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13052012飛べない翼と白い風の道しるべ

 早朝。まだまだ薄暗い世界の、荒涼とした荒れ地の片隅に鎮座する小さな地上設備の一画。

安い壁掛け時計がカチリと針を鳴らすと、同時に分厚い防火壁が耳障りな金属音を響かせながら、うるさくシャッターをこじ開けていく。

大きなシャフトエレベーター。エレベーターに置かれる双発の長距離型戦闘機。

広がる朝日と、広くて遠い、碧い空。

ここは日本なのか?

答えは否。

ここは日本でも、世界中のどこの国でもない。広大な荒野の片隅、丘陵地帯に造られた人のいる世界唯一の、地下都市国家。

『第一格納庫、第二格納庫、パイロットステーション。整備員は所定の位置につけ』

 静かだった格納庫にアナウンスがひびき、格納庫に横付けされた鉄製のドアからわらわらと整備兵たちが戦闘機たちに駆け寄る。

 庫内に広がる朝の光。その向こうは、一面にうす緑色の大地が広がる大きな平原だった。

薄暗かった格納庫にめいめいの照明がついて回ると、今度はその隅にこの場に似合わない服を着た、数名の民間人の姿が見えた。

黄色い耳当てに、薄い生地のうす桃色の服。シャッターの外から流れてくる風に、両手を口の前に合わせて白い息を吐いている。

 背の低い姿。少女だ。少女は飛行機が好きなのだろうか。

 庫内と戦闘機を覗く少女の両目は、朝日に負けないくらいキラキラ輝いていた。

 と、でも始めてシャッターから流れてくる外の空気があまりにも寒かったのか、少女は突然自分の両肩を自分で抱きよせながら小さく

「へ、は、はっくちゅんッ!」

 後ろでは数名の、今度は何か不穏な空気を醸し出している複数の軍人が互いに何か小声で話し合っていた。

外套とヘルメットを被り、長身のライフル銃と紐、中には白い拳銃入れを腰に添えている者もいる。

兵士の一人がどこか手を振ると、兵士たちは小走りにそれぞれ指定の場所に向かって行った。

 残された兵士は二、三名、だが周りを見るようにしてきょろきょろと首を動かしている。

「あっ、あのあのっ」

 突然、少女は近くにいる兵士の一人に声をかけた。

 声をかけられた兵士の方が、ギョッとして少女を振り返る。

「あのっ、こ、このひこーきがこれから空を飛ぶんですよねッ! 兄は、これに乗るんですよねッ!!」

 少女は少し興奮気味に声を上げたが、その言葉の内容は、聞いてみれば何てことのない普通の言葉だった。

声をかけられた兵士は一瞬間の抜けたような顔をして、すぐにはっとして脇を見る。

「うン? あ、ああこれかね。エート……おい、中尉!」

「ハイ少佐!!」

 呼ばれた兵士は外套を着ていた。

 プラスチックのヘルメットに、憲兵隊を記す記章と腕章。

 隣に立つ兵士も。その隣に立つ兵士も。全員、同じような記章と腕章を付けていた。

「このお嬢さんの質問に、お前、答えて差し上げろ」

「ハイ! この戦闘機は旧式のタイプ7を改修したタイプ7―A9と言い、敵地強行偵察任務に特化した言わば滞空偵察用プラットフォームであって、ハヤミ少尉が搭乗するタイプ9はこれとはまるで機種を異なる最先鋭の超高々度飛行型汎用戦闘機で名前をアークエンジェルと……」

 警務官の中尉は手元にある技術書をパラパラと開きながら、本のページをほとんど読まずに、目の前の戦闘機を少女に説明した。

 だが少女は前を向いたまま中尉の言葉を、何も聞いていなかった。

 見れば少女の両耳には、すでに轟音を遮断する耳当てが装着されている。

「ムウ」

 中尉は小さくうなり声を上げて技術書を閉じたが、そのさわやかなほどの少女のスルーを察したのか、戦闘機を整備している整備兵の一人が少女を振り返り、黙って隣の格納庫を指さした。

