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第五話 王女宣言

「なぜ、抵抗する……」


 ルキウスには、オズウェル艦隊の頑強な抵抗が不満だった。既に敵の旗艦は海に沈んでいる。それなのに残存兵は降伏することを拒み、いまなお戦闘は継続されている。


 敵味方ともにガレア船がぶつかり合い、櫂が止まってしまえば、そこに固定された戦場が生まれる。こうなると艦隊戦から戦いは個々の技量が物を言う白兵戦に移行する。


 ガレア船一隻につき約百六十名、ここには四隻のガレア船があるので約六四〇名がルキウスの全兵力になる。一方、オズウェル艦隊は、六隻が沈没、三隻が味方艦と衝突し一部機能を失っている。しかし、いまだに三隻が完全に機能を維持していた。


 小型ガレアはガレアよりも少ない約八十名の乗組員が乗船しているため三隻で約二百四十名の戦力が残っている。また、沈んだり、損傷した艦からの生存者もいることから戦闘に参加できる戦力はこれよりも多くなる。


「石弓隊、撃て!」


 ルキウスの号令に従って石弓隊が櫂や船体をつたって登ってくる敵兵に斉射を行う。低い呻き声を挙げて幾人かが海に落下する。矢傷を負いながらも船に肉迫していた敵兵は、二十名ほどの船員を引き連れたカステッロによって次々と海へ叩き落とされていった。


「若! 随分と根性のある連中ですな!」


 甲板からカステッロの声が一段高い位置にある船橋まで聴こえる。


「本当。いい加減、降伏してくれると助かるんだけど!」

「オズウェルがいれば集中的に狙ってやるんですが、見当たりませんなー」


 甲冑を返り血で濡らしたカステッロが苦笑いを浮かべる。形勢は概ね、人数で勝るルキウスに有利であり、甲板にいるカステッロと話すくらいの余裕はあった。だが、敵を降伏させるような決定打を与えることはできていない。


「旗艦と一緒に沈んだんじゃないかな」

「それだと、もうとっくに降伏しとるでしょ。こりゃどっかに隠れとる。面倒ですなっと!」


 甲板まで上がってきた敵兵をメイスで叩きつぶし、カステッロは大きく息を吐いた。甲板をカステッロ達が守ってくれているおかげで、ルキウスがいる船橋まで敵兵は今のところやってきていない。しかし、弓矢は多少届いている。


「不味いな……」


 消耗戦は避けたい。ルキウスの船団は本質的には商船である。海賊対策として衝角などの武装があるが、乗組員はカステッロなどの一部を除いて最低限の武技しか持っていない者も多い。今のところ数の力で正規兵であったオズウェル艦隊兵と戦えているが、長期戦になるのはあまり良くない。


「強欲商人さん、お話が」


 不意に隣から声をかけられルキウスははっとした。


「なんでしょう。ルフス?」

「この停滞した戦局を打破してみせましょう」

「え? それはどういうことですか」


 ルフスリュスは彼女を護衛していた八人の従者に「行きなさい」、と短く言った。八人の従者は、命令を受けると、彼らは一人を残して船橋から飛び降りていった。とてもマントの下に鎖帷子を身につけているとは見えない動きだった。


 従者の働きはルキウスの想像を超えていた。甲板に降り立った彼らはあっという間に甲板にいた敵兵を一掃し、甲板から敵艦へ飛び降りていった。彼らが降り立った敵艦からは低い悲鳴が連続し、最後には静かになった。


「一騎当千とはよく言ったものですね」

「私の従者です。当然のことです」


 部下を褒められてルフスリュスは胸を張って喜んだ。事実、彼女の従者がいなければ船員の損害はより多くなっていたに違いない。


「これで金貨千枚を支払わずに戦闘を終えられそうです」

「それは随分と良かったですね。じゃー、彼らの傭兵代として金貨千枚を請求していいですか?」


 屈託のない笑顔で、両手を前に差し出すルフスリュスにルキウスは張り付いた笑顔で答えた。ルキウスが張り付いた笑顔の下で返す言葉を探していると、視界の端に鈍い光が見えた。


「危ない!」


 ルフスリュスの壁になるようにルキウスが彼女を抱き寄せる。右腕に激痛が走る。ルフスリュスを護衛に残っていた従者に預けるとルキウスは自分の状態を正確に認識した。石弓が右腕に突き刺さっていた。


「右舷、気を抜くな! まだ敵兵が残っている!」


 痛みをこらえながら彼が叫ぶと、甲板にいるカステッロが反応した。


「そこか!」


 甲板の物陰に数人の敵兵が潜んでいた。その中の一人は、ずぶ濡れであったが身につけている甲冑などから相当の地位だと見て取ることができた。


「オズウェル!」


 彼を認めたルフスリュスが叫ぶと、オズウェルは数名の兵士とともに甲板にゆっくりと進み出た。


「王女、私と一緒に来てください! 王国を救えるのはあなたしかいません。あなたもご存知でしょう?」

「私にお兄様を裏切れというのか!」

「ええ、そうです。反乱に加担した王族を女子供に至るまで殺し尽くし、実の弟さえも疑惑にもとづいて処刑する。そんな猜疑心の塊のような男が王の器であるはずがない! 私のように王弟派に加担した貴族は、いまでこそお咎めなしであってもいつかは殺される。あの王の地歩が固まってからでは遅いのです」


 オズウェルは船橋に向かって叫ぶ。


「……私はお兄様を裏切らない。私は現在、唯一の王位継承権を持つ王族です。その私までもが裏切ればお兄様は本当に猜疑心の塊になり、獅子心を持つ王者ではなく、豺狼のごとく卑しい暗君となるだろう」


 船橋から甲板を見下ろしながらルフスリュスは強く、そして静かに宣言した。


「あなたは何も分かっていない! このまま行けば次に殺されるのはあなただ。自ら進んで命を失おうというのか」

「それでお兄様が、ひいては国が守れるなら構いません。それが王族というものでしょう」


 オズウェルは何かを言いたげに身を震わせていたが、次の言葉を紡ぐことはなかった。ただ黙って甲板に膝をついただけだった。大将であるオズウェルが、戦意を失ったことで戦闘は集結した。オズウェルとその部下で生き残ったものは全員が取り押さえられた。


「ルキウス、大丈夫ですか?」


 石弓に倒れたルキウスにルフスリュスが声をかける。そこには、先程までの勇ましい王女の面影はなかった。ただ、心配でたまらない、という少女の顔があるだけだった。


「大丈夫ですよ。ルフス……」

「よかった……本当に良かった」

「ルフス……貴女は怪我はないですか?」

「大丈夫。ルキウスが守ってくれたおかげです」

「金貨千枚払わずに済む……良かった」


 ルキウスが息も絶え絶えに言うと、ルフスリュスは彼の右腕をぐっと握り締めた。声にならない悲鳴が船橋に響いたが、ルフスリュスは振り返ることなく船室へと戻っていた。その後ろ姿を見送りながらルキウスは呟いた。


「王族か……」

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