼女と一緒でした。

レインはもう、落ち込んで下を向くことはありませんでした。群れのライオンたちに何を言われようとも、もう泣くことはありませんでした。

レインには、いつも見守ってくれている、心強い味方ができたのです。


来る日も来る日も、レインは小高い岩山によじ登り、少しでも彼女の近くに行こうとしました。

レインは幸せでした。


しかし、そんな生活が続いていたある日のことです。いつものように外へ出たレインは、彼女の姿を探しました。

とっくに朝のはずでしたが、空には分厚い黒い雲が広がるばかりで、彼女の姿はどこにも見当たりません。


「おーい!…おーい!」


レインは彼女を呼び続けました。何度も雄叫びを上げ、降り続ける雨と轟く雷の音を突き抜けて、彼女の元に届けと祈りながら……。


しかし、何日経っても、彼女が姿を現わすことはありませんでした。


そして、ひと月が経とうとしていたある日のこと。ポツポツと雨を降らせる雲の隙間から、ようやく彼女が顔を覗かせたのです。

レインは心配そうに尋ねました。


「何かあったの?」

「ごめんなさい…。昔、この季節にね、空にいる私の友達が死んでしまったの…。だから、思い出して、悲しくなってしまうの…」


それは、初めて見る、彼女の泣き顔でした。

レインは一目散に駆け出しました。


迷わず、自分から茂み中に飛び込み、ありったけの木の葉をタテガミにくっつけ、木ノ実を顔中にこすりつけました。

そして、雨が顔の色を落とすよりもずっと早く、彼女の元へと走りました。


岩山によじ登ったレインは、まっすぐ彼女の方を見ました。彼女は驚いた様子で聞きました。


「どうしたの?その顔…」


すると、レインはにっこり笑って答えました。


「君に、笑ってほしいから!」


レインの姿は、彼女にそっくりでした。

彼女はもう、泣いてはいませんでした。嬉しそうに、またにっこりと、輝く笑顔を見せました。



-どこかの探検家が、旅の記録に、こう記したそうです。「サバンナには、二つの太陽が見えることがある」

もしかしたら、レインと彼女が、また笑い合っているのかもしれません。


(おしまい)

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