「ッ!?」

 指の先には、もう一つ別の機体が格納されている。

 少女はパァッと明るい顔をして隣の格納庫を振り返り、お礼もそこそこにさっさと隣の格納庫に向かって小走りに走り去っていってしまった。

 そこへ、憲兵の一人の、先ほど少佐と呼ばれた人間が、ズイッと中尉のすぐ後ろに近づいてささやく。

「中尉」

「は、ハイ!」

「貴様、ずいぶんと飛行機に詳しいじゃないか。飛行機が好きなのか?」

「はっ、いえ、ただの趣味です」

「そうか。今回の任務は、お前に任せようと思う」

「は?」

「秘密任務だ。これを、アークエンジェルに取り付けてこい。必ず落ちる場所に付けるんだ」

 そう言うと少佐はそっと、中尉のポケットに何かの機械を潜り込ませた。

 整備員たちからはそのやりとりは見えない。見えないように背中を向けている。

「こ、これを、自分がですか?」

「無事に取り付けられたら、後でドージェ提督には、お前の特別昇進を推薦しておこう。約束する」

「……」

「行け、シン大尉どの」

 ヒソヒソと何か小声でささやき合っている警務隊員たちを、整備員たちは整備作業を繰り返しながら不思議そうに帽子のツバから覗いていた。

 少女が隣の第一格納庫にたどり着くのと、バタンと格納庫脇のドアが開いたのは同時だった。

「あれっ、アカリじゃないかー、どうしたんだこんなところで?」

 顔を覗かせたのはひょろっとした背格好にモスグリーンの飛行服と耐Gスーツを着込んだ、無精ひげを生やす一人の若い男。

 ネームプレートには「少尉」の階級と名前が書いてある。

 ハヤミ・クトゥエル・プルシヤーダ・ロマン、部隊章を見るに、特務隊に所属する少尉だ。

「わあーっ、お兄ちゃんーッ!」

 声をかけられた少女はその姿を見つけて、振り返り腕を広げて男の近くに駆け寄った。

 と、少女の足下に整備機材が転がっており、少女は何も気が付かないで機材に足を引っかけて転びかけると、すぐに男は手を出して少女の体を支えて守る。

 その瞬間ズルリと耳当てが耳からずれて、少女の小さな、かわいらしい耳が黄色い耳当てから覗いた。

「うわっ、わわわっ……」

「お前はホンっとに不注意だな。ここは整備区画で危険なんだぞ? つか、なんでオマエ……」

「えへへー、こんな所にいるか? でしょでしょ?」

「む、ムウ。あとオレをお兄ちゃんと呼ぶな。オレはオマエの兄でも何でもないんだぞ、アカリ?」

「えー、お兄ちゃん何か声が小さいよー?」

「おーまーえーはーっ」

 男は、少しあきれたような顔でカパッと少女の耳当てを外してみせる。

 すると耳当てを外されて何か耳が良く聞こえるようになったのに違和感を感じたのか、少女は一瞬変な顔をした。が、すぐに気を取り直して

「おおっ、聞こえる聞こえるー」

「アカリ、オマエなんでこんな所にいるんだよ?」

「えーだってお兄ちゃんは家族だもの。今日、空に出発するんでしょー? お兄ちゃんがお空を飛ぶのに、見送りしない家族なんてどこにもいないよー」

「オホン、少尉クン!」

 少女は背と視線が低いのをそのままに、少女はスカートの裾と両足をピョンピョンとさせながらハヤミの視線まで軽くジャンプを繰り返す。

「いやっだから……だからな、オレは、オマエのお兄ちゃんじゃない。前からずーっと、あれほど言ってるじゃないか」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよー。名前も同じじゃない?」

「違う、名前はそうかも知れないけどオレはオレだ」

「……少尉クン!」

「それにほら、こうやって見ると……ほら、私たち意外とそっくりー!」

「ハヤミ少尉クン!!」

「いででででっ、人の頬を引っ張るな、頬を!」

 両頬をつねられながら、ハヤミはハッとして後ろを振り向いた。

そこには一人の男が、少しイライラしながらハヤミと少女アカリの兄妹劇を見守っていた。

 高級将校の制服を着ている、スキンヘッドの太った一人の男だ。

 しかも見覚えがある。だが階級章はどこにも見あたらない。

「ハヤミくん!」

「あん? ああ、なんだ、ドンちゃんじゃないですか、何か用っすか?」

 ドンちゃんと呼ばれ、男は顔を真っ赤にしながらハヤミの胸に指を立てた。

「ど、どどどドンちゃんではないッ! ワシの事をその名で呼ぶなとあれほど言ったのに、小僧! キサマは今の自分の立場が分からんのかっ!!」

「あーへいへい。で、そのドン様がオレに何か用で?」

「今日、キサマが空に上がってする事の確認だ」

 ハゲオヤジはわざとらしく背を反らせながら、言葉の端々に少し重みを付けて言い放った。

オヤジがハヤミの胸に指を立てると、その拍子に巨漢の顎の下に付いた二重顎がプルプルと揺れる。

「悪いことは言わない。今日の模擬対空戦闘訓練、キサマは負けろ」

「分ーってますよ。分かってますって。オレのアークエンジェルは無敵だ、それを空の上で証明すれば良いんだ」

「ちちち、違がーぁう! キサマの乗る飛行機がいかにポンコツで旧式なのかを軍でも一番の腕を持つキサマが、本日の空戦デモンストレーションで無人機を相手にそれを証明するんだ!」

