吹奏楽部の定め
「向坂さんと、お、大塚さんが……」
森野は梓の話を聞き終わる前に、無表情のまま立ち上がり、スタスタと早歩きでフルートパートの部屋へ向かった。
「先輩方が木管セクしてるんです。私だけじゃ止められなくて……」
フルートの1年生の間で一体何が起こっているのだか。侑芽には全く分からなかった。
森野の歩幅は大きいのか、彼女の早歩きは梓の走りと同じくらいの早さだった。
何をどうすればいいのか分からず、準備室の扉からそれを覗いていた。
何かを思い出したようにピタリと止まり、振り返った。ばちりと視線が合った。
「佐伯、あんたも来なさい。同じパートでしょ? 吹奏楽部というものの闇を知りなさい」
「う、ぇあ、はい!」
走って森野たちに追いつこうとする。
梓の隣に来ると、彼女は侑芽の手を握った。
嬉しくなっていい状況だったのだろうか。
*
「うるさいなあ。マイ、マイって」
「私はあのまま引退したくなかったよ。後輩だって、マイだってきっとそうだった!」
教室に着くと、2人は喧嘩状態だ。
開いている窓から、森野が覗く。
声を荒らげる2人のあいだに森野が入った。
「一、部に、音楽を愛する者こそ集まるべし」
凛とした声に、2人の動きが止まる。
「……一、感謝の意を忘れず音楽を楽しむべし」
梓が、森野に続いた。
「一、仲間と楽器を乱暴に扱う者、部を去るべし」
それを森野の口から出された瞬間、びくりと2人は震え上がった。
「一、部を愛し、仲間を大切にする者こそ真の音色は響く。一、」
「───ぶつかり合い、分かち合うこそが仲間……、あ、」
気付けば声に出てしまっていた。
東野中学校吹奏楽部、5つの定め。
入部して1番初めに覚えさせられる、創部から52年間の伝統だ。
もちろん侑芽も、楽器を知るよりもはるか先にこれを覚えた。
全員は、侑芽を一斉に見る。
「覚えてるじゃん」
と、森野が笑った。初めて自分に微笑んだ気がした。
「あ、えと……」
笑った、笑ってくださった。
それが頭の中でぐるぐる回って、言葉が浮かんでこない。
「ぶつかり合い、分かち合うこそが仲間……。あんたたちのそれはぶつかり合い? それともただの口喧嘩?」
「そ、それは……」
「口喧嘩です。申し訳ありません」
詩織が深々と頭を下げる。
「私たちは入部してから、浮かれていました。本当に大切にすべきものを忘れてたと思います」
反省の意を見せた詩織を見て、うっ、と夏美も顔をしかめる。
「も、申し訳ありませんでした……」
「うん。次口喧嘩したらどうなるか考えときなよ」
「「はい……」」
2人とも先程までの迫力はどこへ行ったのだか。
梓がほうっと安堵のため息をついた。
「戻るよ。佐伯、あんたも」
「え、」
「楽器置きっぱなしでしょ。先輩達が木管セクしてるんだったら、パート戻っても1人でしょう? みっちり、見てあげる」
「ぅえ、」
と、手を引っ張られた。
「あ、もしレッスンが終わったら、佐伯さん、フルートに来るようよろしくお願いします!」
と、梓が大きな声で言った。
侑芽の手を引いたまま、森野は
「はいよー」
と言った。
「あ、ありがとう!」
初めて吹奏楽部の事情に深く関わり、微笑まれ、感謝を伝えることができた。
今日はなんて特別な日なのか。そう思いながら引っ張られていった。
「なんで、佐伯呼んだの」
「いや、なんとなく。なんかね、」
と、梓はふ、と笑った。
「あんまり深く漬け込んでこなかったから。いままで。だから、もっと仲良くなりたいなって、今日思ったから」