 ドンは少し片足を上げ、力一杯地面に向かって振り落とした。

拍子に顎下の贅肉がさらに揺れた。

「キサマの今日の任務は、今世紀最後のエースパイロットとしての、栄誉ある今世紀最後の噛ませ犬役だ!」

「フン。もう何度も繰り返してきてる話で、そろそろ新しいおもちゃでも来るんじゃないかなーとは思ってましたが。ところで、それ、似合ってますね」

 言うとハヤミもおもむろに、目の前にいる高級将校の制服とその中身を、さっきドンがやったのと同じようにして指で突いて返す。

「民間人のくせに、ドンさん、無能な将軍の制服がずいぶんと似合ってらっしゃる。それ、誰からもらったんです?」

「なっなななっ」

「フフン。いくらドンさんたちが心血注いで造った最新鋭の無人機といえども、軍最強の……いや、世界最強のオレ様は絶対に負けませんよ。負けるはずがない。こちらにも意地があるんだ」

「こ、この世間知らずの若造がッ。キサマがいくら粋がったって、この戦闘機の導入計画はすでに始まっておるのだ! 止まらない流れをキサマが止められるはずがないッ!」

「随分と自信がおありで」

「ハヤミくん、これはキミのお父様の友人としての、最後の頼みでもある。この戦い、早めに負けを宣言して地上に降りろ。そうすれば無様な、人間が機械に負けたという歴史は残らなくなる。キミは永遠のエースパイロットだ。その後のケアだって、私の会社がキミをパイロットとして雇うから……」

「ヘン。そこまで言われたって、やっぱりオレは負けられませんわな」

「こっこここ小僧め……っ人が下手に出れば図に乗りおって」

「いい加減にしろよ、ハヤミ」

 にらみ合う男同士の後ろから、今度は別人の声が聞こえてきた。

 声の方を見ればそこには、黒ずくめの、ハヤミとは違う雰囲気ですらっと背を伸ばした一人の青年が立っている。

 黒光りするフライトブーツ、黒を基調としたフライトスーツと耐Gスーツ、ヘルメットを目深に被っているのもあってか目元は影で覆われている。

だがそのヘルメットにある僅かな隙間から、青年が目にかけているカメラ型のサイボーグアイが覗いて見えた。

「この前みたいに、民間人を殴り飛ばして停職になるなよ? 庇う俺の身にもなれってんだ」

「おおーっ、かーずまちゃーんっ!! 我が愛しのーっ、友よーッ!」

 ハヤミは声の主の正体を確認する前に、むんずと青年の首をひっ捕まえると、そのまま強引にギュウギュウと両腕の隙間で締め上げた。

 にこにこと笑いながら。

「お前を待っていたのだーっ、我がー、永遠のライバゴフッ!?」

「ふん、テメーはいつも馴れ馴れしいんだよッ!」

「げほげほ……そう硬いこと言うなよー、我が親友のーっ、かーずまちゅぁーんっ」

「あっち行け殺すぞ!」

「えーそれは空の上でってことで。で、今日はもう準備万全なの?」

 ハヤミはそう言うと、スルッとカズマに殴られたことなど忘れたかのように話題を先に進めた。

 できすぎた笑顔と、ビシッと伸ばされた指の先には、未だ狭いシャッターの向こうの空がある。

「オレたちは心の友、強敵、すなわちライバルだ! オレたちの未来は空にある! なぜ、我々は空を飛ぶのかーっ!」

「おいお嬢ちゃん、さっきこのバカが堕とされるんじゃないかって心配してたみたいだけどな。俺が保証するゼ。こいつは、何があっても絶対に落とされない人間だ。羽を持ち、自由自在に空を飛ぶ、ゴキブリ以上の存在だ。こいつは俺が堕とす。それまでコイツは、俺以外には堕とさせない。だから安心しな」

 カズマは一人謎のポエムを叫んでいるハヤミを無視し、少し怯えている少女に向かって優しくかがみながら指を立てた。

「……?」

 男同士の絡み合いに少し不安そうな顔をして彼らを見つめていた少女は、ふっと目の前にいる黒ずくめの男がかがんできたのに一瞬ビクッと体を震わせる。

「う、んとつまりだ。……世界一強い俺様がライバルと認めた、もう一人のエースがこいつって事で、つまり俺と同じくらい強いからそれ以外の人間には……」

 ボリボリと横顎を掻き、無い目を上に向けて「あー」と声を上げる。

「こういうの苦手だな」

「もしかして、カズマさんですか?」

「……は?」

「いつも兄と一緒に空を飛んでいる? ねえカズマさんですよね!? いつも兄がお世話になってます!」

「うん? どゆこと?」

 突然の話の展開について行けず、カズマは半ばアホのように口を開けて少女を見つめる。

「カズマさんって、兄と同じくらい強い人なんですよね!? いつも兄がそう言ってます!」

 少女は律儀に、固まるカズマの前でぺこりとお辞儀をした。

「えっ、お世話って、ええっ」

「あっ、もしかして違いました?」

「いや違わないと思うけど、え……世話?」

 合点のいかないカズマに対して、少女アカリは少し不思議そうに顔を傾ける。

「まあ、お世話って言うか、世話……? 何かしてたっけ?」

 カズマにしてみれば、いつもハヤミとは衝突を繰り返している記憶しかない。

 だがこの相違。

「オセワオセワ。いつもお世話になっております」

「げっ!?」

 私生活でも、二人はいつも衝突を繰り返している。

その付き合いはだいぶ長いが、でもそれはもしかしたら、別の視点から見れば確かに「仲の良い親友」と写っていたのかも知れない。

「暇になるとなー、オレはいっつもカズマちゅゎーんに遊んでもらってんだ。これでも二人はナントカナントカだーっ! てなっ。 なっ?」

「……お前は何を言っているんだ?」

「ん? だって、こういうの『強敵』って、書いて「親友」って言うんだろ? 本に書いてあった」

「俺はお前を、親友だなんて言ったことも、思ったこともない!」

「えーそんなの気にするなよーいまさらー。あれだよあれ、既成事実ってやつ」

「既成事実っ!? え、や、ちょっと待てハヤミ!」

「ほーらほーらそんなことより、今日の準備はもういいのか? 今日はお客様がオレとオマエの出発を見に来てらっしゃるんだぞ?」

「お客様?」

 そう言うとハヤミは、カズマに向かって隣にいる巨漢のハゲを指さす。

「……」

「分かって足ろうとは思うけど、この方は、お前のオヤジ様だ」

「ケッ」

 ハヤミの指さす方を見て、カズマはキュインとアイセンサーのピントを動かす。

「何しに来やがった、オヤジ」

「……」

 言われて巨漢はビクッと体を揺らす。

 傍目には、この二人が親子関係にあるとは到底思えない。

「俺はお前をここに呼んだ覚えはない」

「おいおいいきなりだなカズマ。久しぶりなんだろ?」

 二人の険悪な雰囲気を察して、ハヤミは何となく二人の間に立つ。

だがその立った瞬間、カズマはくるりと背を向けて隣の格納庫の方まで歩いて行ってしまった。

「お、おーい、いいのかー? お前の親父さんだぞー?」

「ハヤミ!」

 歩き出したカズマの背中がピタリと止まり、その大きなヘルメットの向こうでカズマの声が響く。

 ジリッジリッと銃を持った警務隊員がその近くを練り歩き、カズマの顔と、その周りにいるハヤミたちの顔を一つ一つ確認していった。

 厳戒態勢だ。

「言うぞ。お前を堕とすのは、この俺だ! もし俺以外の誰かに堕とされて見ろ、その時は、俺は、お前を、一生許さねェ! いいか覚えとけ!!」

 そう言うとカズマは、再び黙ってさっさと格納庫を向こうへ歩いて行ってしまった。

 残されたハヤミはしばらく妹のアカリとポカーンとしていたが、その内クックックと一人で笑い出し、しばらくすると一人で、格納庫中に響く大声で大爆笑しだした。

「アハハ、アーッハハハハハッハハハ! そうだな! 『俺以外のヤツに堕とされたら、俺は一生お前を許さない』! こりゃ傑作だ、なんちゅークサいセリフだ!!」

 ハヤミの言葉を遮るように、今度は向こうからガンッ! と何かを蹴り飛ばすような音が聞こえてくる。

 次いでカズマの叫ぶ、整備員に対する何かの指示と地上機材の発するうなり声。

 ハヤミは急いで笑うのを押し殺すと、でも口元を抑えながらクックックと笑い声を押し殺しながら後ろにいる男に声をかけた。

「ククク、ざ、残念でしたねドンさん。久しぶりの対面だったんだろ? クッ、くくくくく」

「は、ハヤミくん!!」

 笑い続けるハヤミに、背中から巨漢の声が聞こえる。

「この場を準備してくれたのは礼を言う。だがワタシからも言っておくぞ、もしうちの息子に万一のことがあったら、その時はワタシも、キミにそれ相応の訴訟を起こすつもりだ!」

「だーいじょうぶだってドンさん」

「本当だな?! まかり間違っても、息子に万一のことはないんだな?!」

「だーいじょうぶですよ。何度でも言います、大丈夫ですよ。そんなに心配しなくたって、ヤツはオレ以外には堕とされませんよ。なんたってあいつはオレの、永遠のライバルなんだから」

「フン。人間が機械に敵うと思っているのがそもそもの間違いだ。キサマも、うちの息子も!」

「カズマはあんたの、自慢の息子なんだろ?」

「……恥ずかしい息子だ。まだ空を飛ぼうとするなんて」

「ふーん。まあいいや。でもドンさん、さっきから聞いてると、今回の新型機開発にはずいぶんと自信がおありで?」

「当たり前だ。今回の新型機は、OSも含めて今までの戦闘機とは違う。さすがのキサマにも、今回の新型機は堕とせまい」

「ヘェーそりゃ楽しみだ。まいいさ。オレはオレの道を駆け抜けるだけ、ってね。……よォし! さて、さっさとプリタキシーチェック終わらせて空に上がるぞ! おいテメーらッ!! 準備はいいか、回すぞーッ!!」

「……はっ、ハヤミくんっ!!」

 拳を上げて腕まくりするハヤミに対して、改めて後ろからドンの不安そうな声が聞こえた。

「もう一度言う……本当に、空を降りる気は無いのかね?」

「あん? どうして?」

「どうしてもだ。キミと、うちの息子が堕とされては困る。万一にでも堕ちてもらったら、これは私一人の話ではない! だから空を飛ぶのは、もう辞めてくれないか?」

「まったく、どっちなんだかなー。だーいじょうぶですって。アンタの息子さんは強い。オレも強い。それよりもホラホラっ」

 ハヤミは両手をブンブンと振ってドンと、その隣に立つ愛らしい自慢の妹……血は繋がっていないが、あれほど自分と彼女は何の関係もないと言ってはいるが、自慢の妹をエリア外に追い出す格好ををした。

「ここはこれから数百度のジェット熱が吹き荒れるんだぜ。二人とも外に出た出た」

「いや、それもそうなんだが……ハヤミくんっ」

 いつの間にか、三人の周りに集まっていた警務隊員が、ライフル銃を棒の代わりにハヤミと、二人の間を裂いて二つに分ける。

 二人が警務隊員によってエリア外にある庫内の安全区画に移動させられると、ハヤミは改めて周りをみて誰もいないかを確かめた。

 自分と、整備員しかもどこにもいない。

 異常なし。

 ハヤミの後ろでは徐々にタービンエンジンの音や各種コンプレッサーの音が鳴り響きだし、地上整備員達が忙しそうに各自の持ち場から持ち場へと走り回っている。

 上を覗くと、さっき格納庫から追い出されたドン達が、この格納庫を一望できる防音室の窓際に移動してきたところだった。

「フンっ。今までと違う、ねえ。心配性だこと。でもまあいいさ」

 ボソリと呟くと、ハヤミは時計を覗き今の時間を見た。

 テイクオフの時間だ。

「よォし! いっちょ派手に暴れて見物人を全員アッと驚かせてやるか! 飛ばすぞーっ!!」

 後ろでは外部電源を入れられたハヤミの乗機、タイプ9『アークエンジェル』が、翼の先に取り付けた翼端灯をゆっくり明滅させ始めていた。

『グランド、ボスエンジンスタート、スタンバイ?』

――パワーオン。スタンバイ、レディ――

『エマージェンシージェネレータースタート……フィフティ、シックスティ、セブンティ……パワーオン。ナンバーワン、ツーエンジンイグニッションスタート』

――パワーオン。セブンティファイブ、セブンティナイン、ライトオフ――

『ライトオフ。TACANオン。ボスウィングチェック、クリア?』

――クリア――

『スティックレフト……ライト』

――レフトエルロンアップ、ライトエルロンダウン、ラダーレフト。リーディングエッジアップ……ダウン。オーケー――

『ボスエアブレーキチェック、クリア? ハンズオフ』

――ハンズオフ。ボスエアブレーキチェック……ボスエアブレーキチェック、オーケー――

『ボスエアブレーキアップ』

――オールチェッククリア。これで地上のチェックはすべて終了です、ハヤミ少尉。整備は万全を期していますが、空ではくれぐれも気をつけて。俺たちも応援してます――

『おう、サンキューグランド。帰ったら、みんなで酒でも飲みに行こうぜ』

――そう言うことは、ミッションで勝ってから言ってくださいよ。グッドラック、ハヤミ少尉。ボイス終了します――

ガッ……

 眼下に見下ろす格納庫から、一機、また一機と、轟音を響かせながら戦闘機たち防弾シャッターをくぐり抜けていく。

 敬礼して見送る整備兵たち。敬礼を返し、同時にこちらにも親指を立てていく一人の男。

 防音室で格納庫を覗くアカリはつい反射でゴーグルを下ろす男に……自身の兄ハヤミに敬礼を返して、それからちょろっと舌を出して手を振り直した。

 手を振る男の行く先には太陽、広がる空、窓を移動すればその先にも広がる広大な平原と荒れ地が見えた。

 滑走路の向こうでは赤と白のチェッカー柄の旗が、ゆっくりと風にたなびいて南を指している。

 しばらくすると二機は滑走路の端に姿を隠し、それから防音壁をも突き抜けるような轟音を発してアカリは「わぁっ」と言って両耳の耳当てを急いで耳に装着した。

 だが、そこまでしなくても音はそれ以上聞こえてこない。

 白と黒の二機が同時に滑走路に到着し、胃に響くような振動を響かせながら滑走路を走り出す。

 赤い炎と、黒い煙。それらを従えて両機はふわっと空に浮かび上がり、次いで小さな足を地面から離して真っ青な空の彼方に飛んでいく。

 うるさかった轟音はいつしか蚊の音ほどに小さくなり、その頃にはあれだけ大きく見えていたハヤミたちの戦闘機はごま粒程度の大きさも見えなくなっていた。

ため息が聞こえる。自分のついたため息だ。

アカリはそっと隣に立つ人物を見上げると、小さく「行っちゃいましたね」と言って相手の反応を伺った。

「ふーむ」

「……」

 先ほどまでハヤミたちと言い合っていた男だ。

 金ぴかの、様々な勲章を胸に付けた恰幅のいい男。

 でっぷりと前に出たおなか。大きな顔。自分の父とは何もかもが違う。

「行ってしまったな、あのバカ息子どもめが」

「?」

「アカリちゃんも、ああいう男にはひっかかっちゃならんぞ。ああいう男は出世しないからな。くっついたって貧乏くじだ」

「えっ?」

 なんで私のことを、と言いかけてアカリはハッと何かに気が付く。

 自分を振り返った男を見て、どこかで見たことのあるような気がしたからだ。

 だが記憶の中の男の顔とはだいぶ違う。老けたというか、顔がまた一段と大きくなったと言うような。

「ドン……おじ、さん?」

「……」

 しばらく黙って二人は見つめ合ったが、ふと何か思うことがあるのか男が自分の頭の毛をグシャグシャッと乱すと、それから制服のボタンをブチブチブチッと外してニッコリ微笑んだ。

「ドンおじさん!?」

「おおー、思い出してくれたかい。はっはっはは、さっきはもう忘れられたのかと思ってドキドキしてたが」

「あれっでもドンおじさんっ、どうしてここに!?」

「どうしてもこうしても、ワタシは仕事の都合だよ」

「えっ、仕事? そう言えば、おじさんってずっと前に会った時はもうちょっと汚い服を着て……あっ、えーとっとっと」

「ハハハ、あの時はワタシの家もだいぶ貧乏だったからね。ああそうだ、久しぶりにアカリちゃんの顔を見たらんだからついでだ。どうだい、よかったら久しぶりにウチに来て晩ご飯でも食べていかないかい? そしたらウチのノエルも喜ぶだろう。どうだい、ん?」

「ノエルお姉ちゃん? 



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